6月7日の迷宮(二)

文字数 2,175文字

☆☆☆


 校舎南玄関前。縄跳び紐で(くく)って、(さや)付きの太刀を腰に下げる世良に対して、水島が戦闘時の注意喚起をした。

「セラ、刀は以前アンタが使っていたナイフとは重さもリーチも違うからな、扱いは充分に注意しろよ? そいつは幸い(つか)の部分が長いから、すっぽ抜けないように必ず両手で握れ。それと、相手の攻撃を刀の刃で受け止めることを受け太刀って言うんだが、受け太刀はできるだけするな。力負けしたら跳ね返されるし、刃が折れるかもしれない」
「解りました。どうしても避けられない場合以外は受け太刀をせず、身体ごと逃げるようにします」

 水島はポカンとした馬鹿みたいな顔を晒した。

「……何ですか?」
「いや、アンタが素直に僕の言うことを聞いてくれたのが意外で……」
「それは……水島さんは性格的にはアレですが」
「アレって何だ」
「戦闘ではとても頼りになる人だと思っています。そんな人のアドバイスなんだからちゃんと聞きますよ」
「そ、そうか」

 水島は指先で自身の鼻を掻いてニヤニヤした。

「そんな年代物の刀を現代に持ってこられたなんて、迷宮とは不思議な場所なんですね」

 初参加の五月雨姉妹の姉、美里弥が太刀を興味深そうに眺めた。彼女は世良が使わなくなったペティナイフを今日の武器に選んだ。くノ一であることは秘密なので得意武器のクナイが使えず、似た大きさと形状の物を探したところペティナイフが一番近かったのだ。
 杏奈も同じくペティナイフ。詩音は柔道の黒帯だが素手で迷宮に挑むのは無謀ということで、京香からモップの()を借りて持っていた。

「多岐川さん、隊長が作った地図は持ってきてます~?」
「いいや。まだ記入範囲が狭かったから頭で記憶できた」
「僕も。昨日踏破した分は覚えてますよ。んじゃ、入りますか」

 全員で玄関入口をくぐった。途端に足先から背筋に走る不快感。初参加の多岐川と美里弥が騒ぐかと世良は思ったのだが、二人共に軽く肩を震わせただけで静かだった。多岐川は事前に水島達から話を聞いていて心構えができていたのだろう。美里弥は皆に黙っているが、迷宮に入るのは今日で二回目だった。

「怪しいのは地下なんで、今日も地下へ潜りましょう」

 水島の提案に全員従った。特に美里弥は昨日妹と一緒に上の階を調べたが、特に何も見つけられなかったので地下へ進むことに賛成だった。

 職員室だった部屋の階段から、水島を先頭に地下へ降りた。

「さて、昨日見た所はすっ飛ばして奥へ行こうね~」

 昨日と同じ右回りだが、既に見た教室や通路は素通りして進んだ。
 廊下が十字に交差した地点で、左右の通路からそれぞれ餓鬼が三体、白い猿が一体走り寄って来た。
 近い距離の餓鬼へ銃を連射している間に、逆方向から猿が水島に迫る。

 ダン!

 猿への対応が遅れた後輩へ、後方の多岐川が援護射撃を放った。ライフルの弾は水島に飛び掛かろうとした猿の腹に見事命中。
 苦痛で床をのたうち回る猿へ、構え直した水島が二連射してとどめを刺した。少女達の出る幕無く魔物は一掃された。

「ふぅ、危ねぇ。援護どうも~多岐川さん」
「いや。それが私の役割だからな」

 始終冷静な多岐川に世良は感心した。ボスを倒して股間にテントを張っていた何処ぞの男とは大違いだ。

「凄いですね。動き回る相手に命中させるのは難しいのでしょう?」

 現に昨日は跳躍した猿二体へ、水島と藤宮は弾を当てられなかった。世良に褒められた多岐川は照れたのだろうか、彼女から目を逸らして答えた。

「……学生時代からクレー射撃をしているんです。あちらで使うのは散弾銃ですが」

 クレー射撃とは、空中に放出された素焼きの皿を狙い撃つ競技である。固定された(まと)を撃つライフル射撃との大きな違いは、動く標的を狙うという点だ。

「セラ~、僕も頑張ったよ~? 褒めてよ~」
「はいもちろん。危険な先頭で戦って下さってありがとうございます、水島さん」
「うおっ、セラは戦いに関しては素直なんだな。……調子狂う」

 拗ねたり驚いたり忙しい男だ。

「でもセラ、一つ忘れてるよ?」
「? 何でしょう」
「僕の呼び方。下の名前で呼び合う約束だよね」

 約束した覚えは無い。昨日だけのことだと世良は思っていた。心の底から気色悪かったが、断るとまた絡まれて面倒臭くなると予想がついたので、世良は従うことにした。ただ名前を呼ぶだけだ。

「頼りにしています、コハルさん」
「おお……」

 自分で呼べと言ったくせに水島は挙動不審になった。何だコイツは。
 呆れる世良へ多岐川が耳打ちをした。

「高月さん、水島に弱みでも握られていますか? 嫌なことはしなくてもいいんですよ?」
「大丈夫です。下の名前さえ呼べば大人しくしてくれるので平和です
「そうですか……。強いですね」

 杏奈はやり取りを見てハラハラしていた。水島が世良との距離を詰めようとしているのは明らかだった。
 世良には杏奈のような弱みは無いだろうが、少しでも気を許してしまったら最後、あの凶暴な男はきっと世良に深い傷を刻み付けるだろう。杏奈にしたように。

(どうしよう……。私が水島さんにされたことを全部打ち明けて、セラにもっと注意させるべきかな? でもあんな恥ずかしいこと……セラに知られたくないよ)

 考え込んでぼんやりしてしまった杏奈は、周囲の警戒を怠ってしまった。

「田町さん、後ろ!」

 詩音が杏奈の背後を見て叫んだ。
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