疑心暗鬼(一)

文字数 2,384文字

 新海ナナミと道重カオルの死体が発見された寮内。騒ぎを聞きつけた寮長の神谷奏子が殺害現場となった部屋を訪れた。
 警備隊長の藤宮が奏子に状況を説明する様を、未だ彼にもたれている状態の世良はぼんやりと眺めていた。

「高月さん……大丈夫?」

 廊下で休んでいた詩音も部屋へ入ってきた。彼女と一緒に居たはずの小鳥の姿は見えない。まだダウンしているのか。

「……私は大丈夫です」
「そうは見えないよ? 自分の部屋で休んだら?」

 青い顔をしている詩音に気遣われた。ということは自分の顔色も相当悪いんだなと世良は自嘲した。
 二人とは対照的に、奏子はナナミとカオルの死体を見ても表情を変えなかった。人の死に慣れてしまったのだろうか。

「検分は終わっているのですね? では暗くなる前に遺体を外へ運ばないと」
「あ、でも寮長……、外へ出すと化け物に喰われてしまいます。初日に犠牲になった生徒達の遺体は……跡形もなく消えていました」
「え? 桜の樹の近くに並べた遺体だよね? 消えたの?」

 不思議がる詩音へ、世良に代わり多岐川が見たままを伝えた。

「ええ。高月さんと一緒に昨日、岡部佳さんの遺体をグラウンドへ運びましたが、桜の樹の付近には何も有りませんでした」
「噓でしょ……、全員食べられたの?」
「それでも遺体は外へ出さないと。寮内で腐ったら大変よ」

 奏子は迷わずに正論を述べた。その通りなのだが……世良は違和感を覚えた。
 寮長の奏子はいつも合理的に物事を進める女性だが、それでも根底には深い情が有った。地震の直後にパニック状態となった生徒達を(いさ)めていた時だって、厳しい言葉の裏には温かさが有った。だからこそ寮生は奏子の指示を素直に聞くのだ。
 でも今の奏子は合理性のみ。瞳は冷たく()えていた。

「……俺達がやっといてやるよ。お嬢ちゃん達は休んでな」

 増々顔色を無くした世良と詩音を思い()ったのだろう、藤宮が申し出てくれた。しかし世良は、彼の親切心をありがたく思いつつ断った。

「私も運びます。二人とも同学年でした。特にナナミとは……一年生の時、けっこう仲良くしてたんです」
「無理するな高月」
「やりたいんです。最後のお別れをしておかないと……後悔しそうで」
「そうか……。了解だ、一緒に行こう」
「あ、僕も行くよ~」
「私も行く……」

 世良、藤宮、水島、詩音が遺体の搬送役に立候補した。
 残った奏子はもう一度室内を見渡した。

「では私は部屋の片づけをします」
「……この有様です。キツイですよ?」
「問題有りません」

 やはり奏子の態度は以前とは違う気がした。世良と詩音は血の匂いに酔って余裕が無いというのに。

「俺達も戻ったら掃除に参加する。それまで多岐川、頼んだぞ」
「はい」

 ナナミとカオルの死体をシーツにくるんでから、二人一組で物言わぬ彼女達を持ち上げた。世良は藤宮と、詩音は水島と組んだ。
 廊下へ出た途端に、キャー! という悲鳴が上がった。
 見ると生徒が十数名廊下へ出ていた。騒ぎを聞きつけて集まっていたようだ。

「そ、それっ……、それは何ですか!?

 生徒の一人が死体を指差して叫んだ。シーツにくるんでいるとはいえ、人の形がハッキリと浮かび上がっていた。更にシーツには血飛沫(ちしぶき)が赤いシミを形成していた。

「誰っ……、誰が死んだんですか!? 死んでますよね、それ!」
「どうして!? 寮の中には化け物は入ってこられないんでしょ!?
「じゃあ何で死んだの!?
「いったいどういうことですか!?

 生徒に詰め寄られた藤宮は答えるしかなかった。まだ何も判っていないと。

「……原因は現在調査中だ」

 生徒達は顔を見合わせた。
 
「どうして死んだか判らないってこと……?」
「……殺されたの……?」
「嫌────っ!!

 一部の生徒以外には伏せていた、寮内の殺人が明るみとなってしまった。恐怖した生徒達はほうほうの(てい)で自室へ逃げ戻り、扉を閉めて中から鍵を掛けた。
 せっかく自主的に外へ出る生徒が増えたというのに、今回の事件でまた引き籠もりが増えるのだろう。彼女達はこれから、見えない殺人者に怯えて周囲の全てを疑うようになるのだ。

 世良は頭が痛かった。命懸けで迷宮探索をして帰ってきたら殺人事件。
 何度も刺されたカオル。頸動脈を切られてから自殺に偽装されたナナミ。こんな凶行が、本当に同じ女子高生の仕業だというのか。

 そして辿り着いた校庭の桜の樹の下。やはりと言うか、昨日運んだ岡部佳の死体は綺麗さっぱり無くなっていた。
 今運んできたナナミとカオルの死体も、夜の内に化け物に喰われて無くなるのだろう。
 世良の頬を涙が伝った。

「ごめんねナナミ……。道重さんも。ちゃんとお葬式できなくて、こんな所に置いてごめんなさい」

 犯人が憎かった。どうしてこんなに惨たらしいことが出来るのだろう。彼女達の身体を傷付ける時に、躊躇(ためら)って途中でやめようと考え直してくれたら。

「ねぇイケメンちゃんてさぁ、幸せに育ったコ?」

 よく解らない質問を水島にされた。世良は涙を拭った。

「……自分を不幸だと思ったことは有りません」
「そっか。親の愛を受けて育ったんだね」
「いえ。両親のことは覚えていません。私が物心つく前に事故で亡くなったそうです」
「……えと、じゃあ親戚が優しく育ててくれたんだ?」
「いえ。親戚には私を育てる余裕が無かったそうで、施設で育ちました」
「は!? 親が居なくて親戚にも拒絶されてんじゃん! 何でそれで不幸じゃないなんて言えるんだよ!? アンタめっちゃ不幸じゃん!」

 水島は何故かムキになった。世良には彼が大声を出す意味が解らなかった。

「親が居ない自分の境遇を嘆いたってどうしようもないでしょう? 私には食べて眠れる場所が在って、健康な身体も有ります。それって幸せなことなんじゃないですか?」

 涙をたたえた澄んだ目で問い返され、水島は答えに詰まって口を閉ざした。
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