僅かに見えた希望と苦悩(一)

文字数 2,296文字

 世良は一年生の小鳥と共に二階を一通り回った後、台所の片づけをする為に一階へ戻ってきていた。途中、廊下の固定電話が目に留まったので通じるか試してみた。

「……………………」

 耳に当てた受話器からは何の音もしなかった。

(電気は復活したのに電話だけ駄目か。これって、電話回線に使われているモジュラージャックが故障したんじゃないかな?)

 世良は電話機が置かれたカラーボックスを少しずらして、配線がどうなっているのか確かめた。

「!」

 電話機から伸びたコードが途中から切れていた。いや、切られていた。
 切断されたコードを指で摘まみ上げた世良を見て、小鳥が怯えた声を出した。

「お姉様。それって……、自然に切れた感じじゃないですよね……?」

 そうなのである。地震の揺れで何処かに引っ掛かり千切れたのであれば、コードはボロボロになっているはずだ。
 しかし中の芯線も含めコードの切断面は綺麗に揃っていた。これはきっと意図的に、何者かによって鋭利な刃物で切られたのだ。

(寮の誰かが、外部との連絡を邪魔している……?)

 世良は頭が痛くなった。地震に化け物騒ぎ。それに加えて寮内で不穏な動きをしている者が居るのだ。いったい何の目的で? 救助が遅れれば自分の身も危うくなるというのに。

「お姉様……」

 世良はカラーボックスを戻してコードを隠した。

「椎名さん、このことは後で生徒会長と副寮長に報告しよう。他のみんなには内緒ね? きっと怖がるから」
「あっ、はい、解りました。あの……お姉様、私のことは名字ではなく下の名前で呼んで頂けませんか?」
「…………ん?」
「私は勝手に先輩のことをセラお姉様って呼んじゃってるから。だから……お姉様も。田町先輩だってコトリちゃんって呼んで下さいましたし」

 杏奈のように自分も? 自分はそういうキャラではないと思ったものの、取り敢えず世良は言われた通りに呼んでみた。

「コ……トリちゃん……?」

 パアァッと小鳥は瞳を輝かした。嬉しそうな彼女を見て、良いことをしたのだと世良は思った。少し照れ臭かったが。

「じゃ、台所の床掃除をしようか」
「はい! 私ホウキとちり取りを持って来ます!」

 嬉しそうに掃除用具入れに向かった小鳥を見て、世良は思わず微笑んだ。地震からずっと張っていた気が少しだけ緩んだ気がした。

 そうして世良と小鳥は台所の割れ物を片づけた。集めた破片は新聞紙でくるんでからゴミ袋に捨てた。

「うん、これで素足でも台所を歩けるね。コトリちゃん、お疲れ様」
「お姉様こそ。あ、田町先輩」

 二階で別れたきりだった杏奈が姿を現した。

「……遅くなってゴメン。もう片づけ終わったみたいだね」

 疲れた顔をした杏奈を世良は心配した。

「アンナどうかした?」
「ううん、大丈夫……。私、ちょっとシャワー浴びてきてもいいかな? 夜からいろいろ有ったから汗かいちゃった」

 温かいお湯は身体だけではなく、心も癒してくれるだろう。

「シャワーいいね。じゃあ私も一緒に……」
「来ないで!」

 杏奈は大声で世良を拒絶した。レクレーションルームの隅で固まっていた生徒達の視線が台所へ向けられた。

「アンナ……?」
「ご、ゴメン。疲れたし寝不足で気が立ってんの。独りになれる時間が欲しいんだ」
「あ、うん」
「ほんとゴメン。十分くらいで出てくるから、セラはその後で使ってくれる?」
「解った。時間気にしないでゆっくり浴びておいでよ」
「…………ありがと」

 杏奈は礼を言ってそそくさと世良と小鳥の前から立ち去った。

「……田町先輩、様子が変でしたね」
「うん……」

 残された世良と小鳥は腑に落ちなかった。二階で四十分前に別れた時は元気だった杏奈。
 しかし今はそっとしておいた方が良さそうだ。杏奈が落ち着いてから訳を聞こうと世良は思った。

 ドンドンドンドンッ!!

 突如、施錠した玄関扉が激しく外から叩かれた。

「ヒッ」
「キャア!」

 レクレーションルームの生徒達が悲鳴を上げて抱き合った。また餓鬼が襲いに来たのだと全員が考えた。

「私よ、神谷よ。ここを開けてちょうだい!」

 しかし聞こえてきたのは頼もしい寮長の声だった。

「神谷先輩!?

 校舎で離れ離れになってしまった奏子。もう会えないかもしれないと最悪な想像をしていた。

「小鳥ちゃん、寮母さんの部屋に居る二人に知らせて!」

 小鳥に指示を出してから世良は急いで玄関へ向かった。鍵を開け、扉を外側に開いた。

「高月さんっ……」

 そこに居たのは紛れもなく神谷奏子だった。彼女を寮内へ入れてから世良は再び戸締りをした。

「先輩、怪我は!?
「大きなものは無いわ。擦り傷は何箇所か有るけど」
「良かった、神谷先輩。ごめんなさい、置いて行ってしまって……!」
「気にしないで。あの場合は仕方が無いわよ」

 奏子を見捨てて逃げた負い目が有った世良は、彼女との再会を心から喜んだ。奏子の身体からはツンと酸っぱい香りがしたが、見たところ健康そうだ。

「ソーコぉ!!

 寮母室から花蓮と詩音が飛び出してきた。

「おまえ無事だったのかよぉ!」

 抱き付こうとした花蓮を奏子はいなした。

「今は私に触らない方がいいわ。ずいぶんと汚れてしまったの」
「ソーコ、いったい今まで何処に居たの?」
「シオン、説明は後で。とにかく身体を早く洗いたい」
「今ならお湯出るよ、シャワー浴びておいでよ!」
「そうさせてもらうわ。また後でね」

 あ、今シャワー室には杏奈が……。世良は奏子を止めようかと思ったがやめた。奏子も杏奈と同じく、疲れた心と身体をほぐしたいのだから。

(本当に良かった……!)

 しっかりとした足取りで廊下を歩く奏子の後ろ姿を、少女達は安堵の表情で見送った。
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