朝日の中で広がる闇(一)
文字数 2,628文字
世良は騒音によって眠りを妨げられた。カーテンの向こうは明るくなっている。朝だ。たくさん寝て日頃の疲れを取ろうと、昨晩は携帯電話の目覚まし機能をオフにしていた。液晶画面を見ると既に8時37分だ。
「うにゃ……?」
世良の腕を枕代わりにしていた小鳥がもぞもぞ動いた。彼女とはまだ同じベッドで一緒に寝ている。
「あふぅっ、お姉様に腕枕をして頂けるなんて……!」
そんな気は無かった。寝相の悪い者同士で寝たらいつの間にかそうなっていた。ちなみに、うっかり腕枕をしてしまった世良の右手からは感覚が無くなっていた。神経が圧迫されたのだ。
「あれ、杏奈……?」
向かいのベッドに寝ていたはずの彼女の姿が無い。先に起きた後、何処へ行ったのか。
そんなことを考えていると廊下からドタドタと人が走るような音と、微かな悲鳴が聞こえてきた。世良の目を覚ましたのもこれらの音だったのだろう。
世良は小鳥と顔を合わせてから、扉の向こうを凝視した。
「ちょっと見てくる。嫌な予感がするから、コトリちゃんはここに居て」
世良はベッドから降りて独り部屋を出た。
廊下には数人の生徒が出ていて上を見ていた。そうか、音がしているのは上の階の廊下なのか。世良は今居る二階から三階へ上がろうと階段へ向かった。
「あ、高月さん」
ちょうど一階から三名の警備隊員達が上がってくるところだった。
「おはよ、セ……」
にこやかに挨拶をしかけた水島が、急に真顔になった。何だ? 世良は訝 しんだ。
「お、おい高月、それはマズイ。誰か上着!」
「我々も上半身はインナーだけです……」
藤宮と多岐川が世良から目を逸らして慌て出した。何だというのだろう。
………………あ! 世良は自分が起き抜けの姿であることに気づいた。寝癖や洗顔前ということ以上に大きな問題なのは、ブラ無しタンクトップ一枚で乳首が浮き出てしまっているという点だった。
流石に恥じらい、両手で自身を抱きしめて胸のささやかな膨らみを隠した。
その世良は大きな塊に覆い被さられた。
「水島! 何をしている!?」
多岐川の怒鳴り声で、世良は自分が水島に抱きしめられているのだと知った。
腕でガードしているから胸の接触は無いが、世良の顔は水島の露出した鎖骨付近に押し付けられた。男の匂いがした。
「は、放して下さい!」
「離れると見えちゃうだろ?」
藤宮と多岐川のように目を逸らすか閉じてくれればいいじゃないか。そう抗議したいのだが、動揺していた世良は上手く言葉にできなかった。
「おい、水島……」
「ちょっとこのコの部屋まで連れていって、上着を着せてきま~す。お二人は先に現場へ行っていて下さ~い」
強引に、密着したまま水島は世良に廊下を歩かせた。
「すぐに来いよ!? くれぐれも妙な気は起こすんじゃないぞ!?」
背中に多岐川の声。そして横からは女生徒がヒソヒソする声。不名誉な視線に晒されながら、世良は水島と共に自室へ戻った。
「お姉様!? 何でその人と一緒なんですか!」
小鳥が予想通りの反応で出迎えた。ようやく腕を放してくれた水島から世良は部屋の中央まで逃げた。
「私……薄着で外に出ちゃって」
「きゃあ! 本当だ!!」
小鳥は世良以上にあわあわした。そして水島を牽制した。
「あなたは見ちゃ駄目です! 今すぐ目を閉じるか抉 るかしなさい!」
「抉 れるかよ、馬鹿」
世良は壁のハンガーに掛けてあったラッシュガードを取った。右手が痺れて着にくいが、身体に羽織りながら水島に状況を尋ねた。
「水……コハルさん、いったい三階で何が有ったんですか? 何人も騒いでいるようですけど」
下の名前で呼ばれた水島は満足そうに微笑んだ。
「僕らにもまだ理由は判ってないよ。すぐに三階まで来てって、アンナちゃんが怪我した脚で一階まで駆け降りてきたんだよ」
「アンナが? さっきは一緒に居なかったですよね?」
「うん。酷いショックを受けたみたいでヘロヘロでさ、今はレクレーションルームで休んでもらってる」
何が有ったというのだろう。確かめたいが、杏奈のことも気がかりだった。
「コトリちゃん、アンナの様子を見に行ってくれるかな?」
「それはもちろん。……お姉様は三階へ行かれるんですね?」
「うん」
「……無理は、しないで下さいね」
コトリへ頷いてから、世良は水島と一緒に三階へ向かった。
廊下の隅で泣いている生徒、ヒステリックに叫んでいる生徒。三階は異様な光景だった。それに慣れ始めている自分は強くなったのか、人の痛みに鈍感になったのか、世良は複雑な心境だった。
「落ち着きなさい、桐生さん!」
三年生の部屋が並ぶ区画で、桜木詩音が桐生茜に掴み掛かられていた。神谷奏子と江崎花蓮が茜を離そうとしているのだが、興奮している茜は怪力を発揮している模様で二人は苦戦していた。
「この弱虫! 正々堂々の勝負じゃ私に勝てないからって、卑怯な手を使いやがって!」
「私は何もしていない!」
「とにかく少し落ち着けって桐生、そんなんじゃまともに話ができねーだろ!?」
世良は四名の上級生の元へ駆け寄った。
「どうしたんですか? 桐生先輩、桜木先輩を放して下さい!」
割り込もうとした世良を茜は睨みつけた。
「下がってなよ高月! この女はね、自分が有利になる為にメアリを殺したんだよ!!」
「え…………」
「違う! 私は何もしていない!」
詩音は大声で否定した。世良は近くの半開きの扉へ視線を移した。ドアプレートには稲垣早紀と島田芽亜理の名前が記されていた。
(島田先輩が……?)
世良は唇をキュッと結んで部屋の中を覗き込んだ。
室内には現場検証をしている藤宮と多岐川。そして生まれたままの姿で、芽亜理がベッドにダランと横たわっていた。
首には赤黒い痕。岡部佳の死体に有ったものと同じだ。
「……また……殺された……?」
数えて三度目の生徒による殺人。ただでさえ魔物騒ぎで命が危うい状況だというのに。
「どうして」
生徒同士で争っている場合じゃない。今こそ協力し合わなければならないのに。
「何で……誰が? どうしてこんな事をするの……?」
哀れな骸となった芽亜理から目を離せないでいた世良を水島が引っ張って、視界から殺人現場を遠ざけた。
そのまま水島はまた世良を抱きしめたが、世良は抵抗せず、大人しく彼に身を預けた。
上級生達はまだ争っている。すぐ側の部屋では芽亜理が冷たくなっている。そんな中で水島の体温はこの瞬間、世良にとって唯一の救いとなっていたのだった。
「うにゃ……?」
世良の腕を枕代わりにしていた小鳥がもぞもぞ動いた。彼女とはまだ同じベッドで一緒に寝ている。
「あふぅっ、お姉様に腕枕をして頂けるなんて……!」
そんな気は無かった。寝相の悪い者同士で寝たらいつの間にかそうなっていた。ちなみに、うっかり腕枕をしてしまった世良の右手からは感覚が無くなっていた。神経が圧迫されたのだ。
「あれ、杏奈……?」
向かいのベッドに寝ていたはずの彼女の姿が無い。先に起きた後、何処へ行ったのか。
そんなことを考えていると廊下からドタドタと人が走るような音と、微かな悲鳴が聞こえてきた。世良の目を覚ましたのもこれらの音だったのだろう。
世良は小鳥と顔を合わせてから、扉の向こうを凝視した。
「ちょっと見てくる。嫌な予感がするから、コトリちゃんはここに居て」
世良はベッドから降りて独り部屋を出た。
廊下には数人の生徒が出ていて上を見ていた。そうか、音がしているのは上の階の廊下なのか。世良は今居る二階から三階へ上がろうと階段へ向かった。
「あ、高月さん」
ちょうど一階から三名の警備隊員達が上がってくるところだった。
「おはよ、セ……」
にこやかに挨拶をしかけた水島が、急に真顔になった。何だ? 世良は
「お、おい高月、それはマズイ。誰か上着!」
「我々も上半身はインナーだけです……」
藤宮と多岐川が世良から目を逸らして慌て出した。何だというのだろう。
………………あ! 世良は自分が起き抜けの姿であることに気づいた。寝癖や洗顔前ということ以上に大きな問題なのは、ブラ無しタンクトップ一枚で乳首が浮き出てしまっているという点だった。
流石に恥じらい、両手で自身を抱きしめて胸のささやかな膨らみを隠した。
その世良は大きな塊に覆い被さられた。
「水島! 何をしている!?」
多岐川の怒鳴り声で、世良は自分が水島に抱きしめられているのだと知った。
腕でガードしているから胸の接触は無いが、世良の顔は水島の露出した鎖骨付近に押し付けられた。男の匂いがした。
「は、放して下さい!」
「離れると見えちゃうだろ?」
藤宮と多岐川のように目を逸らすか閉じてくれればいいじゃないか。そう抗議したいのだが、動揺していた世良は上手く言葉にできなかった。
「おい、水島……」
「ちょっとこのコの部屋まで連れていって、上着を着せてきま~す。お二人は先に現場へ行っていて下さ~い」
強引に、密着したまま水島は世良に廊下を歩かせた。
「すぐに来いよ!? くれぐれも妙な気は起こすんじゃないぞ!?」
背中に多岐川の声。そして横からは女生徒がヒソヒソする声。不名誉な視線に晒されながら、世良は水島と共に自室へ戻った。
「お姉様!? 何でその人と一緒なんですか!」
小鳥が予想通りの反応で出迎えた。ようやく腕を放してくれた水島から世良は部屋の中央まで逃げた。
「私……薄着で外に出ちゃって」
「きゃあ! 本当だ!!」
小鳥は世良以上にあわあわした。そして水島を牽制した。
「あなたは見ちゃ駄目です! 今すぐ目を閉じるか
「
世良は壁のハンガーに掛けてあったラッシュガードを取った。右手が痺れて着にくいが、身体に羽織りながら水島に状況を尋ねた。
「水……コハルさん、いったい三階で何が有ったんですか? 何人も騒いでいるようですけど」
下の名前で呼ばれた水島は満足そうに微笑んだ。
「僕らにもまだ理由は判ってないよ。すぐに三階まで来てって、アンナちゃんが怪我した脚で一階まで駆け降りてきたんだよ」
「アンナが? さっきは一緒に居なかったですよね?」
「うん。酷いショックを受けたみたいでヘロヘロでさ、今はレクレーションルームで休んでもらってる」
何が有ったというのだろう。確かめたいが、杏奈のことも気がかりだった。
「コトリちゃん、アンナの様子を見に行ってくれるかな?」
「それはもちろん。……お姉様は三階へ行かれるんですね?」
「うん」
「……無理は、しないで下さいね」
コトリへ頷いてから、世良は水島と一緒に三階へ向かった。
廊下の隅で泣いている生徒、ヒステリックに叫んでいる生徒。三階は異様な光景だった。それに慣れ始めている自分は強くなったのか、人の痛みに鈍感になったのか、世良は複雑な心境だった。
「落ち着きなさい、桐生さん!」
三年生の部屋が並ぶ区画で、桜木詩音が桐生茜に掴み掛かられていた。神谷奏子と江崎花蓮が茜を離そうとしているのだが、興奮している茜は怪力を発揮している模様で二人は苦戦していた。
「この弱虫! 正々堂々の勝負じゃ私に勝てないからって、卑怯な手を使いやがって!」
「私は何もしていない!」
「とにかく少し落ち着けって桐生、そんなんじゃまともに話ができねーだろ!?」
世良は四名の上級生の元へ駆け寄った。
「どうしたんですか? 桐生先輩、桜木先輩を放して下さい!」
割り込もうとした世良を茜は睨みつけた。
「下がってなよ高月! この女はね、自分が有利になる為にメアリを殺したんだよ!!」
「え…………」
「違う! 私は何もしていない!」
詩音は大声で否定した。世良は近くの半開きの扉へ視線を移した。ドアプレートには稲垣早紀と島田芽亜理の名前が記されていた。
(島田先輩が……?)
世良は唇をキュッと結んで部屋の中を覗き込んだ。
室内には現場検証をしている藤宮と多岐川。そして生まれたままの姿で、芽亜理がベッドにダランと横たわっていた。
首には赤黒い痕。岡部佳の死体に有ったものと同じだ。
「……また……殺された……?」
数えて三度目の生徒による殺人。ただでさえ魔物騒ぎで命が危うい状況だというのに。
「どうして」
生徒同士で争っている場合じゃない。今こそ協力し合わなければならないのに。
「何で……誰が? どうしてこんな事をするの……?」
哀れな骸となった芽亜理から目を離せないでいた世良を水島が引っ張って、視界から殺人現場を遠ざけた。
そのまま水島はまた世良を抱きしめたが、世良は抵抗せず、大人しく彼に身を預けた。
上級生達はまだ争っている。すぐ側の部屋では芽亜理が冷たくなっている。そんな中で水島の体温はこの瞬間、世良にとって唯一の救いとなっていたのだった。