6月6日の迷宮(四)
文字数 2,406文字
影だと認識していたモノは無数のコウモリだった。壁、天井、床に至るまで奴らに埋め尽くされていたのだ。
光に反応したコウモリはブワッと拡散した。
「水島、退 がれッ!!」
藤宮と水島は背後に居た少女達を庇いつつ後退した。そのせいで格子戸を閉じる作業が遅れた。
「キャアアァッ!?」
藤宮が戸を閉め切る前に、隙間から十数匹のコウモリが勢い良く飛び出してきた。少女達が至近距離にいるので警備隊員は銃を使えない。彼らは腕を振り回してコウモリを威嚇した。
「お嬢ちゃん達、さっきの部屋へ逃げ込め!」
向かいの教室は餓鬼を退治したので今は安全なはずだ。茜が真っ先に調理実習室の扉を開けて中へ逃げ込んだ。
「嫌ぁ!」
続こうとした小鳥の頭と肩へ、二匹のコウモリが飛び掛かった。即座に世良と花蓮が一匹ずつ掴んで小鳥から離し、掴んだそいつらを壁に叩き付けて殺した。
そして小鳥の背中を押しながら少女達は教室へ逃げ込んだ。入り口に京香が立ち、モップの柄 を振り回して後続の敵の侵入を防いだ。
「隊員さん達、こちらは大丈夫です! 私達に遠慮しないで戦って下さい!」
「おうよお姫様! やらせてもらうぜぇぇっ!!」
水島はサバイバルナイフでコウモリを叩き落とすように斬った。ナイフが届かない高所へ留まったコウモリは、藤宮が銃で撃ち落とした。
二人の凄腕の戦士が活躍したことで、廊下へ漏れたコウモリは一分もかからずに全て片づけられた。
「OK、もう大丈夫だ!」
藤宮の声で調理実習室に逃れていた少女達は廊下へ戻った。
「まったく、忌々しい!」
茜は足元に転がるコウモリの死体を蹴り飛ばそうとしたが、死体が霧散したのでその脚は空振りした。プッと噴き出した水島と花蓮を茜は睨み付けた。
「隊長~、この部屋を調べるのは難しそうですねぇ」
「……そうだな、コウモリの数が多過ぎる。一匹一匹なら大した敵じゃないんだが」
「あの黒い塊に一斉に囲まれたら、僕達と言えども戦えずにやられちゃうでしょうね~」
「ああ。無理はできない、別の部屋を探索しよう」
藤宮は格子戸に大きくバツ印をナイフで刻み付けた。
「よし、進むぞ」
そして一団はまた歩き始めた。コウモリに襲われた小鳥は怯えた様子だが、幸い数ヶ所の擦り傷で済んだので身体は大丈夫そうだ。
近くに在った曲がり角をまたも右折して進むと、廊下の突き当たりに二つの格子戸で塞がれた大きな部屋らしきものが在った。
「お嬢ちゃん達は少し離れていろ」
藤宮は少女達を後退させた後、水島と顔を見合わせた。
「行くぞ」
「了解」
男達は格子戸を開けた。その直後に銃を連射し、すぐにまた戸を閉めた。
「どうしました!?」
ハンドガンに弾丸を補充する2人へ世良が尋ねた。
「デカい猿が居た! 俺は四体見たが水島、おまえはどうだ!?」
「自分も四体視認しました! 内一体は射殺!!」
部屋の中には猿型の化け物が居るようだ。少なくともあと3匹。
ドンッ、ドンッ!
閉じた格子戸が内側から激しく叩かれた。木製の戸にヒビが入っていく。警備隊員二人も部屋の前から三メートルほど離れた。
「……馬鹿力が。扉を壊されるのは時間の問題だ。戦うしかないな」
「もっちろんそのつもりですよぉ!」
男達は中腰になって銃を構えた。
ドガアァァン!!
木片を散らばせながら格子戸が破壊された。
そこへ姿を現した三体の猿達。白い毛を全身に生やし、赤い眼でこちらをねめつけ、荒い息を吐く大きな口からは大量の涎 も垂らしていた。動物園に居る普通の猿とは明らかに違う異形の者。
パンパンパン!
先頭の個体に、藤宮と水島は容赦なく拳銃の弾を撃ち込んだ。
しかし後続の二体が大きく跳躍して、二人の男達の頭上を飛び越えた。
「!?」
二体の猿はそれぞれ、京香と花蓮に狙いを定めて彼女達を押し倒した。
「あぐぅっ」
床に叩き付けられた花蓮の身体は痛みで悲鳴を上げた。京香もそうだろう。そればかりか怪力の猿に押さえ付けられて動けなかった。
このまま首をへし折られてしまうのか、それとも爪で引き裂かれるのか。数々の修羅場を体験していた花蓮でも死はやはり怖かった。
「!」
身動きの取れない花蓮の首筋を、猿が長い舌で舐め上げた。付着した臭い涎が糸を引いた。そして猿は己の下半身を花蓮の腰に押し付けてくる。
(……何だ!? コイツ、あたしに何をする気なんだ!?)
恐怖に嫌悪感がプラスされた。その刹那、
『ギャウアァァッ!』
花蓮に覆い被さっていた猿が上半身を仰 け反 らせた。空いたスペースへ藤宮が手を伸ばし、花蓮の身体を猿の下から一気に引っ張り出した。
救出された花蓮が見ると、猿の背中には矢が一本刺さっていた。
『キイィッ』
痛みで暴れる猿の胸に、更にもう一本矢が突き刺さった。放ったのはアーチェリーを構えた茜だった。
(桐生? アイツがあたしを?)
そして藤宮がナイフで猿の首を掻き切ってとどめとした。
「…………。あ、ありがとうな、桐生……それに隊長さん」
自分を助けてくれた相手へ、たどたどしく礼を述べた花蓮に茜は毒付いた。
「貸しだからね。キッチリ返してよ?」
「……当たり前だ! 倍にして返してやんよ!」
やはり睨み合う茜と花蓮の横で、京香も無事に救出されていた。世良と小鳥がそれぞれ所持していたペティナイフで、猿をめった刺しにして殺害したのだ。
「うわ……お嬢さん達エグイね……。どっちが化け物か判んないじゃん」
返り血で赤く染まった世良と小鳥へ水島は皮肉を言った。世良は無表情で返した。
「覚悟を決めた女は強いですよ? 怖いのなら迂闊 に手を出さないことです」
猿の死体が塵となり、一緒に世良を汚していた返り血も霧散し、世良は美しい身体を取り戻した。まるで再生したかのような、それは神秘的な光景だった。
水島は世良から目を離さずに言った。
「原始時代から、男は生粋の狩人だよ? 狙った獲物は逃さないから、それこそ女は覚悟してね?」
光に反応したコウモリはブワッと拡散した。
「水島、
藤宮と水島は背後に居た少女達を庇いつつ後退した。そのせいで格子戸を閉じる作業が遅れた。
「キャアアァッ!?」
藤宮が戸を閉め切る前に、隙間から十数匹のコウモリが勢い良く飛び出してきた。少女達が至近距離にいるので警備隊員は銃を使えない。彼らは腕を振り回してコウモリを威嚇した。
「お嬢ちゃん達、さっきの部屋へ逃げ込め!」
向かいの教室は餓鬼を退治したので今は安全なはずだ。茜が真っ先に調理実習室の扉を開けて中へ逃げ込んだ。
「嫌ぁ!」
続こうとした小鳥の頭と肩へ、二匹のコウモリが飛び掛かった。即座に世良と花蓮が一匹ずつ掴んで小鳥から離し、掴んだそいつらを壁に叩き付けて殺した。
そして小鳥の背中を押しながら少女達は教室へ逃げ込んだ。入り口に京香が立ち、モップの
「隊員さん達、こちらは大丈夫です! 私達に遠慮しないで戦って下さい!」
「おうよお姫様! やらせてもらうぜぇぇっ!!」
水島はサバイバルナイフでコウモリを叩き落とすように斬った。ナイフが届かない高所へ留まったコウモリは、藤宮が銃で撃ち落とした。
二人の凄腕の戦士が活躍したことで、廊下へ漏れたコウモリは一分もかからずに全て片づけられた。
「OK、もう大丈夫だ!」
藤宮の声で調理実習室に逃れていた少女達は廊下へ戻った。
「まったく、忌々しい!」
茜は足元に転がるコウモリの死体を蹴り飛ばそうとしたが、死体が霧散したのでその脚は空振りした。プッと噴き出した水島と花蓮を茜は睨み付けた。
「隊長~、この部屋を調べるのは難しそうですねぇ」
「……そうだな、コウモリの数が多過ぎる。一匹一匹なら大した敵じゃないんだが」
「あの黒い塊に一斉に囲まれたら、僕達と言えども戦えずにやられちゃうでしょうね~」
「ああ。無理はできない、別の部屋を探索しよう」
藤宮は格子戸に大きくバツ印をナイフで刻み付けた。
「よし、進むぞ」
そして一団はまた歩き始めた。コウモリに襲われた小鳥は怯えた様子だが、幸い数ヶ所の擦り傷で済んだので身体は大丈夫そうだ。
近くに在った曲がり角をまたも右折して進むと、廊下の突き当たりに二つの格子戸で塞がれた大きな部屋らしきものが在った。
「お嬢ちゃん達は少し離れていろ」
藤宮は少女達を後退させた後、水島と顔を見合わせた。
「行くぞ」
「了解」
男達は格子戸を開けた。その直後に銃を連射し、すぐにまた戸を閉めた。
「どうしました!?」
ハンドガンに弾丸を補充する2人へ世良が尋ねた。
「デカい猿が居た! 俺は四体見たが水島、おまえはどうだ!?」
「自分も四体視認しました! 内一体は射殺!!」
部屋の中には猿型の化け物が居るようだ。少なくともあと3匹。
ドンッ、ドンッ!
閉じた格子戸が内側から激しく叩かれた。木製の戸にヒビが入っていく。警備隊員二人も部屋の前から三メートルほど離れた。
「……馬鹿力が。扉を壊されるのは時間の問題だ。戦うしかないな」
「もっちろんそのつもりですよぉ!」
男達は中腰になって銃を構えた。
ドガアァァン!!
木片を散らばせながら格子戸が破壊された。
そこへ姿を現した三体の猿達。白い毛を全身に生やし、赤い眼でこちらをねめつけ、荒い息を吐く大きな口からは大量の
パンパンパン!
先頭の個体に、藤宮と水島は容赦なく拳銃の弾を撃ち込んだ。
しかし後続の二体が大きく跳躍して、二人の男達の頭上を飛び越えた。
「!?」
二体の猿はそれぞれ、京香と花蓮に狙いを定めて彼女達を押し倒した。
「あぐぅっ」
床に叩き付けられた花蓮の身体は痛みで悲鳴を上げた。京香もそうだろう。そればかりか怪力の猿に押さえ付けられて動けなかった。
このまま首をへし折られてしまうのか、それとも爪で引き裂かれるのか。数々の修羅場を体験していた花蓮でも死はやはり怖かった。
「!」
身動きの取れない花蓮の首筋を、猿が長い舌で舐め上げた。付着した臭い涎が糸を引いた。そして猿は己の下半身を花蓮の腰に押し付けてくる。
(……何だ!? コイツ、あたしに何をする気なんだ!?)
恐怖に嫌悪感がプラスされた。その刹那、
『ギャウアァァッ!』
花蓮に覆い被さっていた猿が上半身を
救出された花蓮が見ると、猿の背中には矢が一本刺さっていた。
『キイィッ』
痛みで暴れる猿の胸に、更にもう一本矢が突き刺さった。放ったのはアーチェリーを構えた茜だった。
(桐生? アイツがあたしを?)
そして藤宮がナイフで猿の首を掻き切ってとどめとした。
「…………。あ、ありがとうな、桐生……それに隊長さん」
自分を助けてくれた相手へ、たどたどしく礼を述べた花蓮に茜は毒付いた。
「貸しだからね。キッチリ返してよ?」
「……当たり前だ! 倍にして返してやんよ!」
やはり睨み合う茜と花蓮の横で、京香も無事に救出されていた。世良と小鳥がそれぞれ所持していたペティナイフで、猿をめった刺しにして殺害したのだ。
「うわ……お嬢さん達エグイね……。どっちが化け物か判んないじゃん」
返り血で赤く染まった世良と小鳥へ水島は皮肉を言った。世良は無表情で返した。
「覚悟を決めた女は強いですよ? 怖いのなら
猿の死体が塵となり、一緒に世良を汚していた返り血も霧散し、世良は美しい身体を取り戻した。まるで再生したかのような、それは神秘的な光景だった。
水島は世良から目を離さずに言った。
「原始時代から、男は生粋の狩人だよ? 狙った獲物は逃さないから、それこそ女は覚悟してね?」