探り合い(一)

文字数 2,164文字

 奏子の提案で二人一組のペアを作り、生徒の遺体をグラウンドへ移動させることになった。

 まず階段で圧し潰された生徒を運ぼうとしたのだが、被せてあったシーツをめくって明るい光の下で遺体と対面してみると、その惨たらしさに絶句した。暗い時はよく見えなかったのだ。
 まず小鳥が、次に杏奈が口を押さえてトイレへ駆け込んだ。
 数分後に彼女達は戻ってきたが、蒼い顔をしてもう遺体の方を見られないでいた。

「……田町と一年生は無理だね。離れた所で休んでなよ」
「す、すみません」

 小鳥と杏奈はヘナヘナとその場に座り込んだ。

「高月は大丈夫なん? いけそう?」
「はい」

 世良とて決して平常心ではなかったが、餓鬼の肉を裂いた時に覚悟を決めた。やれることは何でもやると。

「江崎先輩こそ大丈夫ですか?」
「ああ、流石に死体は初めてだけど、半殺しにされたヤツは何度も見てきたからね」
「え、ええ!?
「ハハ、あたし中学ん時荒れてたのよ」

 江崎花蓮は父親の顔を知らない。彼女が物心つく前に母親の不貞で両親は離婚していた。貞操観念の無い母親はその後も短期間で男を替え、その内の数人が幼い花蓮に性的な悪戯(イタズラ)をした。
 花蓮は家を飛び出したが、金も泊まる宿も無い彼女は、結局男に身体を差し出して生きるしかなかった。

(詳しくは話せないやね。全寮制女子校のお嬢さん達にはヘビー過ぎる内容だもん)

 花蓮は自嘲し、さらりと身の上を話した。

「親と折り合いが悪くてさ、家出して夜の街を彷徨(さまよ)ってたの」
「何それ。よくそんな奴が桜妃に入学できたものね」

 上から目線で誰かが意見した。階段を降りてきていた桐生茜だった。

「ああ? ウルセーよ。何しに来やがったツインテール」
「手伝いに来てやったのよ。感謝なさい」
「はぁ!?  おまえが?」

 これには全員が驚いた。

「何よガサツ女。ソファーだって動かしてやったじゃない」
「あ、そうだった……」

 皆は茜を少し見直した。やる時にはやる女だったのかと。もっとも茜は、清吾に言われたから来ただけなのだが。

「それで江崎、アンタはどうして桜妃に入れたの?」
「……警察に補導されたんだけど、親が育児放棄してるもんで、あたしは施設に入れられたんだ。そこに支援グループの人が来てさ、この学校を紹介されて、卒業まで掛かる費用を持ってくれることになったんだよ」
「ええ? 江崎先輩も施設出身なんですか? 私もです」

 似た境遇の相手が居たことに親近感が湧き、つい世良は口を挟んだ。

「高月もそうなん?」
「はい。私はもっと小さい頃から。楽しい話題ではないので、アンナ以外には誰にも言っていなかったんですけど……」

 茜がまたもや上から意見した。

「高月はスポーツ特待生でしょ? 学業も運動神経も平凡な江崎が、何で資金援助してもらえるのよ? 何処の支援グループ?」
「平凡人間で悪かったな……。関谷青少年育成プログラムだよ。ここの理事長の関谷さんが運営している非営利団体」
「………………!」
「………………!」

 茜と詩音が同時に顔を強張らせた。

「あ、それ、私もです……」

 小鳥が遠慮がちに手を挙げた。

「私の家はあんまり裕福じゃないので、返金不要の奨学金制度に申し込みました。スポンサーは関谷青少年育成プログラムだったはずです」
「は? 成績上位者でもないのに返金不要なの? そんな制度が学院に有ったの!?
「はい。中学校の先生から面談で勧められました」

 茜と詩音は顔を見合わせた。

「あの……どうかしましたか?」
「ああいや、奨学生が多いもんで驚いたのよ。他にも居そうだね」
「そうですよね。私タダで学校に通わせてもらっていることがコンプレックスで、今までクラスメイト達に気後れしていたんです。でも同じ環境の人が居るって判って、ちょっとホッとしています」
「………………」

 茜は悟った。雫姫の生誕祭。百年(ごと)の節目に当たる今年。それに合わせて学院に少女達が集められたのだと。

 関谷を始めとして他の理事達にも子供は居るが、男子だったり年齢が合わなかったりで、学院に在学して雫姫に会える可能性が有るのは茜と詩音だけだ。
 しかし強欲な理事達が指を咥えて見ているだけのはずがない。彼らは自分の子供の代わりに、駒となり得る生徒達を学院に送り込んだのだ。
 それによって怪我や命の危険に晒されても、金で黙らせられるように貧困家庭の子供を狙って。

(関谷のおじさん以外の理事も、きっと同じことをしている。お父様がそうだもの)

 茜は奥歯を嚙み合わせた。茜の父も早紀、芽亜理、杏奈の家へ経済支援をして、娘達を学院へ入学させていた。茜をサポートする為だと父は言ったが、本当は茜が失敗した際のスペアなのではないか?

 自分の子供でなくてもいい。自分が後援している少女が次の雫姫になれればいい。

(シオンはこれが理事の代理戦争だって知ってんの……? どう出る?)

 茜は詩音を見つめたが、ぎこちない仕草で視線を逸らされた。それで判った。

(アハ、やっぱり知ってたんだ、そりゃそうだよね、アイツってばお母さんの人形だもん。生誕祭の後で異変が起きることも聞かされてて、だから臆病なくせにあんなに堂々としてたんだ)

 茜は身震いした。恐怖ではなく武者震いだった。

(やってやんよ。誰にも負けない。私が次の雫姫になるんだから。どんな手を使ってでもね……!)
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