夢物語のような現実(一)
文字数 2,225文字
藤宮は個室である寮母の部屋に籠り、トランシーバーで上司の立川と交信していた。医療品の補充とゴミの回収の依頼、そして生徒達への対応について上の意向を確認したかった。
「……以上の点から、学院へ自衛隊を派遣してもらえるように申請すべきだ。超常現象を研究している専門家も一緒にな」
『学校一つの為に国の軍隊は動かせない』
藤宮の進言を、警備室の室長である立川は鼻で笑って却下した。
「立川さん、学院の校舎が異次元に変わったんだぞ? 漫画や映画の話みたいなことが現実に起きている。これを放っておいたら日本全体が大変なことになるかもしれないんだ!」
『だから理事会は生徒達へ迷宮探索の許可を出したんだ。放っておかず、何とかするようにと』
「馬鹿なことを……! アレは子供達に何とかできるシロモノじゃない。自衛隊が無理なら探索は俺達警備隊に任せて、生徒達は外へ避難させるべきだ!!」
『それはできない。異変は生徒達にしか解決できないんだ』
意外なことを立川は言い出した。いや、藤宮にとっては予想通りだったか。
上の人間達は解決法を知っていた。つまり、異変が起きることを予測していたのだ。
「……立川さん、話してくれよ。アンタは知ってるんだろう? 学院で起きているこの現象が何なのか」
『そうだな……。私もおまえ達、現場の報告を聞くまでは半信半疑だったんだがな……』
立川が説明しようとしたそのタイミングで、寮母室の扉が早いリズムでノックされた。
「隊長、多岐川と水島です。私達も中へ入れて下さい」
探索へ向かったはずの部下達が戻ってきていた。出発してからまださほど時間は経っていないのに。
「立川さん、多岐川と水島にも聞かせていいかい?」
『構わない』
藤宮は扉の内鍵を外して二人を室内へ入れた。そしてすぐにまた扉を閉め直した。
「ずいぶん早かったな。トラブルか?」
「生徒の一人、田町アンナさんが脚を負傷したので帰還しました。命に別条は有りません。……隊長、声が外まで漏れていましたよ」
多岐川に指摘されて藤宮は頭を掻いた。興奮して所々、声が大きくなってしまっていたらしい。
「室長と交信中ですか~?」
「そうだ。異変について詳しく聞いているところだ」
三人はトランシーバーを囲んで寮母室の床に座った。
「待たせたな立川さん。説明を頼む」
『今から話すことは、くれぐれも生徒達には他言無用だぞ?』
立川に念押しされた。ついさっき自分も杏奈にしたなと、水島は独りニヤついた。
『異変の原因は藤宮、おまえが予想した通り雫姫だ』
「初めに言い出したのは桐生アカネだが……」
『桐生アカネは理事の娘だからな。親からある程度聞いていたのだろう』
「本当に、平安時代末期の人間が引き起こしている怪異現象だったのか」
『私にはまだ夢物語のような感覚だがな。実際に化け物に遭遇し、迷宮を体験したおまえ達にとっては紛れもない現実なんじゃないか?』
三名の警備隊員達は全員迷宮へ潜った。水島に至っては三回も。
『雫姫は土地のあらゆる厄災から、住民を護る女神なんだそうだ。しかしその力は百年しか保てない。百年毎 に、今まで抑えてきた厄災が一気に噴き出して世に出てしまうんだ』
「それが今起きている異変……?」
『そのように私は関谷理事長から聞いた。そして解決策も』
三名は室長の次の言葉を待った。
『雫姫の依代 となる十代の少女を用意するんだ。新しい器 を手に入れた雫姫は、力を取り戻して再び百年の間、平和と繫栄をもたらしてくれるそうだ』
「器……?」
「雫姫が少女に憑依するってことッスか?」
「それは生贄では!?」
隊員達はトランシーバーの向こうに居る立川を問い質した。
「憑依された少女はどうなるんだ?」
『生き神様として大切にされる』
「しかし人が神に憑依されて無事でいられるのですか? 精神が崩壊するのでは?」
『そうならないように、雫姫は心身ともに健康な女子を指名するらしい』
「指名?」
『聡明で美しく健康な少女。条件に合う者の前に、雫姫はその姿を現すと云われている』
「え、平安時代のお姫様が現れるんスか? 現代に?」
『今更驚くことは無いだろう。化け物を見ているおまえ達にとっては』
そうだった。平安時代の化け物も建造物も散々目にしていた。
『雫姫が器に相応しい相手を指名し、力を取り戻したら異変は収まる。だから候補である生徒達を学院の外へ出す訳にはいかないんだ』
「ならせめて候補生をだけ残して、関係の無い生徒は逃がしてやれないのか?」
『やれない。在学中の生徒全員、理事達が集めた候補なんだ』
「! 全員……?」
『この学院はな、雫姫の新しい器を見つける為だけに創立された箱庭なんだよ』
立川の言葉が冷たく響いた。
「そんな……! 死人が大勢出ているんだぞ!? 遺族が騒ぐだろう!?」
『心配無い。生徒は基本、貧しい家庭の少女達だ。家族は理事から資金援助を受けている。娘の死で騒ぐことは許されない力関係だ』
藤宮は奥歯を嚙み合わせた。
「……高月は施設で育ったと言っていたな。親の居ないアイツも、理事にとって都合の良い生徒だって訳か」
『高月……、高月セラか。彼女のことは知っている。徒競走で全国上位の成績、そして容姿にも優れた少女らしいな。式守理事の強力な手札だ。理事の娘である桐生アカネと桜木シオンは情報を持っているぶん有利だが、総合能力的に見て高月セラが勝っていると私は思うよ』
立川のそれはまるで、競馬で勝ち馬を予想しているかのような口振りだった。
「……以上の点から、学院へ自衛隊を派遣してもらえるように申請すべきだ。超常現象を研究している専門家も一緒にな」
『学校一つの為に国の軍隊は動かせない』
藤宮の進言を、警備室の室長である立川は鼻で笑って却下した。
「立川さん、学院の校舎が異次元に変わったんだぞ? 漫画や映画の話みたいなことが現実に起きている。これを放っておいたら日本全体が大変なことになるかもしれないんだ!」
『だから理事会は生徒達へ迷宮探索の許可を出したんだ。放っておかず、何とかするようにと』
「馬鹿なことを……! アレは子供達に何とかできるシロモノじゃない。自衛隊が無理なら探索は俺達警備隊に任せて、生徒達は外へ避難させるべきだ!!」
『それはできない。異変は生徒達にしか解決できないんだ』
意外なことを立川は言い出した。いや、藤宮にとっては予想通りだったか。
上の人間達は解決法を知っていた。つまり、異変が起きることを予測していたのだ。
「……立川さん、話してくれよ。アンタは知ってるんだろう? 学院で起きているこの現象が何なのか」
『そうだな……。私もおまえ達、現場の報告を聞くまでは半信半疑だったんだがな……』
立川が説明しようとしたそのタイミングで、寮母室の扉が早いリズムでノックされた。
「隊長、多岐川と水島です。私達も中へ入れて下さい」
探索へ向かったはずの部下達が戻ってきていた。出発してからまださほど時間は経っていないのに。
「立川さん、多岐川と水島にも聞かせていいかい?」
『構わない』
藤宮は扉の内鍵を外して二人を室内へ入れた。そしてすぐにまた扉を閉め直した。
「ずいぶん早かったな。トラブルか?」
「生徒の一人、田町アンナさんが脚を負傷したので帰還しました。命に別条は有りません。……隊長、声が外まで漏れていましたよ」
多岐川に指摘されて藤宮は頭を掻いた。興奮して所々、声が大きくなってしまっていたらしい。
「室長と交信中ですか~?」
「そうだ。異変について詳しく聞いているところだ」
三人はトランシーバーを囲んで寮母室の床に座った。
「待たせたな立川さん。説明を頼む」
『今から話すことは、くれぐれも生徒達には他言無用だぞ?』
立川に念押しされた。ついさっき自分も杏奈にしたなと、水島は独りニヤついた。
『異変の原因は藤宮、おまえが予想した通り雫姫だ』
「初めに言い出したのは桐生アカネだが……」
『桐生アカネは理事の娘だからな。親からある程度聞いていたのだろう』
「本当に、平安時代末期の人間が引き起こしている怪異現象だったのか」
『私にはまだ夢物語のような感覚だがな。実際に化け物に遭遇し、迷宮を体験したおまえ達にとっては紛れもない現実なんじゃないか?』
三名の警備隊員達は全員迷宮へ潜った。水島に至っては三回も。
『雫姫は土地のあらゆる厄災から、住民を護る女神なんだそうだ。しかしその力は百年しか保てない。百年
「それが今起きている異変……?」
『そのように私は関谷理事長から聞いた。そして解決策も』
三名は室長の次の言葉を待った。
『雫姫の
「器……?」
「雫姫が少女に憑依するってことッスか?」
「それは生贄では!?」
隊員達はトランシーバーの向こうに居る立川を問い質した。
「憑依された少女はどうなるんだ?」
『生き神様として大切にされる』
「しかし人が神に憑依されて無事でいられるのですか? 精神が崩壊するのでは?」
『そうならないように、雫姫は心身ともに健康な女子を指名するらしい』
「指名?」
『聡明で美しく健康な少女。条件に合う者の前に、雫姫はその姿を現すと云われている』
「え、平安時代のお姫様が現れるんスか? 現代に?」
『今更驚くことは無いだろう。化け物を見ているおまえ達にとっては』
そうだった。平安時代の化け物も建造物も散々目にしていた。
『雫姫が器に相応しい相手を指名し、力を取り戻したら異変は収まる。だから候補である生徒達を学院の外へ出す訳にはいかないんだ』
「ならせめて候補生をだけ残して、関係の無い生徒は逃がしてやれないのか?」
『やれない。在学中の生徒全員、理事達が集めた候補なんだ』
「! 全員……?」
『この学院はな、雫姫の新しい器を見つける為だけに創立された箱庭なんだよ』
立川の言葉が冷たく響いた。
「そんな……! 死人が大勢出ているんだぞ!? 遺族が騒ぐだろう!?」
『心配無い。生徒は基本、貧しい家庭の少女達だ。家族は理事から資金援助を受けている。娘の死で騒ぐことは許されない力関係だ』
藤宮は奥歯を嚙み合わせた。
「……高月は施設で育ったと言っていたな。親の居ないアイツも、理事にとって都合の良い生徒だって訳か」
『高月……、高月セラか。彼女のことは知っている。徒競走で全国上位の成績、そして容姿にも優れた少女らしいな。式守理事の強力な手札だ。理事の娘である桐生アカネと桜木シオンは情報を持っているぶん有利だが、総合能力的に見て高月セラが勝っていると私は思うよ』
立川のそれはまるで、競馬で勝ち馬を予想しているかのような口振りだった。