疑心暗鬼(二)
文字数 2,029文字
☆☆☆
世良達四名は寮へ戻り、多岐川と奏子に合流して殺害現場の部屋の片づけをした。
壁や床、ベッドの汚れを出来得る限り拭き取って消毒した。紙や雑巾にブランケット、大袋二つ分のゴミが出た。匂わないようにギュッと袋の口を閉じた。
「これ、どうしましょうか。今まで出たゴミもそうですけど、いつまでも放置していたらそれこそ腐ってしまいます」
「……外の人間に引き取ってもらおう。物資の補充のついでに」
藤宮の提案に世良は意外そうな顔つきで返した。
「外って学院の外ですよね? 街だって大変な状況なんでしょう? 引き取った人が困りませんか?」
「ああ……。生活に直結する機関は稼働しているんだよ、警察や自衛隊の警備の下でな。ゴミ焼却場はその一つだ。食料も各家庭に配給されている」
藤宮はもっともらしい言い訳をした。学院の外が平常であることを隠して。
「そうですか。寮の電気や水道も復活しましたし、外のみんなも生活に最低限必要な物は手に入るんですね。良かったです」
素直に信じる世良を見て藤宮と多岐川、そして詩音は心を痛めた。この純粋な少女を騙し続けることが苦しかった。水島と、外の事情を知らないであろう奏子は無表情だったが。
「ねぇ高月さん、今日も迷宮に行ったんだよね? あなた頑張り過ぎだよ、少し休んだ方がいいよ」
詩音が遠慮がちに休息を勧めた。
「高月さんは他の生徒の何倍も働いているんだもの、そろそろ休まないと身体を壊しちゃうよ?」
「……お気遣いありがとうございます先輩。でも私、身体を動かしている方が楽なんです。じっとしていると、悪いことばかり考えちゃいそうで……」
「そっか……」
「それに迷宮探索はやりがいが有ります。異変が何故起きたか判るかもしれないし、雫姫時代の刀を現代に持ってこられたんですよ?」
「え、雫姫時代の……? 刀……?」
「はい。校舎の地下へ行ったら、昔の建造物が校舎に混ざっていたんです。これは迷宮を造った雫姫の時代の物だろうって、桐生先輩が言っていました」
重要なワードを聞いて詩音は目を見開いた。
(雫姫が迷宮を造った? アカネが言った……?)
「昔の武器を時空の壁を越えて現代に持ち込めるなら、こちらから異変の原因である雫姫へ、何らかのアクションを起こすこともできるはずでしょう?」
(高月さん達は異変の原因が雫姫だって知ってたの? アカネが話したの? ……いいえ、今はそれよりも迷宮の方が重要よ)
詩音は頭の中で、浮かんだ疑問を猛スピードでまとめた。
(迷宮を造ったのは雫姫……。だったら彼女が滅んだら迷宮にも何らかの干渉が起こるはず。昔の建造物や刀が今も存在しているということは、雫姫自身も存在していると考えていいの……?)
触手の化け物であった白装束の女。詩音はソイツが雫姫だと思い込んでいた。それなのに世良達に退治されてしまい、雫姫が消滅してしまったとずっと思い悩んでいたのだ。
(私も、次からは迷宮へ行かなくちゃ……!)
「その話は今するな。高月、お前さんに最も必要なことは、生徒会長の言う通り休息を取ることだ。いくらヤル気が有っても身体が動かなかったら意味は無い。俺達が寮を守っているから夜はしっかりと寝て休め。それで余裕が有ったらまた明日、13時にレクレーションルームへ来い」
「……はい!」
藤宮は世良に軽く笑い掛けてから、ゴミ袋を一つ持って部屋を出ていった。
「約束ですよ? 今日はもうゆっくり休んで下さい」
多岐川も世良に念を押してから、残ったもう一つのゴミ袋を持って隊長の後を追った。奏子は無言で退室し、詩音は「また明日」と声を掛けてから出ていった。
世良も自分の部屋へ戻ろうと思ったのだが、部屋を出る直前に水島に腕を掴まれて引き戻された。
「うわ、何ですか?」
思った以上に強い力だったので、世良は部屋の中程まで戻されることになった。扉を閉めて水島は微笑んだ。
「ねぇイケメンちゃん……、いやセラちゃん、僕とちょっと話そうよ」
急に下の名前を呼んできた水島に、世良は当然だが警戒心を抱いた。
「私のことはどうぞ、高月と呼んで下さい」
「やだ。セラって呼ぶ。僕のこともコハルって呼んでいいよ」
そういえばこの男の名前は水島小春だったなと、世良は言われて思い出した。
「目上の人を下の名前、ましてや呼び捨てにする訳にはいきません」
「真面目か」
「お話はそれだけでしたら、これで失礼します」
しかしまた腕を掴まれて、世良は部屋の壁際に連れていかれた。そして水島は世良を挟むように己の両手を壁に付けた。
「あの、そこに居られると動けないんですが」
「……うん、動けないようにしているからね」
「どいて下さい」
「………………。壁ドン、ときめかない?」
「まったく」
「……………………」
世良とて杏奈から借りた少女漫画を読んで、壁ドンの存在くらい知っている。しかしそれは、ある程度の好意を持っている相手にされてこそのトキメキだ。セクハラ魔王にされても身の危険しか感じなかった。
世良達四名は寮へ戻り、多岐川と奏子に合流して殺害現場の部屋の片づけをした。
壁や床、ベッドの汚れを出来得る限り拭き取って消毒した。紙や雑巾にブランケット、大袋二つ分のゴミが出た。匂わないようにギュッと袋の口を閉じた。
「これ、どうしましょうか。今まで出たゴミもそうですけど、いつまでも放置していたらそれこそ腐ってしまいます」
「……外の人間に引き取ってもらおう。物資の補充のついでに」
藤宮の提案に世良は意外そうな顔つきで返した。
「外って学院の外ですよね? 街だって大変な状況なんでしょう? 引き取った人が困りませんか?」
「ああ……。生活に直結する機関は稼働しているんだよ、警察や自衛隊の警備の下でな。ゴミ焼却場はその一つだ。食料も各家庭に配給されている」
藤宮はもっともらしい言い訳をした。学院の外が平常であることを隠して。
「そうですか。寮の電気や水道も復活しましたし、外のみんなも生活に最低限必要な物は手に入るんですね。良かったです」
素直に信じる世良を見て藤宮と多岐川、そして詩音は心を痛めた。この純粋な少女を騙し続けることが苦しかった。水島と、外の事情を知らないであろう奏子は無表情だったが。
「ねぇ高月さん、今日も迷宮に行ったんだよね? あなた頑張り過ぎだよ、少し休んだ方がいいよ」
詩音が遠慮がちに休息を勧めた。
「高月さんは他の生徒の何倍も働いているんだもの、そろそろ休まないと身体を壊しちゃうよ?」
「……お気遣いありがとうございます先輩。でも私、身体を動かしている方が楽なんです。じっとしていると、悪いことばかり考えちゃいそうで……」
「そっか……」
「それに迷宮探索はやりがいが有ります。異変が何故起きたか判るかもしれないし、雫姫時代の刀を現代に持ってこられたんですよ?」
「え、雫姫時代の……? 刀……?」
「はい。校舎の地下へ行ったら、昔の建造物が校舎に混ざっていたんです。これは迷宮を造った雫姫の時代の物だろうって、桐生先輩が言っていました」
重要なワードを聞いて詩音は目を見開いた。
(雫姫が迷宮を造った? アカネが言った……?)
「昔の武器を時空の壁を越えて現代に持ち込めるなら、こちらから異変の原因である雫姫へ、何らかのアクションを起こすこともできるはずでしょう?」
(高月さん達は異変の原因が雫姫だって知ってたの? アカネが話したの? ……いいえ、今はそれよりも迷宮の方が重要よ)
詩音は頭の中で、浮かんだ疑問を猛スピードでまとめた。
(迷宮を造ったのは雫姫……。だったら彼女が滅んだら迷宮にも何らかの干渉が起こるはず。昔の建造物や刀が今も存在しているということは、雫姫自身も存在していると考えていいの……?)
触手の化け物であった白装束の女。詩音はソイツが雫姫だと思い込んでいた。それなのに世良達に退治されてしまい、雫姫が消滅してしまったとずっと思い悩んでいたのだ。
(私も、次からは迷宮へ行かなくちゃ……!)
「その話は今するな。高月、お前さんに最も必要なことは、生徒会長の言う通り休息を取ることだ。いくらヤル気が有っても身体が動かなかったら意味は無い。俺達が寮を守っているから夜はしっかりと寝て休め。それで余裕が有ったらまた明日、13時にレクレーションルームへ来い」
「……はい!」
藤宮は世良に軽く笑い掛けてから、ゴミ袋を一つ持って部屋を出ていった。
「約束ですよ? 今日はもうゆっくり休んで下さい」
多岐川も世良に念を押してから、残ったもう一つのゴミ袋を持って隊長の後を追った。奏子は無言で退室し、詩音は「また明日」と声を掛けてから出ていった。
世良も自分の部屋へ戻ろうと思ったのだが、部屋を出る直前に水島に腕を掴まれて引き戻された。
「うわ、何ですか?」
思った以上に強い力だったので、世良は部屋の中程まで戻されることになった。扉を閉めて水島は微笑んだ。
「ねぇイケメンちゃん……、いやセラちゃん、僕とちょっと話そうよ」
急に下の名前を呼んできた水島に、世良は当然だが警戒心を抱いた。
「私のことはどうぞ、高月と呼んで下さい」
「やだ。セラって呼ぶ。僕のこともコハルって呼んでいいよ」
そういえばこの男の名前は水島小春だったなと、世良は言われて思い出した。
「目上の人を下の名前、ましてや呼び捨てにする訳にはいきません」
「真面目か」
「お話はそれだけでしたら、これで失礼します」
しかしまた腕を掴まれて、世良は部屋の壁際に連れていかれた。そして水島は世良を挟むように己の両手を壁に付けた。
「あの、そこに居られると動けないんですが」
「……うん、動けないようにしているからね」
「どいて下さい」
「………………。壁ドン、ときめかない?」
「まったく」
「……………………」
世良とて杏奈から借りた少女漫画を読んで、壁ドンの存在くらい知っている。しかしそれは、ある程度の好意を持っている相手にされてこそのトキメキだ。セクハラ魔王にされても身の危険しか感じなかった。