朝日と復旧(二)
文字数 2,335文字
世良達は言われた通りに上階を目指した。階段に折り重なっていた圧死体は廊下に並べられ、リネン室に有ったシーツが被せられた。これらの処置をしたのも世良達だ。ここで亡くなった生徒は五名だった。命は拾ったが、打撲やおそらく骨折してしまった重傷者は十人を超える。
やるせない。死体に掛けられたシーツを横目に世良は階段を上った。
「セラとコトリちゃんは二階を担当して。私は三階を回るから」
杏奈が申し出た。ドアの向こうへ声を掛けるだけなら一人でもできる。なら手分けした方が効率が良い。反対する理由が無いので世良は承諾した。
「解った。終わったら一階で落ち合おう。台所の割れ物を片づけなきゃ」
「じゃ、後でね」
杏奈は独り、階段もう一階分上って三階へ到達した。
三階には二年二組の生徒と、三年生達の部屋が並んでいる。杏奈は廊下の端の扉からノックした。
「……誰?」
ドア向こうから警戒した声が返って来た。
「一組の田町アンナだよ。水が出るようになったから、水分補給しておいてね。あ、電気も使えるよ」
「……電気が? 解った。ありがと」
順番に扉をノックして、こんなやり取りを杏奈は続けていった。反応が無い部屋も有ったが、ほとんどの部屋の主が電気の復活を喜んだ。水不足の心配よりも、暗闇で化け物に襲われた恐怖の方が強かったのだろう。
そして最後の部屋になった。
ドアプレートには桐生茜の名が記されている。寮の部屋割りは名簿順で決まるのだが、理事の娘である茜は我儘を通し、二人用の角部屋を独りで使っている。
苦手な相手だが仕方が無い。杏奈はノックした。
「桐生先輩、二年の田町です。水・電気・ガスが使えるようになったのでご報告に参りました」
返事の代わりに扉が開いた。開けたのは茜の取り巻きの島田芽亜理だ。彼女の部屋はここではないが、茜と一緒に居たらしい。
「アカネさんが、部屋に入るようにと」
「え……?」
「早くなさい」
杏奈は戸惑ったが、上級生の指示だ。取り敢えず従うことにした。
が、杏奈が入室した後ろで、芽亜理が扉の内鍵を掛けた。
「あのっ……?」
「そんなにビビんないでよ田町。ちょっとお喋りしたいだけよ」
二つ在るベッドの一つに茜が腕組みして座っていた。
「お喋り……ですか?」
「そ。内緒のね」
茜は楽しそうに笑った。
「田町のお父さんさぁ、工場長なんだって?」
「え……? はい……」
杏奈は茜がどうして知っているのか不思議に思った。実家のことは親友の世良にもほとんど話していないのに。
「それで経営がヤバかったんだよね? アンタが中学ん時」
「………………」
「でも、皆川 って男がお金出してくれて持ち直したんでしょ? 三年前だっけ?」
「!」
言い当てられた杏奈は驚愕した。
「どうして先輩が、皆川さんのことをご存知なんですか?」
「だって皆川、ウチの会社の社員だもん」
アッサリと茜は関係を明かした。
「桐生先輩の……お父様の会社ですか?」
「そ。医薬品や医療器具を扱っている会社ね。ちなみに皆川はそこの平社員。アンタんちに融資できる程のお金なんて持っちゃいない」
「え? じゃあどうして皆川さんは……」
「どうして融資できたんだろうね?」
「………………」
茜は意地悪く微笑んだ。
「質問を替えるね。お金は何処から出たと思う?」
杏奈の大きな瞳が更に大きく見開かれた。
「先輩の……お父様の会社から……?」
「当たり」
「まさか皆川さんは横領を!?」
生真面目な答えをした杏奈へ茜は噴き出した。
「違う違う。融資の件は父が決めたのよ。合法だよ、安心して。皆川には、遠い親戚であるアンタ一家を紹介してもらっただけ」
「私の家族を?」
杏奈には理由が解らなかった。小さな町工場を経営している父。近所のクリーニング店のパートタイマー従業員の母。平凡な学力の子供達。大企業の社長が人を介してまで助けようとする相手だろうか?
また茜は意地悪な笑みを見せた。
「正確には高校進学を控えた年齢の、娘が居ないか捜してもらったの」
杏奈の家族で融資を受けた当時、その条件を満たしていた者は一人しか居なかった。
「私…………!?」
「そ。父は私の入学に合わせてね、何人か都合の良さそうな女のコを調達したんだ。アンタはその一人」
杏奈は目の前の茜が怖くなった。調達。彼女はそう言った。
「アンタだっておかしいと思ったでしょ? 皆川の紹介が有ったとはいえさ、平凡な成績の自分が桜妃女学院で返済不要の奨学生になれたなんて」
それはそうだ。しかし皆川の申し出を断れば父親は多額の負債を抱え、杏奈も高校進学を諦めなければならなかっただろう。当時は旨 過ぎる話だと思いつつも乗るしかなかった。
「どうして私を……?」
「私が有意義な学院生活を送られるように、奴隷をやってもらう為だよ」
当たり前のように茜は言い放った。絶句した杏奈に茜は畳み掛けた。
「アンタは学年が違うから補欠だったんだけどね。間抜けなサキが階段で潰されて死んじゃったでしょ? メアリだけじゃ不便でさ。だからこれから宜しくね?」
まさか稲垣早紀や島田芽亜理も、同じ理由で入学し、茜の取り巻きを無理矢理やらされていたのか!? 杏奈の疑問の眼差しから芽亜理は顔を逸らした。
「コラコラ、話してんのは私~。田町、私をちゃんと見なさい」
「桐生先輩……」
「断ってもいいんだよ? アンタのお父さんに貸したお金を即刻返すように言うだけ」
「………………」
杏奈に拒否権は無かった。家族を路頭に迷わせる訳にはいかない。
「私の奴隷をやるよね?」
「…………はい」
「賢いコは好きだよ」
茜はクックと笑った。そして腕組み姿勢のまま、新しい奴隷への初めての命令を出した。
「忠誠の儀式よ。田町アンナ、服を全部脱いで四つん這いになりなさい」
やるせない。死体に掛けられたシーツを横目に世良は階段を上った。
「セラとコトリちゃんは二階を担当して。私は三階を回るから」
杏奈が申し出た。ドアの向こうへ声を掛けるだけなら一人でもできる。なら手分けした方が効率が良い。反対する理由が無いので世良は承諾した。
「解った。終わったら一階で落ち合おう。台所の割れ物を片づけなきゃ」
「じゃ、後でね」
杏奈は独り、階段もう一階分上って三階へ到達した。
三階には二年二組の生徒と、三年生達の部屋が並んでいる。杏奈は廊下の端の扉からノックした。
「……誰?」
ドア向こうから警戒した声が返って来た。
「一組の田町アンナだよ。水が出るようになったから、水分補給しておいてね。あ、電気も使えるよ」
「……電気が? 解った。ありがと」
順番に扉をノックして、こんなやり取りを杏奈は続けていった。反応が無い部屋も有ったが、ほとんどの部屋の主が電気の復活を喜んだ。水不足の心配よりも、暗闇で化け物に襲われた恐怖の方が強かったのだろう。
そして最後の部屋になった。
ドアプレートには桐生茜の名が記されている。寮の部屋割りは名簿順で決まるのだが、理事の娘である茜は我儘を通し、二人用の角部屋を独りで使っている。
苦手な相手だが仕方が無い。杏奈はノックした。
「桐生先輩、二年の田町です。水・電気・ガスが使えるようになったのでご報告に参りました」
返事の代わりに扉が開いた。開けたのは茜の取り巻きの島田芽亜理だ。彼女の部屋はここではないが、茜と一緒に居たらしい。
「アカネさんが、部屋に入るようにと」
「え……?」
「早くなさい」
杏奈は戸惑ったが、上級生の指示だ。取り敢えず従うことにした。
が、杏奈が入室した後ろで、芽亜理が扉の内鍵を掛けた。
「あのっ……?」
「そんなにビビんないでよ田町。ちょっとお喋りしたいだけよ」
二つ在るベッドの一つに茜が腕組みして座っていた。
「お喋り……ですか?」
「そ。内緒のね」
茜は楽しそうに笑った。
「田町のお父さんさぁ、工場長なんだって?」
「え……? はい……」
杏奈は茜がどうして知っているのか不思議に思った。実家のことは親友の世良にもほとんど話していないのに。
「それで経営がヤバかったんだよね? アンタが中学ん時」
「………………」
「でも、
「!」
言い当てられた杏奈は驚愕した。
「どうして先輩が、皆川さんのことをご存知なんですか?」
「だって皆川、ウチの会社の社員だもん」
アッサリと茜は関係を明かした。
「桐生先輩の……お父様の会社ですか?」
「そ。医薬品や医療器具を扱っている会社ね。ちなみに皆川はそこの平社員。アンタんちに融資できる程のお金なんて持っちゃいない」
「え? じゃあどうして皆川さんは……」
「どうして融資できたんだろうね?」
「………………」
茜は意地悪く微笑んだ。
「質問を替えるね。お金は何処から出たと思う?」
杏奈の大きな瞳が更に大きく見開かれた。
「先輩の……お父様の会社から……?」
「当たり」
「まさか皆川さんは横領を!?」
生真面目な答えをした杏奈へ茜は噴き出した。
「違う違う。融資の件は父が決めたのよ。合法だよ、安心して。皆川には、遠い親戚であるアンタ一家を紹介してもらっただけ」
「私の家族を?」
杏奈には理由が解らなかった。小さな町工場を経営している父。近所のクリーニング店のパートタイマー従業員の母。平凡な学力の子供達。大企業の社長が人を介してまで助けようとする相手だろうか?
また茜は意地悪な笑みを見せた。
「正確には高校進学を控えた年齢の、娘が居ないか捜してもらったの」
杏奈の家族で融資を受けた当時、その条件を満たしていた者は一人しか居なかった。
「私…………!?」
「そ。父は私の入学に合わせてね、何人か都合の良さそうな女のコを調達したんだ。アンタはその一人」
杏奈は目の前の茜が怖くなった。調達。彼女はそう言った。
「アンタだっておかしいと思ったでしょ? 皆川の紹介が有ったとはいえさ、平凡な成績の自分が桜妃女学院で返済不要の奨学生になれたなんて」
それはそうだ。しかし皆川の申し出を断れば父親は多額の負債を抱え、杏奈も高校進学を諦めなければならなかっただろう。当時は
「どうして私を……?」
「私が有意義な学院生活を送られるように、奴隷をやってもらう為だよ」
当たり前のように茜は言い放った。絶句した杏奈に茜は畳み掛けた。
「アンタは学年が違うから補欠だったんだけどね。間抜けなサキが階段で潰されて死んじゃったでしょ? メアリだけじゃ不便でさ。だからこれから宜しくね?」
まさか稲垣早紀や島田芽亜理も、同じ理由で入学し、茜の取り巻きを無理矢理やらされていたのか!? 杏奈の疑問の眼差しから芽亜理は顔を逸らした。
「コラコラ、話してんのは私~。田町、私をちゃんと見なさい」
「桐生先輩……」
「断ってもいいんだよ? アンタのお父さんに貸したお金を即刻返すように言うだけ」
「………………」
杏奈に拒否権は無かった。家族を路頭に迷わせる訳にはいかない。
「私の奴隷をやるよね?」
「…………はい」
「賢いコは好きだよ」
茜はクックと笑った。そして腕組み姿勢のまま、新しい奴隷への初めての命令を出した。
「忠誠の儀式よ。田町アンナ、服を全部脱いで四つん這いになりなさい」