壊された信頼(一)
文字数 2,302文字
迷宮探索を終え、警備隊員と少女達は寮へ戻ってきた。
出迎えた留守番役だった多岐川は、支えられながら歩く二名の少女に目を留めた。
「負傷したんですか? 怪我の程度は……」
「打撲だ。骨折していないと思うが、数日間は痛むだろう」
藤宮はここまで持ち運んだ、京香のモップの柄 と花蓮のバットをレクレーションルームの壁に立て掛けた。それから銃ホルダーを外し、世良に肩を借りていた花蓮を背負った。
「部屋のベッドに寝かせてくる。水島、おまえもそっちの嬢ちゃんに手を貸してやれ」
「はいはーい。お姫様どうぞ背に……お、軽いね」
水島も同じように京香を背負った。
「その後に迷宮の地図を作成したいんだが……高月、協力してもらえるか?」
「はい、もちろん」
「助かる。すぐ戻るからレクレーションルームで待っていてくれ。多岐川、紙と鉛筆を用意しておいてくれ」
「はい」
「私は休んでいいのね?」
茜は自室に戻って、兄の清吾とトランシーバーで交信するつもりだった。
今朝7時の交信で清吾は、茜にも迷宮探索へ参加するように強く勧めていた。それが雫姫に認められる第一歩だと言って。そして終わったら何時でもいいから報告するようにとも。
「ああ、お疲れさん。アーチェリーの腕は見事だったよ。ゆっくり休んでな」
「……どうも」
去る茜に対して小鳥は残る意思を示した。
「あの、私もここに居ていいですか?」
小鳥は自分の居ない所で、世良が水島にちょっかいを掛けられるのを防ぎたかった。
「もちろん。おまえさんの意見も参考にしたい。それに高月も、男の中に女独りで居るのは気まずいだろうから」
あ、藤宮隊長は私を女扱いしてくれるんだと、世良は少し嬉しくなった。相手に悪気が無いと解ってはいても、世良とて思春期の少女なのだ、イケメンや王子様呼ばわりには思う所が有った。
……いや、水島の場合は悪意の塊か?
少女を背負って階段方面へ行く二人を見送ってから、世良は自分が持っていた太刀も壁へ立て掛けた。
「喉を潤 して下さい。ミネラルウォーターですが」
多岐川が世良と小鳥にコップを手渡した。この人も何気に良い人だよなと世良は思った。
多岐川は壁の太刀に興味を抱き、手に取った。ズシリとした質感が彼の腕に伝わった。
「この刀は? けっこう重量が有りますが、まさか真剣ですか?」
「はい。迷宮の地下で見つけたんです」
「迷宮にこのようなものが……? 元々学院が保管していたものでしょうか?」
「たぶん違うかと……。平安時代っぽい部屋から見つけたので」
「平安時代っぽい……?」
世良は多岐川に、迷宮でみんなと議論したことを丁寧に話して聞かせた。
現代の校舎と古い時代の建築物がごちゃ混ぜになったような迷宮。平安時代の姫である、雫姫が迷宮を造った為にそうなったのではないかという説を。
聞く多岐川は何とも言えない表情をしていた。
「すみません、私、説明が下手で」
「ああいえ、あなたが言いたいことは伝わりましたよ? ただ平安時代の建物が復活したということが信じられなくて……。私も一度、自分の目で迷宮を見てみたいです」
「あ、でしたら明日ぜひ一緒に」
「……あなたは明日も行くつもりですか? お仲間が負傷したというのに、怖くないんですか?」
「怖いです。でも何も判らないまま、待っているのはもっと怖いんです」
「ああ……そうですね。私もここで皆さんの帰りを待っている間は、気が気では有りませんでした」
世良を見る多岐川の瞳が何となく優しいものに変化したことを、小鳥は敏感に察知した。
(あれ? もしかしてこの人もお姉様を狙ってる?)
多岐川がそこで話を切り上げて、地図の作成に必要な道具を探し始めたので小鳥は安堵した。少なくとも彼は、水島のようにしつこく絡んでくる男ではなさそうだ。
「待たせたな」
多岐川がレクレーションルームのテーブルの上に大きな方眼紙を広げ、筆記用具を並べ終えたタイミングで藤宮と水島が戻ってきた。
「隊長、補充の弾丸が届いていますよ。約束の時間よりも早かったです」
「了解だ。……あのお嬢ちゃん達は今晩熱が出るかもしれねぇな。高月、寮に解熱剤は有るのか? 俺達も持ってはいるが数が少ないんだ。薬の補充も頼むべきだった」
「大丈夫です。大きな薬箱の中に解熱剤、たくさん有りましたから」
初めて餓鬼の襲撃を受けた日、世良は何人もの怪我人の処置をしたので、薬箱の中身に詳しくなっていた。
しかしあの解熱鎮痛剤はドラッグストアで市販されておらず、医師の処方箋が必要だったはずだが。陸上の練習でオーバーワークしてしまい筋肉が炎症した時、世良は医院で湿布と共に出してもらったことが有った。
「ならそれを後で届けてやってくれ」
「はい」
「ねぇねぇイケメンちゃん、薬箱にはコンドームも入ってたりする~?」
「死ね」
水島のセクハラ発言は、小鳥によって瞬時に封じられた。
「……地図、作るか」
藤宮はテーブルへ向かった。他の者達も。
「地下はこんな感じだったよな?」
方眼紙の上に鉛筆で、藤宮は今日探索した範囲の地図を書き上げた。部屋の大きさの対比、位置が正確で見やすかった。コウモリが居た部屋には大きなバツ印が記された。
大した特技だと世良と小鳥は感心した。自衛隊では与えられた地図を読み取るだけではなく、自分達で作成する訓練も有るのだろうか?
「宝物室 ……」
猿が居た部屋に書き込まれた名称を多岐川が読んだ。
「高月さんから聞いた通り、迷宮には本当に……平安時代の建築物が混ざっているんですか?」
「そうだ」
藤宮が肯定した。実際に迷宮へ潜った彼はもう認めていた。
「現実世界の常識が通じない。あそこは正に異世界なんだ」
出迎えた留守番役だった多岐川は、支えられながら歩く二名の少女に目を留めた。
「負傷したんですか? 怪我の程度は……」
「打撲だ。骨折していないと思うが、数日間は痛むだろう」
藤宮はここまで持ち運んだ、京香のモップの
「部屋のベッドに寝かせてくる。水島、おまえもそっちの嬢ちゃんに手を貸してやれ」
「はいはーい。お姫様どうぞ背に……お、軽いね」
水島も同じように京香を背負った。
「その後に迷宮の地図を作成したいんだが……高月、協力してもらえるか?」
「はい、もちろん」
「助かる。すぐ戻るからレクレーションルームで待っていてくれ。多岐川、紙と鉛筆を用意しておいてくれ」
「はい」
「私は休んでいいのね?」
茜は自室に戻って、兄の清吾とトランシーバーで交信するつもりだった。
今朝7時の交信で清吾は、茜にも迷宮探索へ参加するように強く勧めていた。それが雫姫に認められる第一歩だと言って。そして終わったら何時でもいいから報告するようにとも。
「ああ、お疲れさん。アーチェリーの腕は見事だったよ。ゆっくり休んでな」
「……どうも」
去る茜に対して小鳥は残る意思を示した。
「あの、私もここに居ていいですか?」
小鳥は自分の居ない所で、世良が水島にちょっかいを掛けられるのを防ぎたかった。
「もちろん。おまえさんの意見も参考にしたい。それに高月も、男の中に女独りで居るのは気まずいだろうから」
あ、藤宮隊長は私を女扱いしてくれるんだと、世良は少し嬉しくなった。相手に悪気が無いと解ってはいても、世良とて思春期の少女なのだ、イケメンや王子様呼ばわりには思う所が有った。
……いや、水島の場合は悪意の塊か?
少女を背負って階段方面へ行く二人を見送ってから、世良は自分が持っていた太刀も壁へ立て掛けた。
「喉を
多岐川が世良と小鳥にコップを手渡した。この人も何気に良い人だよなと世良は思った。
多岐川は壁の太刀に興味を抱き、手に取った。ズシリとした質感が彼の腕に伝わった。
「この刀は? けっこう重量が有りますが、まさか真剣ですか?」
「はい。迷宮の地下で見つけたんです」
「迷宮にこのようなものが……? 元々学院が保管していたものでしょうか?」
「たぶん違うかと……。平安時代っぽい部屋から見つけたので」
「平安時代っぽい……?」
世良は多岐川に、迷宮でみんなと議論したことを丁寧に話して聞かせた。
現代の校舎と古い時代の建築物がごちゃ混ぜになったような迷宮。平安時代の姫である、雫姫が迷宮を造った為にそうなったのではないかという説を。
聞く多岐川は何とも言えない表情をしていた。
「すみません、私、説明が下手で」
「ああいえ、あなたが言いたいことは伝わりましたよ? ただ平安時代の建物が復活したということが信じられなくて……。私も一度、自分の目で迷宮を見てみたいです」
「あ、でしたら明日ぜひ一緒に」
「……あなたは明日も行くつもりですか? お仲間が負傷したというのに、怖くないんですか?」
「怖いです。でも何も判らないまま、待っているのはもっと怖いんです」
「ああ……そうですね。私もここで皆さんの帰りを待っている間は、気が気では有りませんでした」
世良を見る多岐川の瞳が何となく優しいものに変化したことを、小鳥は敏感に察知した。
(あれ? もしかしてこの人もお姉様を狙ってる?)
多岐川がそこで話を切り上げて、地図の作成に必要な道具を探し始めたので小鳥は安堵した。少なくとも彼は、水島のようにしつこく絡んでくる男ではなさそうだ。
「待たせたな」
多岐川がレクレーションルームのテーブルの上に大きな方眼紙を広げ、筆記用具を並べ終えたタイミングで藤宮と水島が戻ってきた。
「隊長、補充の弾丸が届いていますよ。約束の時間よりも早かったです」
「了解だ。……あのお嬢ちゃん達は今晩熱が出るかもしれねぇな。高月、寮に解熱剤は有るのか? 俺達も持ってはいるが数が少ないんだ。薬の補充も頼むべきだった」
「大丈夫です。大きな薬箱の中に解熱剤、たくさん有りましたから」
初めて餓鬼の襲撃を受けた日、世良は何人もの怪我人の処置をしたので、薬箱の中身に詳しくなっていた。
しかしあの解熱鎮痛剤はドラッグストアで市販されておらず、医師の処方箋が必要だったはずだが。陸上の練習でオーバーワークしてしまい筋肉が炎症した時、世良は医院で湿布と共に出してもらったことが有った。
「ならそれを後で届けてやってくれ」
「はい」
「ねぇねぇイケメンちゃん、薬箱にはコンドームも入ってたりする~?」
「死ね」
水島のセクハラ発言は、小鳥によって瞬時に封じられた。
「……地図、作るか」
藤宮はテーブルへ向かった。他の者達も。
「地下はこんな感じだったよな?」
方眼紙の上に鉛筆で、藤宮は今日探索した範囲の地図を書き上げた。部屋の大きさの対比、位置が正確で見やすかった。コウモリが居た部屋には大きなバツ印が記された。
大した特技だと世良と小鳥は感心した。自衛隊では与えられた地図を読み取るだけではなく、自分達で作成する訓練も有るのだろうか?
「
猿が居た部屋に書き込まれた名称を多岐川が読んだ。
「高月さんから聞いた通り、迷宮には本当に……平安時代の建築物が混ざっているんですか?」
「そうだ」
藤宮が肯定した。実際に迷宮へ潜った彼はもう認めていた。
「現実世界の常識が通じない。あそこは正に異世界なんだ」