疑心暗鬼(三)
文字数 2,452文字
「セラはさ、思うに世間を知らな過ぎなんだ」
水島は世良を下の名前で呼ぶことに決めたようだ。許可してないのに図々しい奴。世良は心の中で毒づいた。
「施設育ちなら贅沢とかできなかっただろ?」
「してましたよ?」
「例えば?」
「夏にクーラーをガンガン効かせて寒くなった部屋で、ホットココア飲むとか?」
水島は苦笑した。
「うん、決めた。僕がこれからセラにいろいろと教えてあげるよ」
「勝手に決めないで下さい。あと圧迫感が半端ないんで離れてもらえませんか?」
「僕よりデカイ隊長にはずっと寄り掛かってたくせに」
「あの方は壁ドンとかしないので」
「分かんないよ? 男はみんな狼だっていうじゃん」
アンタは狂犬だけどね。世良は溜め息を吐いた。
「……水島さんは、貧乏な私を可哀想だと思っているのですか?」
だとしたら大きなお世話だ。しかし水島は否定した。
「思わないよ? キミに対してそれだけは絶対に」
おや? と世良は思った。
「可哀想ってさ、凄まじく上から目線の憐れみの感情だよね? そんなこと言われたらすげぇ腹立たねぇ?」
「それは……その通りです」
親が居なくて可哀想。施設で暮らしてるなんて可哀想。遠足以外でレジャー施設に行けないなんて可哀想。幼少期から世良はずっと言われ続けてきた。耳障りに感じるほど頻繫に。
「セラを可哀想そうだと思うのは失礼なことだ。両親と早くに死に別れるなんて不幸な出来事だと思うけど、キミは悲劇のヒロインを気取らずに、強くなることを選んだ人間だからね」
「……………………」
どうして水島はそんな話をするのだろう? 世良は彼に対して、今までの中で最大の警戒オーラを放った。
「狙いは何ですか?」
「狙いって……何で睨むかな。僕、キミのこと口説いているんだけど?」
今度は水島が溜め息を吐いた。
「もうアンタにはストレートに言うよ。セラ、僕と付き合わないか?」
「付き合いません」
脊髄反射の速さで世良は断りを入れた。
「……ちょっとは考えようよ」
「お断りします。あなたは胡散 く……、何を考えているのか解らないので」
「今、胡散臭いって言おうとしたろ?」
「言ってません。セーフでした」
「セーフって何だ」
「とにかくそこをどいて下さい」
水島は笑って世良の顔に自分の顔を近付けてきた。
「何を考えているのか解らないってのは、キミだって同じだよ? だから付き合ってお互いのことを良く知ろうって言ってるんじゃん」
興味を持てる相手ならそれも有りだろう。しかし世良は、水島とあまり関わりを持ちたいと思っていなかった。
「言いましたよね? 私は必殺技が使えて、空を飛べて、巨大化できる人が好みだって」
「僕も言ったよね? チンコなら大きくできるって。試してみる?」
「全力で蹴り上げますよ? 私の脚力こそ試してみますか?」
「ハハ……。やめておこう」
「じゃあどいて下さい」
「コハル」
「は?」
「コハルって呼べたら今日は解放してあげるよ、セラ」
あげるって何様だ。世良は本気で金的蹴りを繰り出すところだった。
ああもう、面倒臭い男。さっさと終わらせたかった世良は、水島を真っ直ぐ見据えて言葉にした。
「…………コハルさん!」
流石に呼び捨てにはできなかった。これが最大限の譲歩だ。
真顔になった水島の動きが止まったので、世良は彼の腕の下をくぐって扉へ逃げた。
「待って、セラ!」
誰が待つか。世良は扉を開けて廊下へ出た。そのまま駆けて二階の自室へ。部屋にはまだ具合の悪そうな小鳥と、彼女を介抱している杏奈が居た。二人とも勢い良く入ってきた世良を見て驚いていた。
「セラ、どうしたの?」
「躾 けの悪い犬に嚙まれそうになったんだ」
世良は内鍵を掛けて深呼吸した。
「コトリちゃんはどういう状態? 廊下に居なかったから心配してたんだ」
「……すみませんお姉様、勝手に居なくなって。トイレに行ってたんです……」
小鳥の声には張りが無かった。ベッドの傍 らには空になったスポーツ飲料のペットボトルが置いてあった。杏奈が補足した。
「このコ、トイレで吐いてたの。それで吐き過ぎて軽い脱水症状になったみたい」
「そっか……。気にせず休むんだよ、コトリちゃん。私も休めって言われたし」
「二人とも大変だったんだね。それとセラ、犬って何?」
「ああ、それは……」
ドンドンドン! と扉が強くノックされた。
「セラ、居る!?」
説明するまでもなく狂犬の水島が追ってきた。ドアプレートから名札を外しておけば良かったと世良は後悔した。
居留守を使おうと思ったが、ドアノブまでガチャガチャと乱暴に回され出したので、世良は扉越しに応対することにした。扉を壊されたらたまらない。
「静かにして下さい。病人が居ます」
「セラ、ここを開けて」
「女生徒の部屋です。遠慮して下さい」
「話の続きをしたいんだ」
「また明日、13時にレクレーションルームでお会いしましょう」
「それは迷宮探索についての打ち合わせだろ? 僕がしたいのはセラとの個人的な話だよ」
しつこいな。しかも大声で。他の部屋の生徒に聞かれたら不名誉な誤解をされるじゃないか。
セラはぴしゃりと言った。
「聞き分けて下さい、コハルさん!」
「!………………」
水島は数秒間黙ったが、
「解った。また明日」
大人しく引き下がったようだった。遠ざかる足音を確認してから、世良は小鳥と杏奈の元へ戻った。
「セラ、アンタ水島さんと……下の名前で呼び合ってるの!?」
「成り行きでね。すっごい嫌だけど、呼ばないとしつこいんだよ」
「あ、あのケダモノ……、やっぱりお姉様にちょっかい出したんですか……!」
「名前だけ? 他には何かされてない!?」
杏奈は世良が心配だった。水島は女を道具として使う男だ。彼女は身をもってそれを知っていた。
「今のところは大丈夫……かな。でもあの人と二人きりにならないように気をつけるよ。二人も注意してね? アイツってばセクハラ野郎だからさ~」
屈託なく笑った世良を見て杏奈は決意した。
(世良は……世良だけは護らなくちゃ。私の大切な親友は汚させない)
水島は世良を下の名前で呼ぶことに決めたようだ。許可してないのに図々しい奴。世良は心の中で毒づいた。
「施設育ちなら贅沢とかできなかっただろ?」
「してましたよ?」
「例えば?」
「夏にクーラーをガンガン効かせて寒くなった部屋で、ホットココア飲むとか?」
水島は苦笑した。
「うん、決めた。僕がこれからセラにいろいろと教えてあげるよ」
「勝手に決めないで下さい。あと圧迫感が半端ないんで離れてもらえませんか?」
「僕よりデカイ隊長にはずっと寄り掛かってたくせに」
「あの方は壁ドンとかしないので」
「分かんないよ? 男はみんな狼だっていうじゃん」
アンタは狂犬だけどね。世良は溜め息を吐いた。
「……水島さんは、貧乏な私を可哀想だと思っているのですか?」
だとしたら大きなお世話だ。しかし水島は否定した。
「思わないよ? キミに対してそれだけは絶対に」
おや? と世良は思った。
「可哀想ってさ、凄まじく上から目線の憐れみの感情だよね? そんなこと言われたらすげぇ腹立たねぇ?」
「それは……その通りです」
親が居なくて可哀想。施設で暮らしてるなんて可哀想。遠足以外でレジャー施設に行けないなんて可哀想。幼少期から世良はずっと言われ続けてきた。耳障りに感じるほど頻繫に。
「セラを可哀想そうだと思うのは失礼なことだ。両親と早くに死に別れるなんて不幸な出来事だと思うけど、キミは悲劇のヒロインを気取らずに、強くなることを選んだ人間だからね」
「……………………」
どうして水島はそんな話をするのだろう? 世良は彼に対して、今までの中で最大の警戒オーラを放った。
「狙いは何ですか?」
「狙いって……何で睨むかな。僕、キミのこと口説いているんだけど?」
今度は水島が溜め息を吐いた。
「もうアンタにはストレートに言うよ。セラ、僕と付き合わないか?」
「付き合いません」
脊髄反射の速さで世良は断りを入れた。
「……ちょっとは考えようよ」
「お断りします。あなたは
「今、胡散臭いって言おうとしたろ?」
「言ってません。セーフでした」
「セーフって何だ」
「とにかくそこをどいて下さい」
水島は笑って世良の顔に自分の顔を近付けてきた。
「何を考えているのか解らないってのは、キミだって同じだよ? だから付き合ってお互いのことを良く知ろうって言ってるんじゃん」
興味を持てる相手ならそれも有りだろう。しかし世良は、水島とあまり関わりを持ちたいと思っていなかった。
「言いましたよね? 私は必殺技が使えて、空を飛べて、巨大化できる人が好みだって」
「僕も言ったよね? チンコなら大きくできるって。試してみる?」
「全力で蹴り上げますよ? 私の脚力こそ試してみますか?」
「ハハ……。やめておこう」
「じゃあどいて下さい」
「コハル」
「は?」
「コハルって呼べたら今日は解放してあげるよ、セラ」
あげるって何様だ。世良は本気で金的蹴りを繰り出すところだった。
ああもう、面倒臭い男。さっさと終わらせたかった世良は、水島を真っ直ぐ見据えて言葉にした。
「…………コハルさん!」
流石に呼び捨てにはできなかった。これが最大限の譲歩だ。
真顔になった水島の動きが止まったので、世良は彼の腕の下をくぐって扉へ逃げた。
「待って、セラ!」
誰が待つか。世良は扉を開けて廊下へ出た。そのまま駆けて二階の自室へ。部屋にはまだ具合の悪そうな小鳥と、彼女を介抱している杏奈が居た。二人とも勢い良く入ってきた世良を見て驚いていた。
「セラ、どうしたの?」
「
世良は内鍵を掛けて深呼吸した。
「コトリちゃんはどういう状態? 廊下に居なかったから心配してたんだ」
「……すみませんお姉様、勝手に居なくなって。トイレに行ってたんです……」
小鳥の声には張りが無かった。ベッドの
「このコ、トイレで吐いてたの。それで吐き過ぎて軽い脱水症状になったみたい」
「そっか……。気にせず休むんだよ、コトリちゃん。私も休めって言われたし」
「二人とも大変だったんだね。それとセラ、犬って何?」
「ああ、それは……」
ドンドンドン! と扉が強くノックされた。
「セラ、居る!?」
説明するまでもなく狂犬の水島が追ってきた。ドアプレートから名札を外しておけば良かったと世良は後悔した。
居留守を使おうと思ったが、ドアノブまでガチャガチャと乱暴に回され出したので、世良は扉越しに応対することにした。扉を壊されたらたまらない。
「静かにして下さい。病人が居ます」
「セラ、ここを開けて」
「女生徒の部屋です。遠慮して下さい」
「話の続きをしたいんだ」
「また明日、13時にレクレーションルームでお会いしましょう」
「それは迷宮探索についての打ち合わせだろ? 僕がしたいのはセラとの個人的な話だよ」
しつこいな。しかも大声で。他の部屋の生徒に聞かれたら不名誉な誤解をされるじゃないか。
セラはぴしゃりと言った。
「聞き分けて下さい、コハルさん!」
「!………………」
水島は数秒間黙ったが、
「解った。また明日」
大人しく引き下がったようだった。遠ざかる足音を確認してから、世良は小鳥と杏奈の元へ戻った。
「セラ、アンタ水島さんと……下の名前で呼び合ってるの!?」
「成り行きでね。すっごい嫌だけど、呼ばないとしつこいんだよ」
「あ、あのケダモノ……、やっぱりお姉様にちょっかい出したんですか……!」
「名前だけ? 他には何かされてない!?」
杏奈は世良が心配だった。水島は女を道具として使う男だ。彼女は身をもってそれを知っていた。
「今のところは大丈夫……かな。でもあの人と二人きりにならないように気をつけるよ。二人も注意してね? アイツってばセクハラ野郎だからさ~」
屈託なく笑った世良を見て杏奈は決意した。
(世良は……世良だけは護らなくちゃ。私の大切な親友は汚させない)