6月8日の迷宮(二)

文字数 2,179文字

☆☆☆


 構成員を代えた迷宮探索チームだったが、昨日踏破した地点までは難無く行けた。あの腕だけの化け物がまたチラホラと出現したが、一度戦って得た情報は皆に話して共有していたので冷静に対処ができた。今日は数も少なかった。

「この通路の先から初めて行くゾーンだね。周囲に気を配ってゆっくり進むよー?」

 先頭の水島が的確なのだが、気の抜けた喋り方で後方へ指示を出した。多岐川がライフルの銃口を軽く上に上げて返事の代わりとした。
 多岐川が使うライフルは猟銃として広く用いられるボルトアクション式だ。毎回、弾の装填を手動でボルトを前後して行わなければならない。その装填シーンが絵になるということで、映画やドラマでもよく使用される。
 軍隊で現在採用されているのは、一度のアクションで連射が可能なアサルトライフルやマシンガンだ。流石に民間企業が入手するのは困難だったらしく、警備隊員へは支給されなかった。

「来たぞ、餓鬼だ!」

 通路の曲がり角から既にお馴染みとなった餓鬼が、八体のグループでひょこひょことこちらへ走り寄ってきた。
 水島と多岐川の銃で七体が葬られ、撃ち漏らした残りの一体は花蓮がバットをフルスウィングして頭部を吹っ飛ばした。人間よりも頭蓋骨が柔らかいのだろうか、餓鬼の頭部はスイカのように割れて、花蓮の顔から胸にかけて赤い斑点を記した。

「うわ……」

 水島は引き笑いした後、通路に点在する扉を順に開けて進んでいった。学院の上階に在ったはずの教室、ロッカーが並ぶ更衣室。
 それぞれの部屋には数体の餓鬼や白い毛を生やした猿が居たが、いずれも戦い慣れた彼らの敵ではなくなっていた。

「初見じゃなければチョロいな」
「油断するな水島。一体一体では弱い敵でも数が集まれば強敵となる。コウモリには苦労したんだろう?」
「そうでした。了解」

 多岐川に諭された水島は顔を引き締めた。いつもはふざけた態度だが、彼とて戦闘のプロなのだ。

 次の扉を開けると、社会科の資料集にイラスト掲載されていた、平安貴族の部屋そのものの光景が広がっていた。寝殿造り建築と言うのだろうか?
 二十畳近く有りそうな広間。一見して魔物の姿が見えなかったので全員が中へ入った。広間の一番奥には御簾(みす)が下ろされた、高貴な者が座る席らしきものが設けられていた。

「凄い。私は今、平安時代の建築物に足を踏み入れているのね! 前の宝物室はしょせん倉庫に過ぎなかったけど……」

 茜が漏らした感想に世良が反応した。

「有名な平等院鳳凰堂も平安時代では? 私は行けなかったけど、中学の修学旅行が奈良・京都でした」
「まぁね。でも現存してるのは神社仏閣ばっかでしょ? ここは貴族の屋敷よ。それも博物館が再現したレプリカじゃない本物の」

 多岐川も部屋を見回して感慨深げに言った。

「ここは……所謂(いわゆる)謁見の間でしょうか?」

 平安時代、貴族の娘は異性に顔を晒すことがタブー視されていた。成人の儀を済ませた後は、例え親兄弟相手だとしても御簾越しに会話することがマナーだった。

「……ちょっと待って下さい。い、今、あっちで影が動いたように見えました!」

 動揺しながら小鳥が発言し、全員が御簾の向こうに目を凝らした。
 確かにうっすらと影が見える気がした。誰かが居るのだろうか?

 頷き合って、多岐川と水島がハンドガンを構えながら前進した。しかし彼らが手を触れる前に、御簾が独りでにするすると巻き上がっていった。

「………………!」

 皆の間に緊張感が走った。
 主人が座る

の上は無人であったが、その後方にボサボサの長髪で顔の大半を隠した、白装束を着た女が正座していたのだ。

「アイツは……!」

 世良と水島が同時に呟いた。彼らは触手の化け物に変貌した白装束の女を倒したはずだった。
 相手が一応は人の姿をしていた為、多岐川は撃つことを躊躇(ためら)った。しかし水島は、

 パンパンパンパンッ。

 四連射して女の胴体に四つの穴を開けた。女は声も無く後ろへ倒れた。

「水島……」
「駄目ッスよ、多岐川さん。コイツら相手に遠慮しちゃあ」

 弾切れとなった水島は弾込めをして、再びハンドガンを白装束の女へ向けた。

「もう倒したのではないのか?」
「いや、絶対に第二形態が有ります」

 世良も太刀を構えていた。その予想通り、倒れた女の身体がブルっと震えたかと思うと、

 ドワッ。

 女の髪の毛が膨張して四方八方に伸びた。頭だけではなく、水島が身体に開けた穴からも黒い毛が発生した。
 それらは幾つもの束に別れて、生き物のように皆に襲い掛かった。

「ち、今度は髪の毛かよ!」
「く……」

 多岐川が伸びる髪の毛に向かって発砲したが、弾丸を受けた髪はさほどダメージを受けていないようだった。それならばと本体の白装束の女へ銃口を向けたが、引き金を引く前に銃を握る彼の腕に髪が巻き付き、指も含めて動きを封じられた。
 水島がサバイバルナイフでその髪を断ち切った。切られた個所から下が消滅する。刃物でなら対抗できるようだ。

「多岐川さん、コイツは切るしかないッス!!
「了解!」

 多岐川もサバイバルナイフを抜いた。刃物を持っている多岐川、水島、世良、小鳥、美里弥は何とか伸びる髪の毛相手に応戦できた。
 不利だったのは鈍器の花蓮と、飛び道具しかない茜だった。彼女達は逃げ回るしかできず、そしてすぐに髪の毛に捕まってしまったのだった。
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