演出された悲劇(一)
文字数 2,250文字
ロック系の音楽が流れた。アップテンポな曲調が好きな、世良がセットしていた携帯電話のアラームだった。
時刻は6時。同じベッドで一緒に寝ていた小鳥も目を覚ました。自然とお互い、至近距離で見つめ合うことになった。
「おはよ、コトリちゃん」
「は、はひ……」
世良から挨拶されて小鳥は固い笑顔を作った。
「お姉様と朝を迎えてしまった……。これってばもう既成事実?」
小鳥は何やらブツブツ言っていたが、世良は意味が解らなかった。
「あれ? アンナが居ない」
向かいのベッドは空だった。シーツに触れてみると冷たい。だいぶ前に出たようだ。
「田町先輩は早起きですねぇ」
「もう一階へ行ってしまったのかな?」
世良達はしばらくの間、部屋から出られない生徒への配達係をしてもらえないかと、寮長の奏子から頼まれていた。
「私達も支度をして一階へ行きましょうか」
「そうだね」
考えていても仕方が無いので、世良と小鳥もトイレと洗顔を済ませた後、一階に向かうことにした。男の隊員が居るので、ブラジャーはしっかり着けた。
階段を降りると鼻唄が聞こえてきた。音の方を確認すると、上半身裸でトランクス一枚の水島が肩にタオルを掛けて廊下を歩いてきた。シャワー帰りのようだ。
「ぎゃ!」
男のセミヌードに恥じらった小鳥が小さく悲鳴を漏らした。その様子を見て水島はニヤニヤと笑った。
「おはよ~。イケメンくんに美少女ちゃん!」
まるで自分の身体を見せつけるように、水島は世良と小鳥の前に回り込んだ。
「おはようございます」
目のやり場に困って顔を両手で覆う小鳥とは対照的に、世良はまったく動じていなかった。
「……イケメンくんってさ、男の兄弟とか居るの?」
「いいえ?」
「男の裸を見ても照れないんだね」
「はぁ、見慣れてますね。競技を終えた男性選手の中には、ロッカー室に戻る前に汗かいたユニフォームを脱いじゃう人とか居ますんで。地方大会ではそもそもロッカー室が足りないから、外で着替える人がけっこう居るし」
「競技? 選手?」
キョトンとした水島に小鳥が鼻息荒く説明した。視線は明後日の方向で。
「セラお姉様は全国高等学校総合体育大会に昨年出場したんです! 今年も出場確実な凄いアスリートなんです!」
よく嚙まずに早口で大会名を言えたものだと、世良は小鳥に感心した。
「へっ? それってインターハイのこと? イケメンくんてば凄いじゃん! 何の種目?」
「陸上短距離です。あとお姉様は女性ですから! イケメンくん呼ばわりはやめて下さい!」
「ん~、じゃあ……イケメンちゃん!」
「ちょっと、あなた!」
ヒートアップした小鳥の前に世良が出た。
「水島さんはこれから寝るんですか? ベッド足りませんよね?」
「……イケメンちゃんはマイペースだね。大丈夫だよ、ソファーが有るから」
「え、でもソファーは……」
レクレーションルームの方を見て納得した。バリケードとして立て掛けておいたソファーは二つとも床に戻されており、窓は代わりに何かの板で補強されていた。おそらく靴箱の板を外して使ったのだろう。
ソファーの二つには既に多岐川が横になっていた。
「寮母さんの部屋は藤宮隊長が使っているんですか?」
「今日のところはね。一日交代。なんせ一階で扉が有る寝室はあそこだけだからね。男にはさ、人に見られない空間が数日に一度は必要になるんだよ~」
「さようですか」
世良はさっさと話を終えようとした。
「ちょっとイケメンちゃん、意味解った上でスルーしてるよね?」
「水島、女生徒に迷惑をかけるな。さっさと服を着ろ」
ソファーの多岐川がセクハラを野郎を咎めてくれた。まだ起きていたのか会話で起こしてしまったのか。
「はいはい~。多岐川サンは真面目だなぁ。じゃ~ね、二人とも」
世良は多岐川に会釈してから小鳥と一緒に台所へ入った。小鳥が聞いた。
「お姉様、さっきの人が言ってた、男は数日に一度人に見られない空間が必要って、どういう意味ですか?」
「知らなくていい。脳が腐るから」
床下収納から保存食を取り出しながら、インターハイの話題が出たことで世良は考えた。
(昨日は走り込みしてないや……。最低でも二日に一回は筋肉を刺激しなくちゃだから、今日は絶対に走らないと。でも、今年の大会は開催されるのかなぁ?)
全国で地震と化け物騒ぎが起きているのなら体育大会どころじゃない。その前の地方での予選会だって。
中学時代は勧められるままにただ何となく、高校時代は奨学金の為に走ってきたのだと思っていた。だが大会開催が危ぶまれる今、妙に落胆している自分が居る。
(そっか、私、走るの好きだったんだ……)
今さら世良は自分を知った。
「このくらいで足りますかね?」
保存食を抱えた小鳥へ答えた。
「もっと少なくてもいいかもしれない。怪我をしている人は仕方が無いけど、それ以外の人は部屋に閉じ籠ってばかりじゃ駄目だ」
「ですよね。一つの所にじっとしていたら、気分がどんどん沈んじゃいますもんね」
「うん。お腹が空いたら自分で下まで取りに来る。汗をかいたらシャワーを浴びる。汚れ物は洗濯する。ちょっとでも身体を動かせば、少しは気分転換できるはずだよ」
(私も走りたい。全てを忘れて、走ることだけに集中したい)
「田町先輩が見当たりませんね」
「うん……。アンナは友達が多いから、誰かの部屋に行ってるのかもしれない」
世良と小鳥は最低限の水と食料を持って、上階の各部屋を回った。
杏奈は一階の奥に在る洗濯スペースで、自分の体液で汚れたシーツを洗っていた。
時刻は6時。同じベッドで一緒に寝ていた小鳥も目を覚ました。自然とお互い、至近距離で見つめ合うことになった。
「おはよ、コトリちゃん」
「は、はひ……」
世良から挨拶されて小鳥は固い笑顔を作った。
「お姉様と朝を迎えてしまった……。これってばもう既成事実?」
小鳥は何やらブツブツ言っていたが、世良は意味が解らなかった。
「あれ? アンナが居ない」
向かいのベッドは空だった。シーツに触れてみると冷たい。だいぶ前に出たようだ。
「田町先輩は早起きですねぇ」
「もう一階へ行ってしまったのかな?」
世良達はしばらくの間、部屋から出られない生徒への配達係をしてもらえないかと、寮長の奏子から頼まれていた。
「私達も支度をして一階へ行きましょうか」
「そうだね」
考えていても仕方が無いので、世良と小鳥もトイレと洗顔を済ませた後、一階に向かうことにした。男の隊員が居るので、ブラジャーはしっかり着けた。
階段を降りると鼻唄が聞こえてきた。音の方を確認すると、上半身裸でトランクス一枚の水島が肩にタオルを掛けて廊下を歩いてきた。シャワー帰りのようだ。
「ぎゃ!」
男のセミヌードに恥じらった小鳥が小さく悲鳴を漏らした。その様子を見て水島はニヤニヤと笑った。
「おはよ~。イケメンくんに美少女ちゃん!」
まるで自分の身体を見せつけるように、水島は世良と小鳥の前に回り込んだ。
「おはようございます」
目のやり場に困って顔を両手で覆う小鳥とは対照的に、世良はまったく動じていなかった。
「……イケメンくんってさ、男の兄弟とか居るの?」
「いいえ?」
「男の裸を見ても照れないんだね」
「はぁ、見慣れてますね。競技を終えた男性選手の中には、ロッカー室に戻る前に汗かいたユニフォームを脱いじゃう人とか居ますんで。地方大会ではそもそもロッカー室が足りないから、外で着替える人がけっこう居るし」
「競技? 選手?」
キョトンとした水島に小鳥が鼻息荒く説明した。視線は明後日の方向で。
「セラお姉様は全国高等学校総合体育大会に昨年出場したんです! 今年も出場確実な凄いアスリートなんです!」
よく嚙まずに早口で大会名を言えたものだと、世良は小鳥に感心した。
「へっ? それってインターハイのこと? イケメンくんてば凄いじゃん! 何の種目?」
「陸上短距離です。あとお姉様は女性ですから! イケメンくん呼ばわりはやめて下さい!」
「ん~、じゃあ……イケメンちゃん!」
「ちょっと、あなた!」
ヒートアップした小鳥の前に世良が出た。
「水島さんはこれから寝るんですか? ベッド足りませんよね?」
「……イケメンちゃんはマイペースだね。大丈夫だよ、ソファーが有るから」
「え、でもソファーは……」
レクレーションルームの方を見て納得した。バリケードとして立て掛けておいたソファーは二つとも床に戻されており、窓は代わりに何かの板で補強されていた。おそらく靴箱の板を外して使ったのだろう。
ソファーの二つには既に多岐川が横になっていた。
「寮母さんの部屋は藤宮隊長が使っているんですか?」
「今日のところはね。一日交代。なんせ一階で扉が有る寝室はあそこだけだからね。男にはさ、人に見られない空間が数日に一度は必要になるんだよ~」
「さようですか」
世良はさっさと話を終えようとした。
「ちょっとイケメンちゃん、意味解った上でスルーしてるよね?」
「水島、女生徒に迷惑をかけるな。さっさと服を着ろ」
ソファーの多岐川がセクハラを野郎を咎めてくれた。まだ起きていたのか会話で起こしてしまったのか。
「はいはい~。多岐川サンは真面目だなぁ。じゃ~ね、二人とも」
世良は多岐川に会釈してから小鳥と一緒に台所へ入った。小鳥が聞いた。
「お姉様、さっきの人が言ってた、男は数日に一度人に見られない空間が必要って、どういう意味ですか?」
「知らなくていい。脳が腐るから」
床下収納から保存食を取り出しながら、インターハイの話題が出たことで世良は考えた。
(昨日は走り込みしてないや……。最低でも二日に一回は筋肉を刺激しなくちゃだから、今日は絶対に走らないと。でも、今年の大会は開催されるのかなぁ?)
全国で地震と化け物騒ぎが起きているのなら体育大会どころじゃない。その前の地方での予選会だって。
中学時代は勧められるままにただ何となく、高校時代は奨学金の為に走ってきたのだと思っていた。だが大会開催が危ぶまれる今、妙に落胆している自分が居る。
(そっか、私、走るの好きだったんだ……)
今さら世良は自分を知った。
「このくらいで足りますかね?」
保存食を抱えた小鳥へ答えた。
「もっと少なくてもいいかもしれない。怪我をしている人は仕方が無いけど、それ以外の人は部屋に閉じ籠ってばかりじゃ駄目だ」
「ですよね。一つの所にじっとしていたら、気分がどんどん沈んじゃいますもんね」
「うん。お腹が空いたら自分で下まで取りに来る。汗をかいたらシャワーを浴びる。汚れ物は洗濯する。ちょっとでも身体を動かせば、少しは気分転換できるはずだよ」
(私も走りたい。全てを忘れて、走ることだけに集中したい)
「田町先輩が見当たりませんね」
「うん……。アンナは友達が多いから、誰かの部屋に行ってるのかもしれない」
世良と小鳥は最低限の水と食料を持って、上階の各部屋を回った。
杏奈は一階の奥に在る洗濯スペースで、自分の体液で汚れたシーツを洗っていた。