寮への帰還と奉仕の強制(一)

文字数 2,552文字

 世良が真っ先にしたのは勝利の余韻に浸ることではなく、京香の安否を確認することだった。

「清水さん、大丈夫!?

 天井や壁を這っていた全ての樹の根が消えていた。もちろん京香に巻き付いていた物も。更には身体中を濡らしていた不快な粘液すらも。操っていた本体と一緒に全て霧散したのだ。
 解放された京香は笑顔を見せた。

「ええ、大丈夫よ。高月さんは?」
「怪我は無いよ。でもちょっと肩が痛いかな」
「イスを何個もフルスイングしたもんな。綺麗なフォームだったがヤリ投げもやってたん?」

 水島が近付いてきた。ニヤニヤしながら、やけに世良をジロジロ見ている。

「!!!」

 彼から不躾(ぶしつけ)な視線を浴びせられて、世良は自分が下着姿だったことを思い出した。陸上のユニフォームも布面積は少ないが、それでもやっぱり下着を直に見られるのは恥ずかしかった。

「アハ、イケメンちゃんでもそういう顔するんだ? 可愛いな」

 死ね。いやらしい視点で褒められても世良は嬉しくなかった。京香が水島を睨みつけた。

「このコにあなたの上着を貸してもらえないかしら!?
「う~ん、いいけど校舎を出た後ね。上着のポケットには戦闘に必要な道具が入っているからさ~。イケメンちゃん、尻から太股(ふともも)にかけてのラインがイイね」

 ゾワッとした世良は京香の背後に隠れた。心底呆れた目を水島へ向けて、京香は行動終了の提案をした。

「……今回の探索はここまでにしませんか? 寮へ帰って報告しましょう」
「だぁね。残弾数が少ないし、無理はできないやね」

 教室を出る前に、世良は室内を改めて見渡した。

「何か、空気が軽くなった気がする」

 目立っていた樹の根が無くなったせいだろうか? おどろおどろしさが半減したように思えた。世良が漏らした感想に他の二人も同意した。

「確かにピリピリしていた空気が和らいだ感じだな。一階を支配していたボスを退治したからか?」
「この調子でたくさん魔物を倒せば、元の校舎を取り戻せるかもしれないわね」
「だといいな。戦い甲斐が有るもん」

 有るかどうか判らない時空の割れ目とその塞ぎ方を探すより、化け物を倒す方が簡単な気がした。もちろん危険は伴うが、探索中にどうせ戦うことになるのだから。

「次はもっと重装備で来たいな」

 水島も戦う気でいた。
 玄関へ着くまでに数匹の餓鬼が襲ってきたが、護衛ではなく攻撃手(アタッカー)となった水島の敵ではなかった。


☆☆☆


「水島でーす。帰還しましたー」

 寮の玄関で声を上げるとすぐに扉が開かれた。出迎えてくれたのは一年生の椎名小鳥だ。

「お姉様、清水先輩、ご無事で何よりです!」
「僕も居んだけど……」

 小鳥は水島を華麗にスルーして、世良の手を引っ張って寮内へ入れた。片手を塞がれたので世良は靴を脱ぎづらかった。
 奥を見ると、迷宮探索を相談した全員がレクレーションルームに揃っていた。世良達が戻るのをずっと待っていてくれたらしい。

「お疲れさん。全員怪我は無いようだな。よく戻った」

 (ねぎら)いの言葉を掛けてくれた藤宮の前に世良達は座った。安奈が紅茶を淹れてくれた。

「で、一階を探索して何か有ったか?」
「大アリですよ」

 水島は白装束の女と遭遇して、苦労の末に退治したことを話した。いかに自分が活躍したか、身振り手振り付きの武勇伝として。

「水島、報告は簡潔にまとめろ」

 多岐川に指摘されて水島は肩を(すく)めた。詩音が蒼い顔で質問した。

「白装束の女……殺したんですか?」

 白装束の女を雫姫だと思っている詩音にとっては一大事だった。

「殺したよー? 餓鬼と同じ、(ちり)となって消えたから確実でしょ」

(……嘘でしょ。雫姫が居なくなったら次の生き神様の指名はどうなるの?)

 下を向いた詩音を安奈が気遣った。

「桜木先輩、具合が悪いんですか?」
「ホントだ、アンタ顔色悪いよ?」

 顔を覗いてきた花蓮に詩音は言い訳をした。

「大丈夫だよ。探索に向かったみんなが強い化け物と戦ったって聞いて、ちょっと怖くなっちゃったの……」
「そうだな。やはり餓鬼よりも強力な化け物が居たんだ。明日以降はどうするべきか」

 藤宮が思案する前に水島が申し出た。

「僕は明日も行きますよ」
「私も」
「私も行きたいです」

 世良と京香も続いた。

「おいおい……。おまえさん達、強敵に当たって怖い思いをしたんじゃないのか?」
「そりゃ怖かったですが、前に進めた気がしました。女の化け物を倒した後、校舎の空気が少し軽くなったんです」
「私も感じました。化け物を倒すことは事態の好転に繋がると思います」
「あ、ちなみにこのお嬢さん達、めっちゃ強かったですよ。戦士の素質有りです」
「………………」

 三人ともやる気を示したが、藤宮は慎重な意見を述べた。

「危険な戦いを制した今のおまえさん達は、脳内物質が出て興奮状態だ。冷静な判断ができていない」
「でも、私達は……」
「お嬢ちゃん、まずは一晩ぐっすり眠って頭の中をリセットしろ。明日になっても意見が変わらなかったら相談に応じる」
「……はい」

 真っ直ぐな目で藤宮に諭されて、世良と京香は一旦自分の主張を引っ込めた。

「他の皆もそうだ。探索に参加したいと思う者は、明日の13時にまたここに集まってくれ。よく考えた上でな。水島の報告で校舎は危険だとハッキリしたのだから」

 そう付け加えてから藤宮はみんなを解散させた。
 紅茶を飲んだコップを片づけようとした世良を安奈が止めた。

「私がやるから。アンタは部屋に行って休みなさい」
「え、まだ体力有るよ? 大丈夫だよ?」
「いいから休むの! コトリちゃん、この脳筋馬鹿が無茶しないように見張ってて」
「はい! 任せて下さい!」

 安奈は世良と小鳥を下がらせて、一人でカップを台所へ運んだ。
 その杏奈に近付く人物が居た。水島だった。

「やあアンナちゃん。命懸けで頑張った僕にご褒美をくれないかな~?」

 杏奈の全身の筋肉が強張(こわば)った。

「ご褒美って……? あの……」
「やだなぁ、とぼけちゃって。今朝ヤッた、アレだよ」

 指先が震えて、杏奈はシンクにカップを落としそうになった。

「一回で……終わりだったんじゃないんですか……?」
「そんな訳ないじゃん。僕が桐生のお嬢様と契約している限り、アンナちゃんは僕にご奉仕しないといけないんだよ?」

 水島は微笑んだ。それは慈愛のひと欠片(かけら)も無い冷たい笑みだった。
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