探り合い(二)

文字数 2,553文字

「そろそろ作業に取り掛かりましょう」
「何をするの? てか神谷、アンタ無事だったんだね」

 後から参加表明をした茜に奏子は説明した。

「遺体が腐ってしまうから、二人一組になって寮からグラウンドへ移動させるの」
「うげ。来るんじゃなかった……。」

 文句を言いながらも、茜は渡されたポリエチレンの手袋をはめた。

「でも外には化け物が居るんじゃないの? 今は静かだけどさ」
「奴らは太陽の光を浴びると塵になるのよ。昼間なら外へ出られるわ。それで私は帰ってこられたの」
「ならいいけど。シオン、一緒に組もうよ」
「え、アカネが私と……?」
「アンタとは話したいことが有るの。……いいよね?」
「……ええ」

 詩音は茜の目的が判っていた。茜は自分から雫姫に関する情報を引き出すつもりなのだろう。

「あたしとソーコが組むとして、高月があぶれちゃうね」
「私で良ければ」

 綺麗な声がした。トイレの方から一人の少女が歩いてきた。

「あ、清水さん……」

 少女は清水京香(シミズキョウカ)。世良と杏奈と同じ二年一組に在籍している。整った顔立ちをしているが大人しく地味で、同じクラスだというのに世良は彼女と話したのはこれが初めてだった。

「高月さん、いいかしら?」
「あ、うん、もちろん。宜しく!」 

 少女達はそれぞれ遺体の肩と脚に手を掛けて持ち上げた。

「田町さん、玄関ドアを開けて支えてもらえる?」
「はい!」

 杏奈は何とか立ち上がって玄関へ向かった。杏奈が開けた扉の横を、遺体を運ぶ生徒達が通り過ぎていく。
 杏奈は茜と詩音の組が通る時に謝罪した。

「桐生先輩すみません。私が体調崩してしまったばっかりに力仕事を……」
「アハハ田町、一つ貸しにしておくからね」

 どうして杏奈が茜にだけ謝罪するのか世良は不思議に思ったが、

「高月さん、よそ見していると転ぶよ?」

 京香に注意されて世良は運搬作業に集中した。

「ソーコぉ、グラウンドの何処へ運ぶの?」
「あの一本だけ咲いている桜の樹の根元へ。せめてもの墓標代わりに」
「ああ、そうだね……」

 少女達は何往復もして犠牲となった生徒達の遺体を運び、桜の樹の前に並べた。地震の揺れで部屋の中で最初に死亡した丸本美沙も、寮の外で餓鬼に喰われた生徒達も、全て。
 桜は今日も狂い咲きしていた。恐ろしいまでの美しさ。これが少しでも死者の慰めになるといいが。

「寮へ戻ったら各部屋へ、保存食のクラッカーを配っておきましょう。その後で私達も休まなきゃ。少し眠った方がいいわ」
「賛成~。夕べはほとんど眠れてないからね」

 力仕事を終えた少女達は疲弊していた。奏子に従ってさっさと寮へ戻ることにした。

「ちょい待ちシオン、話したいことが有るって言ったでしょ」

 茜に止められて、詩音はグラウンドに残ることになった。他の四人の少女の背中が遠ざかっていく。

「……何?」
「シオン、アンタは自分のお母さんと連絡取れたの?」
「……母とはまだよ。寮母さんが持っていたトランシーバーで、学院警備室の立川室長とはさっき話せた」

 茜は疑問に思った。詩音は自分専用のトランシーバーを持たせられていないのか? それとも隠しているだけか?

「その立川さんは何て言ってた?」
「全国規模で異変が起きているから警察も消防も出動できない。母と桐生のおじ様が警備隊員を派遣するよう動いているから、生徒達は異変が収まるまで寮に籠っていろって……」
「他には?」
「それだけだよ。気を強く持って頑張れって」

 茜は鼻でフンッと笑った。

「全国規模で異変ねぇ。アンタそれ、信じてる訳じゃないよね?」
「……………………」

 押し黙った詩音を見て茜は確信した。やはり詩音も母親から聞かされている。

「地震の震源地はここ。化け物が徘徊しているのも、高い塀に囲まれた学院の敷地の中だけだって、アンタ知ってるよね?」
「………………」
「だってこの現象は、土地神である雫姫が100年間抑えてきた災厄が、彼女の力の衰えによって一気に噴き出している状態なんだもの」
「………………」
「あれだけの地震だったから近隣の土地も多少は揺れたでしょうけど、全国規模じゃないよね? 外では化け物を見たって報告も無いそうよ」

 茜の兄、清吾からの情報だった。都市機能は正常だと教えられた。
 茜は蛇のように目を細めた。

「何でアンタ、みんなに学院

だって教えてあげないの?」
「シッ、アカネ!」

 詩音は周辺をキョロキョロ見渡した。

「大丈夫よ、誰も聞いてない。アンタにとっちゃ聞かれちゃマズイ会話だよね」
「………………」
「アンタがトランシーバーで交信した時、誰かと一緒だったの?」
「…………カレンと」
「なるほどね。立川って奴は江崎に向けて噓の情報を流したのね。アンタはちゃんと怖がる演技ができた?」
「そんな言い方やめて」

 (うつむ)いた詩音に茜は吐き捨てた。

「被害者ぶってんじゃないよ、クソ女。アンタも次の雫姫になるように母親に言われてんでしょ? だから雫姫に会うまでは学院から出られない」
「………………」
「頑張って地震の後も立派な生徒会長を演じたけど、化け物が出てビビったんでしょ? 独りの力じゃ何とかできない事態だって考えた」
「………………」
「それで立川の話に乗ったんだよね? 生徒が学院に残ってくれたら自分が死ぬ確率を減らせるもん。弾除けに使おうと思ったんでしょ? 人畜無害そうな顔して怖い女よねアンタ」
「うるさい!」

 詩音はらしくない大声で怒鳴った。

「人のこと批判できるの? あなただってみんなに何も言ってないじゃない!!
「当然だよ。私はここに残ってレースに勝つつもりなんだから、自分が不利になる情報をみすみす流す訳がないじゃない」
「!…………」

 言い切った茜は詩音を見下した。

「アンタには無理だよ、シオン。お母さん人形でしかないアンタには覚悟が足りない」

 レースには他の理事が推挙した生徒達も参加しているのだ。この程度の言い合いで動揺している詩音は勝ち残れるはずがない、茜はそう結論づけた。

「じゃあねシオン。せいぜい化け物に喰われないことね」

 茜は片手をヒラヒラ振って去っていった。残された詩音は唇を噛んだ。

「私は勝たなきゃ駄目なのよ……。雫姫になれなきゃ……、期待を裏切ったら今度こそお母様に見捨てられる……」

 詩音の呟きは桜の花びらと共に風が(さら)っていった。
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