6月8日の迷宮(一)

文字数 2,160文字

 13時。本日の迷宮探索に立候補しようと世良と小鳥は一階のレクレーションルームへ赴いた。そこには花蓮や京香、五月雨姉妹に────何とアーチェリーの装備を身に着けた茜も居た。
 世良にツッコまれると思ったのか、茜は先に口を開いた。

「私は誓って殺人事件に関与していない。だからここに居るの。もし迷宮で私が怪しい行動を取ったら、みんなで縛り上げてくれて構わないから!」

 あれだけ疑われて白い眼で見られて、この場に来るのはとても勇気が()っただろう。その点において世良は茜を評価した。だからこそ詩音の姿が見えないことが残念だった。潔白だと主張するのなら、茜のように堂々としていればいいのに。

「証拠も無いのに、後ろから刺されたくないだなんて、酷いことを言ってすみませんでした」

 世良は茜に頭を下げた。

「ま、まぁ、解ればいいのよ」
「でも正直言って、情報を隠していた先輩を簡単に信じることはできません。迷宮探索を私の一存では止められそうにないですが、先輩のことはこれから警戒させてもらいます」

 水島と花蓮が噴き出した。茜に睨まれて両名は目を逸らせた。

「……ふん! 田町はどうしたの? 脚の怪我が酷いの?」
「アンナは足を引っ張りそうだからって、探索にはもう参加しないそうです。他のことで役に立ちたいって」
「そう。ま、あのコは運動音痴という訳じゃないけど、特技が有るって訳でもないからね」
「よし、じゃあ今日の探索メンバーを決めようや」

 藤宮が仕切ろうしたが、花蓮がストップを掛けた。

「先に寮内の殺人事件を解決しなくてもいいの?」
「そうしたいのはやまやまなんだが、指紋採取やDNA鑑定のような科学的捜査ができない限り、犯人を絞り込むのは難しい状態なんだ」
「じゃ、犯人は野放しになるの?」
「残念ながらな。ただし今日から警備隊員達が夜間、不規則な時間に二階と三階をマメに巡回する。死体の硬直状態から見て犯行はいつも夜に起きていたようだからな」
「そっか。アンタらが二階と三階をうろついてくれたら、犯人は行動を起こしにくくなるんだね」
「そういうことだ。上の階にはできるだけ行かない約束だったが、状況が状況だ。許可してもらえるな? 副寮長さん」
「うん。ソーコにも伝えとく」

(やったね。これでセラに会いに行きやすくなった)

 水島は口元がニヤついた。

「それじゃ、ジャンケン勝負を……」
「待って下さい」

 今度「待った」を掛けたのは清水京香だった。

「高月さんはジャンケン免除、固定メンバーでいいと思います」
「え、四枠しかないのに高月で一枠使うの!?

 即座に茜が異議を唱えたが、

「彼女はおそらく生徒の中で最も身体能力が高いです。一番多く迷宮探索を経験しているのに大した怪我無く生還していますし、性格面でも協調性が有り信頼ができます。死者を出さない為に、適した人物が優先的に選ばれるべきだと思うんです」

 噴出した不満を京香は正論で封じた。

「確かに……。異変初日から高月は活躍してたからな。間違っても味方を裏切るタイプじゃないし、一緒に居ると安心できるんだよな。私も高月は固定メンバーでいいと思うよ」
「凄く解ります! 私も賛成です! お姉様と一緒だったから私も頑張れて、猿の化け物を倒せたんです!!

 花蓮と小鳥がうんうん頷く横で、藤宮が渋い表情で尋ねた。

「あー……高月、おまえさん自身はどう思う?」

 警備隊員達は世良を雫姫の器にしたくなかった。大人達の汚い欲が蔓延(はびこ)る世界から遠く離れた所で、世良には伸び伸び生きてもらいたいと思っていた。しかし迷宮へ積極的に潜れば、彼女は雫姫に気に入られてしまうかもしれない。

「迷宮へ行きたいです。私は頭が悪いから、殺人事件の犯人捜しには向いていません。それなら迷宮探索の方で頑張りたいです」
「そうか……。反対者は居るか?」

 茜と五月雨姉妹は沈黙した。人望の有る世良をこき下ろすのは得策ではないと考えたのだ。
 推薦者が複数居て本人もヤル気を示した。仕方が無い、藤宮は宣言した。

「決まりだな。今日から高月は固定メンバーだ。ただし……」

 藤宮は真剣な眼差しで注意喚起をした。

「命懸けの作業はおまえが思っている以上に体力と精神を削る。高月、少しでもキツイと感じた日は休んで、別の誰かに枠を譲れ。いいな?」
「はい、解りました」

 そうしてようやくジャンケンが行われた。残りの三枠を勝ち取ったのは小鳥、花蓮、茜だった。
 警備隊員は昨日と同じ水島と多岐川が同行することになった。
 
 出発前に世良は京香の元へ行った。

「清水さん、どうして私を推してくれたの?」
「さっき言った通りの理由よ。私はずっと、あなたがみんなの為に頑張っている姿を見てきたわ。寮で一番信頼できる人だと思ってる」
「そ、そう。面と言われると照れるけど……、ありがとう清水さん」
「キョウカと呼んで。同じクラスなんだし」
「うん。私のことはセラと」
「ええ。いってらっしゃいセラ。そして必ず無事に戻るのよ?」
「約束する!」

 笑顔で返した後、世良は先に玄関へ行った探索メンバーの元へ駆けた。

(セラ……。ずっと私はあなたのような人が現れるのを待っていた。どうか死なないで。そしてお願い、私を助けて……!)

 世良の後ろ姿を見送りながら、京香は独り、誰にも言えない願いを心の中で繰り返すのであった。
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