演出された悲劇(三)

文字数 2,389文字

 多岐川の見解はナイフのように世良の胸に突き刺さった。言葉を無くした世良とは対照的に、水島がおちゃらけた様子で多岐川を褒めた。

「さっすが元刑事。現場検証はお手の物ッスね~」
「やめろ水島、少しは彼女の気持ちも考えろ。友人を亡くしたんだ」

 世良は多岐川を

な大人だと思った。考えていることは判らないが、少なくとも水島のように人が死んだ場面でふざけたりはしない。自殺ではなく他殺だと知ったら世良が更にショックを受けるだろうと、遠ざけようとする気遣いも彼には有った。

「ええと、あなたは……」
「……高月、セラです」

 世良は素直に多岐川に名乗った。

「高月さん、我々はもっと詳しく現場を調べますし、意見交換もします。あなたにとってつらい話題となるでしょう。やはり外に出ていた方がいい」
「いいえ。邪魔はしませんから、どうかここに居させて下さい。それにケイの身体は私が運んでやりたいんです。犠牲となった、他のみんなと同じ場所へ……」
「高月さん……」
「お嬢ちゃんは覚悟を決めているようだ。ここに置いてやろう」

 隊長の藤宮が世良の要望を認めたので、多岐川も頷いた。

「ズバリ聞くが多岐川、この生徒は誰に殺されたと思う?」

 藤宮の問いに多岐川は重々しい口調で答えた。

「……生徒の誰かでしょう。死後硬直の広がり方から推測して、彼女が死亡したのは昨日の夜です。化け物がこんな手の込んだことをするとは思えませんし、我々警備隊員は一階に居た」
「生徒にしかできないって訳だな。しかし何だってこんな真似を」

 本当に。犯人はどうしてこんなことをしたんだろう?
 化け物が出現していつ家に帰られるか判らない。知り合いがたくさん命を落とした。この状況に絶望して自ら命を断つことは、哀しいが有り得ることだと思う。
 それがどうして、他者への攻撃となってしまったのだろう。世良は頭を抱えた。

「……ん?」

 キョロキョロしていた水島が一点を見つめた。

「……こっちのベッドのシーツに、シミ? 何か浮かんでますよ」

 水島が見ていたのはもう一方のベッドだった。世良があっ、と声を上げた。

「そっちがケイ……このコのベッドなんです。こちらは彼女のルームメイトだったミサのベッドです。地震の揺れで転んで頭を打って……そのまま亡くなりました」
「………………」

 多岐川が歩み寄ってシミに顔を近付けた。

「アンモニア臭がします。被害者はこちらのベッドで殺害されて失禁したのでしょうね。床がほとんど濡れていない理由の説明がつきました。首に付いた痕から推測して、犯人は被害者の背後に回って絞めた可能性が高いです。」
「ん? 彼女は自分のベッドで殺されてから、もう一方のベッドで自殺したようにカモフラージュされたのか?」
「おそらくは。尿で濡れた後のシーツで自殺は不自然ですから、それを誤魔化す為に移動させたのでしょう。こちらのベッドのシーツは替えられたようですが、マットに吸収された尿を犯人は拭き取り切れず、新しいシーツに滲んできたんです」

 藤宮は腕組みをした。

「首に付いた痕といいマットの拭き残しといい、犯人は単純なミスを犯したもんだな」
「所詮は子供の浅知恵ですよ~。生徒の誰かが犯人なんでしょ?」

 多岐川は下がった眼鏡を中指で上げ直した。

「犯行は雑ですが、大胆な性格の持ち主です。人を殺した後に隠蔽(いんぺい)工作までしているのですから」

 世良は血の気が引いた。誰が佳を殺した?
 生徒達はみんな同じ不安を抱えた仲間だと思っていた。それなのに。
 仲間の中に潜んだ殺人者。世良にとって餓鬼よりもよほど不気味で恐ろしい存在となった。

「今できる検証はここまでです」

 多岐川の締めの言葉で犯人捜しは一旦保留となった。

「本来ならば現場保全をしなければならないのですが、警察も救急車も呼べる状況にありませんので……」
「でもこのままにしたら死体腐っちゃうよね? 他に死んじゃったコの身体はどうしたの、イケメンちゃん」
「……グラウンドの、桜の樹の根元に並べました。餓鬼に荒されるかもしれないけど、ここで腐敗したら寮のみんなが病気になっちゃうの……で……」

 ここで世良の涙腺が崩壊した。何とか保っていた精神がもう限界だった。
 死んでしまったみんな。若く未来への希望に輝いていた彼女達。ちゃんと埋葬もできずに外へ出すことしかできないなんて。
 そして化け物ではなく仲間の誰かに殺されてしまった佳。これからは友達を疑っていかなければいけないのか。
 声を殺して無く世良を意外にも水島が慰めた。

「気に病んじゃ駄目だよイケメンちゃん。僕は元陸自……陸上自衛隊に居たんだけどさ、大雨で水没した町に災害派遣されたことが有るんだ。悲惨だったよ? 大量に死者が出たけど葬儀も火葬もできる状況じゃなかったからさ、体育館にズラ~って遺体を並べるだけだった。緊急時にできることなんて限られてるんだよ」
「水島の言う通りです。今は仕方が無いんです。さ、一緒に彼女をグラウンドへ運びましょう。手伝います」

 申し出てくれた多岐川の手を借りて、世良は岡部佳の遺体を持ち上げた。
 寮を出る途中で小鳥、そして詩音に会ったが、世良の泣き顔を見て二人とも口を噤んだ。

 そして世良と多岐川はグラウンドの桜の樹の元へ到着した。しかし……、

「何で……?」

 昨日運んだ少女達の遺体が綺麗に無くなっていたのだ。

「そんな、昨日ここに並べたんです! みんなの身体を!」

 世良は主張したが多岐川に困った顔をさせるだけだった。何も無いのだからコメントの仕様がない。服の切れ端すら見つからなかった。

「まさか……夜の内に全部餓鬼に食べられたの? 骨まで残さずに……?」

 佳の遺体も明日にはそうなってしまうのだろうか。酷過ぎる。
 生徒達の生きた証を奪われた気分になって、堪えきれず世良は大声で泣いた。
 その彼女を多岐川は黙って、優しく抱きしめていた。
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