深夜の秘め事(二)

文字数 2,217文字

☆☆☆


 詩音は眠れないでいた。母親の期待に(こた)えて雫姫に指名されなければならないというのに、まるで活躍できない自分に対して腹を立てていた。
 ベッドの上で何度も寝返りをうちながら、無駄に時間が過ぎていくことに焦った。

(しっかり寝ないと。疲れを残したままじゃ、明日の迷宮探索で碌に動けない)

 尿意は無かったが気分転換にトイレに行っておこうと、詩音はベッドから身体を起こした。
 ルームメイトを起こさないように静かに扉を開けて、そっと廊下へ出る。ほのかな灯りしかない薄暗い廊下を音を立てないように歩いていると、途中で並ぶ扉の内の一つが開いた。自分と同じくトイレか水を飲みに起きた誰かだと思ったのだが、出てきたのは浴衣を着た五月雨姉妹だった。

「え?」

 思わず詩音は声を出していた。ここは三年生の部屋が並ぶ区画だ。どうして二年生の二人が居るのだろう?
 詩音の声で気づいたは姉妹は、すっと彼女の傍に寄ると左右から挟んで腕を組んだ。

!?

 抵抗しようとした詩音の耳へ双子の姉の方、美里弥が囁いた。

「どうかお静かに。私共は貴女のお母様に命じられて動いている者です」
「!…………」
「どうぞこちらへ」

 五月雨姉妹はたった今自分達が出てきた部屋へ詩音を(いざな)った。そこは桐生茜の腰巾着をしている、島田芽亜理が使用している部屋だった。

「くれぐれもお嬢様、大きな声を出さないで下さいませね」

 扉を閉めて内鍵を掛けた美里弥は、消えていた室内灯のスイッチを入れた。白く明るい光に一瞬目がくらんだ詩音であったが、薄目で部屋を見渡した。そして悲鳴を上げそうになった。

!?…………」

 解放された両手で口元を塞いで、詩音は声を押し留めた。
 ベッドの上には一糸(まと)わぬ島田芽亜理が横たわっていた。両股を広げ、あられもない姿だった。

(し、島田さん……?)

 おぼつかない足取りで詩音は芽亜理に近付いた。
 芽亜理の肌のあちこちにはキスマークとおぼしき赤い痕が残っており、一見して情事の後だった。しかし芽亜理の表情は満ち足りたものとは程遠く、苦痛に歪んでいた。
 ピクリとも動かない芽亜理を観察して、詩音は絶望の質問をした。

「彼女は……し、死んでるの……?」
「はい。私共が殺害しました」

 事もなげに美里弥は言った。とても恐ろしい事実を。

「……どうして!?
「貴女を助ける為でございます」
「………………!」

 詩音は悟った。かつて母は言っていた。学院に優秀な工作員を紛れ込ませたと。五月雨姉妹がそうだったのだと。

「まさか、寮で起きた殺人は全て貴方達が……」
「左様でございます」
「どうして!?
「貴女を助ける為でございます」

 同じやり取りを繰り返した。

「リンコ様より、お嬢様のライバルとなる生徒の数を減らすように申し付かっております」
「お、お母様……。何てこと……」

 詩音の脚が震えた。凛子(リンコ)とは詩音の母の名前だ。成功する為には手段を選ばない人だとは知っていたが、まさか殺人を指示するなんて。そこまでするなんて。
 自分が育った家、桜木家の闇に触れた詩音は気が遠くなった。フラついた彼女を百合弥が支えた。

「お嬢様、どうか覚悟をお持ち下さい」
「覚悟……」
「そうです。私達はもう、戻れない所まで来ちゃってるんですよ」

 自分を除け者にして殺人を犯したのはそっちじゃないか。抗議しようとして詩音はやめた。自分だって、異変の原因が雫姫だと知っていながら皆に黙っていた。自分の立場を少しでも有利にする為に。全てはゲームに勝つ為に。

「島田メアリの死体は明日発見されるでしょうが、素知らぬ振りをして下さい」

 言われるまでも無い。殺人に関与していることがバレたら、寮に居る全員から糾弾されることになる。

「せ、せめて島田さんに服を着せてあげて。こんな姿で発見されるなんてあまりにも……」

 同じ女として詩音は芽亜理に同情した。死んだ後も芽亜理は好奇な目で見られることになるだろう。

「いいえ、駄目です。あえてこの姿にしたのです。ただ殺されるのではなく(はずかし)めも受ける。ライバルたちへの良い牽制となるでしょう」
「そんな……」

 楽しんでいるかのような美里弥の口調に、詩音は心底恐怖した。もう後戻りできない。百合弥に言われた言葉が頭の中でグルグル回った。

「さ、お嬢様、煩わしいことは私共に任せて、お部屋へ戻ってお休み下さい」
「そうですよ。お嬢様は雫姫にアピールする為に、明日も迷宮へ行かなければならないんですから」

 その通りだ。戻れないなら前へ進むしかない。
 詩音は姉妹から優しく部屋から出され、トボトボと自室へ戻っていった。
 詩音が去ってから姉妹は再び扉を閉めて部屋に籠った。

「お姉様、我らがお嬢様にはとても期待できないね。まだ桐生アカネの方が気概が有るよ」
「……そうですね、精神的に弱過ぎます」
「いっそのこと、私達が生き神様になっちゃわない?」
「それは危険ですよ。雫姫に思考の全てを乗っ取られるかもしれませんし、桜木の家に軟禁されて、一切の自由が無くなるかもしれません」
「うわぁ、それは嫌だなぁ」
「今のままが一番気楽です。結果さえ出せば重宝してもらえますからね」
「ま、そっか」
「取り敢えずの問題は迷宮探索のジャンケン勝負ですね。実力ではなく運次第というのがどうも……」
「まったくだね」

 五月雨姉妹は軽口をたたいて笑い合った。そのすぐ近くには姉妹が殺害した芽亜理の死体が転がっているのだが、姉妹にとってもはや終わった出来事だった。
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