夢物語のような現実(二)

文字数 2,337文字

「そんな言い方はよして下さい室長。高月さんはクラスメイトの死を嘆き、状況を打開しようと迷宮へ潜る、優しさと勇気を兼ね備えた素晴らしい人間なんです。手札なんて表現は……」
『珍しいな多岐川、おまえがそんな風に感情を露わにするなんて』
「私はただ……、何も知らずに危険な目に遭っている生徒さん達が気の毒なだけです」

 水島は確信した。気のせいではなく多岐川も世良を気に入っているのだと。

『高月セラに感情移入しているのなら、彼女をせいぜいサポートしてやることだ。高月が雫姫に選ばれれば、式守理事に恩を売れるぞ?』
「私はそんなこと!」
『これはチャンスなんだぞ? 多岐川、それに藤宮に水島。おまえ達は優れた才能を持ちながら、不遇な出来事で出世街道からドロップアウトしてしまった者達だ』
「………………」
『その才能を活かしてもう一度輝きたいとは思わないのか? 今ならそれが可能なんだ。銃も使える。理事達におまえ達の能力を売り込んでやれ』

 確かに一線で活躍していた彼らにとって、警備員として学院の周りを巡回するだけの毎日は退屈だった。

『それに誰かが雫姫に指名されれば異変は終わる。高月も、残りの少女達もその時点でゲームから解放されるんだ』
「ゲーム?」
『理事達にとってこの異変は、社運を賭けた一大イベントなんだよ。自分が擁する少女の誰かが生き神様になれば、強大な権力と富を手中に入れられるんだ。百年前は関谷一族の少女が選ばれたらしい』
「……だから関谷さんは理事の中で最も力を持っているのか」
『ああ。彼の一族が運営する会社も、日本を代表する企業の一つになるまでに成長した』
「全てが雫姫の恩恵だと?」
『理事達はそう信じている。だからこそ金をかけて、少女達を自然に集められる学院まで創立したんだ』

 藤宮と多岐川は呆れていた。大人達の汚い欲に、純粋な少女達が犠牲になっているのだ。

「ゲームが終われば、生徒達は本当に解放されるんだな?」

 低い声で確認した藤宮の意図を立川は読み取った。

『藤宮おまえ、口封じに全員始末されると心配しているな?』
「………………」
『流石に理事達もそこまではしないだろう。学院で起きたことに対する箝口令(かんこうれい)は敷かれるだろうがな。そもそも迷宮が出現して化け物に襲われたなど、外で喚いても誰も信じやしないさ』
「亡くなった少女達の死因はどうなります? ……遺体すら残っていないのですが」
『そこは理事会がうまくやるさ。適当な事故をでっち上げて。もちろんマスコミには漏らさないようにしてな。そして学院はひっそり閉鎖されるはずだ』
「ここで寮母をしていた下田さんはどうしてます? 寮の電話線を切ったのは下田さんですか?」

 水島の質問に立川はククッと笑った。

『ああ、私が指示した。彼女は今頃バケーションでハワイに行ってるよ。おまえ達にもゲーム終了後には長期休暇と臨時ボーナスをやるから、今はしっかり仕事をこなすんだな』
「…………了解。これで通信を終了する」
『ああ、またな』

 トランシーバーの電源を切って、藤宮は「クソったれ!」と毒づいた。彼は国民を護る志の高い自衛官だった。自分の利益の為に少女達を危険に晒す理事会に対して、拒絶心を抱くのは彼なら当然のことだった。

「下田さんハワイですってさ~。こっちは汗まみれで化け物と戦ってるってのに、ずいぶん優雅ですね~」
「交流の有った生徒を見捨てて休暇ですか……。高月さん達は、身近な大人達全員に裏切られている訳ですね」
「僕はセラを裏切ったりしてませんよ~?」
「室長から聞いた情報は高月達に流せない。俺達を信頼して頼ってくれるアイツらを裏切っていると同じだよ。ああ胸糞ワリィ!!
「隊長、また声が外へ漏れます」
「ああもう!」

 藤宮は長めの髪を搔きむしった。

「こうなったらさっさと雫姫に、生徒の誰かを指名させるしかねーか」
「その雫姫は何処に居るんでしょうね?」
「迷宮の奥じゃないか? アレは姫さんが造ったらしいから」
「じゃあ現れるのを待つより、こちらから迷宮へ出向いた方が良さそうですね~。迷宮探索は理にかなっていたんだ」
「……そうか、なるほど」
「隊長?」
「桐生アカネと桜木シオンが、積極的に迷宮参加を申し出る理由が解ったよ。俺達は異変の謎を解き明かす為に迷宮へ潜ったが、あのお嬢さん達は雫姫に会いに行こうとしていたんだ」
「なるほど」

 茜は理事達のゲームを知っていた。だから早い段階で、警備員の水島を自分の陣営に抱き込んだ。

(ま、桐生のお嬢さんは絶対に目的を果たせないんだけどね。僕を仲間にしたことが最大の失敗だって、あのお嬢さんはいつ気づくかね?)

 彼にとって茜は取るに足らない存在。気がかりなのは世良だった。

(憑依された生徒はホントに心が壊れたりしないんかね。セラがセラでなくなっちゃうのは嫌なんだけど)

 ならば適当な誰かを雫姫の器にしよう。水島はそう考えた。世良以外の少女が精神崩壊しても別にどうでもいい。

「桜木シオンをプッシュしませんか~? 生徒会長をしているくらいだから、品行方正なお嬢さんなんでしょう?」
「だが立川さんの見立てでは、高月の方が選ばれる可能性が高そうじゃないか」
「セラは生き神様になることなんて望んでいないと思うんです~。あのコは素朴な幸せに感動するタイプだから」
「私も水島の意見に賛成です。重い立場に就いたら高月さんは苦しむと思います。その点、桜木さんは雫姫になることを望んでいるようですから」
「……そうだな、彼女が適任か。では警備隊はこれから桜木シオンをさりげなくサポートしつつ迷宮攻略、異変を収めるぞ!」
「了解」

 水島はほくそ笑んだ。

(セラ、キミのことは僕が護ってあげる。だから安心して、キミはただ僕のことを好きになればいいんだよ)
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