デスゲーム

文字数 2,451文字

 桐生茜は取り巻きの二人を下がらせた後、自室に独りで籠っていた。
 彼女が手にしているのは春休みに帰省した折に、父親から持たされたトランシーバー。寮母の部屋に置かれていた物と同機種だ。

(7時になった……今だ)

 交信時間に指定されたのは朝7時からの三十分間。待ちわびていた茜は、時間が来ると即座にトランシーバーの電源を入れた。
 教わっていた通りに操作する。交信相手として登録されているのは茜の実家だ。

「私よ。誰か、誰か側に居る?」

 ジジッ。

『アカネか? こちらセイゴだ』
「お兄様!」

 呼び掛けに対してすぐ応答が有った。茜の実兄の清吾だ。彼もトランシーバーを持って待機してくれていたようだ。

「お兄様、助けて! こちらは大変なの!」
『……落ち着くんだアカネ。何かが起こることは覚悟していたはずだろう?』
「そうだけど……あんな化け物が出るなんて聞いてない!』

 つい声を荒げた茜を清吾が咎めた。

『声を小さくするんだ。誰かに通信を聞かれたら面倒だ。周りには誰も居ないね?』
「うん、私だけだよ……」

 茜は深呼吸をして息を整えた。

『アカネ、学院は今どんな状態なんだ?』
「……地震の後、変な化け物が出るようになった。そいつに生徒が何人か喰われたの。みんな怖がって、大半の生徒が部屋に引き籠もっている状態ね」
『活動している生徒も居るのか?』
「ええ。シオンを含めた何人かがね。こんな時でも優等生面してムカつくったら」
『シオンちゃんか……。アカネ、おまえも彼女達に混ざって働きなさい』
「はぁ!? 何でも私が? アイツらがしているのは基本、泥臭い力仕事だよ!? 冗談じゃない!」
『父さんに言われたはずだ。次の雫姫に選ばれる為に、相応しい態度を取るようにと』
「………………」

 茜の父方の一族は、かつて雫姫に仕えていた家臣の末裔(まつえい)だ。彼女は幼少の頃から、雫姫の伝説を父からよく聞かされていた。

 落ち延びた平家の姫君・雫は死後、護り神となり残された家臣達の繫栄を奇跡の力で助けた。
 しかし元が人間だった為か、奇跡の力は百年間しか()たなかった。それまで順風満帆(じゅんぷうまんぱん)な生活を送っていた家臣の子孫達は、天災や疫病で次々に命を落としていった。

 明日が見えない不安の中、雫姫を名乗る美しい女性が彼らの前に現れた。女性は子孫の中から優秀な少女を選び、彼女が自分の後継者だと告げた後に消えた。
 指名された少女を生き神様として祀った結果、災厄が噓のように止まった。
 少女だった第二の雫姫は52歳で死去したが、その後も四十八年間、子孫達は穏やかに暮らせた。

 だが百年で次の災害がやって来た。すると百年前のように雫姫を名乗る女性が現れて、やはり後継者を指名した。
 これが百年(ごと)に繰り返されているという。

『今年がその百年目だ。アカネ、おまえが次の雫姫になるんだよ』

 家臣の子孫は初代雫姫が葬られた土地を管理してきた。どれだけ高値を提示されても他の者には決して売らずに。
 その土地に十年前に新設されたのが、私立桜妃女学院の校舎なのだ。

『アカネ、おまえは雫姫に認められる存在になるんだ。そうすれば彼女はおまえの前に現れるだろう』

 その為に茜は桜妃へ入学した。彼女が三年生になった年の雫姫生誕祭、その日の夜から災害が起こると聞かされていた。
 ずっと半信半疑だったが、実際に地震が起きて、茜は言い伝えが真実だったのだと信じるようになった。

「でも、人を喰う化け物にどうやって対抗すればいいの? 高月は包丁でめった刺しにして殺してたけど」
『高月って……、昨日会ったボーイッシュな下級生?』
「そうよ。アイツの運動神経と度胸は半端ないのよ」
『ふっ、くくく……。化け物を殺したのか、あのコ』

 愉しそうに笑った清吾に茜は苛ついた。

「お兄様、笑いごとじゃないでしょう!?
『ああ、ゴメン。やはり彼女が大きなライバルになりそうだね』
「後継者は、家臣の子孫の中からだけで選んでくれればいいのに」
『そうだね、そうだったら敵はシオンちゃんただ一人になったのに。でも過去に、その場に居ただけの関係の無い少女が選ばれた事例が有ったそうだから。雫姫は家臣の神様から、土地に住む者の神様に変わったんだろうね』

 高月……、目障りなコ。茜は舌打ちしそうになったが、その口元は持ち上がり笑みを浮かべた。

(そうだ。アイツの親友の田町が私の犬になったんだった。高月は田町を使って牽制すればいい)

『アカネ? 聞いているかい?』
「ええお兄様」
『おまえが雫姫になれれば桐生は安泰だ。他の子孫達を押しのけてグループの頂点に立てるだろう。関谷(セキヤ)がグループ内で一番発言力を持ち学園の理事長も務めているのは、百年前に一族の娘が雫姫に選ばれたからなんだ』
「お父様は関谷のおじさまを蹴落としたいのね。シオンのお母さんもついでに」

 家臣の子孫達は財閥を築けるまでに繫栄していた。戦後に解体されたが、組織は雫グループとして残り、現在も巨額の資金と不動産を所持している。

 グループ内での大人達の覇権争い。その代理戦争を任された茜。

「……そんな素振りは見せてないけど、シオンもきっとお母さんに指示を受けているよね」
『おそらくは。くれぐれも油断しないように』
「解ってる。絶対にアイツには負けない。もう二度と」

 同い年ということで、グループ内で茜と詩音はずっと比べられてきた。そして茜は成績でも生徒会長選挙でも詩音に負けてしまった。

『父さんはおまえを護る為に、学院に警備員を数人派遣しようとしている。彼らを上手く使うんだ』
「……警備員って男だよね?」
『ああ』

 茜は笑った。そして取り巻きの二人を思い出しながら言った。

「任せて。男が欲しがるものはよ~く知ってる」

 そしてこうも考えた。ライバルの人数が減れば勝率が上がる。みんな死んじゃえばいいんだ、と。

『雫姫になれたら、おまえがグループの女王だ』
「生き神様としてチヤホヤされるんだもんね?」

 これはゲームだ。雫姫の座を懸けた、そして命をも懸けた。
 絶対に勝ち残って見せる。茜は邪悪な決意をした。
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