迷宮誕生(二)

文字数 2,203文字

「あ、あああ、あああああ!」

 美沙の死を目の当たりして混乱状態の佳は、掛け布団の裾を掴み 頭をベッドの縁にガツガツ自らぶつけていた。

「やめな、ケイ!」

 物言わぬ美沙を支えたまま動けなかった世良に代わって、懐中電灯を持つ人物が佳に近付き、空いた方の手で佳の肩を揺さ振った。

「落ち着きなさい、岡部さん! こっちを見て!」

 凛とした声が佳の奇行を止めた。

「あ……あう……、寮長…………?」
「そうよ、私よ、よく聞いて。あれだけの大きな揺れ、きっとまた余震が起こるわ。これから全員で一階へ降りて、広いスペースに避難しましょう」

 寮長と呼ばれた女生徒は落ち着いた声音で佳を諭した。彼女は三年生の神谷奏子(カミヤソウコ)。寮内を取り仕切る頼もしいリーダーだ。生徒達の生活に深く関わる為、生徒会長よりも影響力が高い。

「高月さん、岡部さんを連れて一階まで行ってくれる? 廊下は私が、階段は副寮長が照らすから」
「あ、はい!」

 生徒数が少ない学校なので、二・三年は全員名前と顔が一致している。
 世良は寮長の手を借りて美沙の遺体をベッドに寝かせた。

「電話で警察に通報しないとね……」
「……はい」

 神谷奏子は先に廊下へ出て、大きな声で部屋に籠っている生徒達に指示を出した。

「みんな、一階に降りてちょうだい。一階の方が広いスペースが在るし、何か遭った時に外へ避難しやすいわ。怪我をした人が居たら手を貸してあげて。ゆっくりでいいから移動して!」

 閉じていた部屋のドアがランダムに開いて、おぼつかない足取りで生徒達が次々に廊下へ出てきた。

「慌てないで。決して走らないで」

 世良は奏子に感心した。清吾に肝が座っていると称された世良ですら心臓が落ち着かないこの状況で、奏子は寮長としての責務を果たそうと努力していた。

「セラ!?

 部屋から出て来た杏奈が、懐中電灯の薄明かりの中で血塗(ちまみ)れの世良と佳を見て立ち(すく)んだ。

「……アンナ、ケイとミサの部屋を見ては駄目だよ」

 明かりの無い室内の様子は窺えないだろうが、世良は注意せずにいられなかった。


☆☆☆


 一階に集まった生徒達は寮長である奏子の指示の元、六本の懐中電灯が作る頼りない明かりの中で、避難スペースを広げることに尽力した。
 家具が少ないレクレーションルームが避難場所に最適なのだが、そこだけでは二百人の生徒が座って休むには手狭だった。
 食堂は地震の揺れで食器棚が倒れており、飛び出した皿が何枚も割れていて入るには危険な状態だった。
 仕方無く玄関スペースを片付けて使ったが、それでも立ったまま座られない生徒が数十人居た。

「ソーコ、体育館を使えないかな?」

 副寮長の江崎花蓮(エザキカレン)が進言した。

「そうしたい。でも鍵は職員室か……。忍び込むことになるけど、緊急事態だから仕方が無いよね」
「逆に警報が出て、警備会社の人間が駆け付けてくれたらラッキーだよ。怪我したコ、けっこう居るから早く救助してもらわないと」

 二人の会話が聞こえた世良は、つい口を挟んでしまった。

「電話で助けは呼べないんですか?」
「あー……」

 寮長と副寮長は困った顔をした。

「電線切れちゃったみたいで寮の電話、反応が無いの」
「携帯もずっと圏外」

 元々僻地に建てられた桜妃女学院は携帯電話の電波が届きにくかったが、地震で電話会社の通信基地局がダメージを受けてしまったのかもしれない。

「とりあえず私は職員室に行って来るわ。カレン、みんなのことはお願いね」
「は? ちょっとちょっとソーコ、独りで行く気?」
「大丈夫よ」
「いやいくらアンタが合気道の達人でもね、暗闇が明るくなる訳じゃないし、余震で何かの下敷きになったらどうすんのよ?」

 花蓮が心配するのは当然のことだった。災害時の単独行動は危険だ。

「私が一緒に行きます」

 志願した世良の背中を花蓮がバチンと叩いた。

「高月ぃ、あんがと! 万能人間のアンタが一緒なら、大抵のトラブルは突破できそうだ!」

 近くに居た杏奈も手を挙げた。

「私も行きます! 世良が万能なのはスポーツだけで、いろんなトコが抜けてますから! フォローします!!

 あんまりな言い草に続いて、意外な所から第三の志願者が現れた。

「私も……行く。生徒会長だもの、みんなの為に動かなきゃ」

 暗かったが声と生徒会長と言う役職名で判った。桜木詩音だ。

「シオン、いいの?」
「うん。連れて行ってソーコ。職員室にも、学校の備品の置き場所にも私詳しいから」
「そーねー。影の薄い会長さんには、こういう時ぐらい活躍してもらわないとねー」

 意地の悪い声が野次を飛ばした。確認しなくても判った。レクレーションルームの数少ないソファーを、取り巻きと一緒に占領した桐生茜だ。

「………………」
「決まったんなら行きましょう。カレン、携帯が繋がるかたまにチェックしておいてね」
「OK。高月、もう一本懐中電灯持っていきな。みんな気をつけなよ」

 花蓮に見送られて、奏子、詩音、世良、杏奈の四人は寮の玄関から外へ出た。そして目を見張った。

「え……?」
「これって月明かり?」
「でも雲で月、隠れてるよね……?」

 驚くことに、外は寮の中より断然明るかった。まるで強い照明を当てられているかのように、校舎の壁全体が発光して見えた。
 その光景に皆は少し足が(すく)んでしまったが、

「気にしないで進みましょう。暗いよりは明るい方がいいわよ」

 度胸の有る奏子が校舎に向けて脚を動かしたので、残りの三人も彼女に(なら)った。
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