迷宮へ(一)
文字数 2,272文字
「理事会から許可は下りたが、聞いての通りだ。何が遭っても自己責任だと受け入れられる者だけに、探索する資格と権利が与えられる」
流石に少女達の顔が引き攣 った。魔物の巣窟であろう校舎。武装した警備隊員が付いてきてくれるとは言え、彼らだって生身の人間だ。餓鬼よりも強い化け物が出現したら勝てる保証は無い。最悪死ぬかもしれないのだ。
「私は行きます。話を出したのは私ですから」
京香が立候補した。続いて世良も。
「私も。もう待ってるだけは嫌です。危険でも前に進みたい」
「おぉ~、性格までイケメンじゃん」
詩音と茜も挙手したが、藤宮に止められた。
「待て待て待て。最初の一回は様子見だ。大人数では行かない」
「警備隊員は全員参加ですか?」
「いや……同行するのは一人だけだ」
藤宮としては戦闘訓練を受けた隊員だけで探索したいところだが、彼らに下された命令はあくまでも、「生徒の監視と脱出の阻止」なのだ。自分達が居ない隙に生徒の誰かが学院の門を出て、外は安全だという事実を知ったら大変なことになる。
「一人だけですか……」
「ああ、残る二名は校舎の外で待機。全員が中に入っちまったら、他の場所で問題が起きた場合に対処できなくなる」
「確かにそうですね」
多岐川は納得したが、茜が不満を露わにした。
「ちょっと、一人きりじゃ大した戦力にならないじゃない! そんなんで生徒を護れるの!?」
「だから少人数で行くんだ。警備隊員一名に、生徒二名で班を作ろう。それ以上は駄目だ」
「誰が行きます?」
「生徒は先に立候補したそこの二人」
藤宮に視線を定められ、世良と京香が頷いた。
「お姉様……」
「大丈夫だよコトリちゃん。そんなに奥まで行かないし、長く居座る訳でもない。必ず戻ってくるよ」
「そうだな。探索時間は最大で一時間と決めておこう。参加警備員は俺……」
「はいはーい、僕が行きまーす!!」
藤宮の発言に水島が被せた。
「尖兵 は僕が務めまーす!」
「おい水島……。まずは俺が探ってくるからおまえは待ってろ。何が有るか判らねぇ所へ部下は派遣できねぇんだよ」
「でもお嬢さん達は行くんでしょう?」
「彼女達は俺が護るから」
「二人を護るくらいなら僕にだってできますよ。それにね、隊長のあなたに何か遭ったら大変でしょう?」
「だがな……」
「隊長」
多岐川が水島を後押しした。
「彼の言う通りです。あなたを失ったら現場は混乱します。それに水島の身体能力の高さはずば抜けていますから、大抵の事態に対処できるでしょう」
「………………」
渋い表情で藤宮は決断した。
「了解だ。一回目の探索には水島、おまえが行け」
「はい! さっそく出撃準備しなくちゃ。くっさいブーツ履こうっと」
まるで遠足前の児童のように、楽しそうに準備を始めた水島へ皆は呆れた目を向けた。
☆☆☆
「準備はいい? イケメンちゃんにお姫様」
校舎の南玄関前に水島、世良、京香が揃っていた。他の生徒達は寮に留まることになり、藤宮と多岐川も彼女達の護衛役として寮に残った。
京香は水島によってされた、自分に対する呼称に首を傾げた。
「何でお姫様?」
「髪型がそれっぽいじゃん。昔のお姫様カット」
「昔……。高月さん、私のこの髪型、古臭いかしら?」
「え、いや、素敵だと思うよ……?」
「武器もそれっぽいしさ」
薙刀が得意な京香は、モップ部分を取り外した長い柄 を握っていた。
「イケメンちゃんはナイフ?」
「はい。料理包丁だと抜き身の状態で危ないので、ケースが付いていたペティナイフにしました」
「それじゃあ小さくない? 武器にするならこれくらい持たなきゃ」
水島は自分の腰に携帯しているサバイバルナイフを指し示した。
「ペティナイフでも餓鬼程度なら倒せますよ? 現に先輩はコレでめった刺しにしていましたから」
「怖」
笑って水島は校舎を見据えた。
「さ、行きますか」
先頭に立って歩く彼に二人の少女は続いた。明るい陽 の下では普通の校舎に見えた。あの晩のことは夢だったのか、世良がそう思いそうになるくらい。
しかし水島によって開けられた扉の横を過ぎ、玄関に足を一歩踏み入れた途端に、得体の知れない不快感が全身を突き抜けた。
「……何だ、コレ」
お調子者の水島も異変を肌で感じたようだ。真顔になっていた。
「スゲェじゃん、確かに何か有るな、ここ」
昼間だったが、電気が点いていない校舎は薄暗かった。扉や窓のガラスが何故か遮光しており、中まで日光が届いていない状態だった。
それでも薄暗い程度で済んでいるのは前に見た時と同じ、校舎の壁や床がほのかに発光しているおかげだ。
「マジでこれ樹の根か? どうなってんだよ」
ツタのように壁に張り付いている樹の根を水島は観察した。
「あ、ソレ触らない方がいいですよ。ネトネトした粘液がなかなか取れなくなるから」
「ふ、イケメンちゃんは触っちゃったんだ? 何か鼻にツンとする匂いがするな」
「待って二人とも、何か居る!」
京香が叫んで柄の先をある方角へ向けた。そこには蠢 く二つの影が有った。
『ギャギャギャギャギャ!』
餓鬼だ。やはり昼間は校舎に潜んでいたか。世良がペティナイフのケースを外そうとしている間に、
パンパンッ、パンパンッ。
水島が拳銃で二発ずつ撃ち込み、あっという間に二体の餓鬼を倒していた。
「イケメンちゃん、ケースは事前に外しておかなきゃ。銃の安全装置もね。戦場ではこれ、常識だよ?」
いつもの調子で水島は軽く言って笑った。しかし目は笑っていなかった。
職業軍人であった彼。自分達とは根本的に考え方も戦闘力も違うのだと、世良は密かに恐怖したのであった。
流石に少女達の顔が引き
「私は行きます。話を出したのは私ですから」
京香が立候補した。続いて世良も。
「私も。もう待ってるだけは嫌です。危険でも前に進みたい」
「おぉ~、性格までイケメンじゃん」
詩音と茜も挙手したが、藤宮に止められた。
「待て待て待て。最初の一回は様子見だ。大人数では行かない」
「警備隊員は全員参加ですか?」
「いや……同行するのは一人だけだ」
藤宮としては戦闘訓練を受けた隊員だけで探索したいところだが、彼らに下された命令はあくまでも、「生徒の監視と脱出の阻止」なのだ。自分達が居ない隙に生徒の誰かが学院の門を出て、外は安全だという事実を知ったら大変なことになる。
「一人だけですか……」
「ああ、残る二名は校舎の外で待機。全員が中に入っちまったら、他の場所で問題が起きた場合に対処できなくなる」
「確かにそうですね」
多岐川は納得したが、茜が不満を露わにした。
「ちょっと、一人きりじゃ大した戦力にならないじゃない! そんなんで生徒を護れるの!?」
「だから少人数で行くんだ。警備隊員一名に、生徒二名で班を作ろう。それ以上は駄目だ」
「誰が行きます?」
「生徒は先に立候補したそこの二人」
藤宮に視線を定められ、世良と京香が頷いた。
「お姉様……」
「大丈夫だよコトリちゃん。そんなに奥まで行かないし、長く居座る訳でもない。必ず戻ってくるよ」
「そうだな。探索時間は最大で一時間と決めておこう。参加警備員は俺……」
「はいはーい、僕が行きまーす!!」
藤宮の発言に水島が被せた。
「
「おい水島……。まずは俺が探ってくるからおまえは待ってろ。何が有るか判らねぇ所へ部下は派遣できねぇんだよ」
「でもお嬢さん達は行くんでしょう?」
「彼女達は俺が護るから」
「二人を護るくらいなら僕にだってできますよ。それにね、隊長のあなたに何か遭ったら大変でしょう?」
「だがな……」
「隊長」
多岐川が水島を後押しした。
「彼の言う通りです。あなたを失ったら現場は混乱します。それに水島の身体能力の高さはずば抜けていますから、大抵の事態に対処できるでしょう」
「………………」
渋い表情で藤宮は決断した。
「了解だ。一回目の探索には水島、おまえが行け」
「はい! さっそく出撃準備しなくちゃ。くっさいブーツ履こうっと」
まるで遠足前の児童のように、楽しそうに準備を始めた水島へ皆は呆れた目を向けた。
☆☆☆
「準備はいい? イケメンちゃんにお姫様」
校舎の南玄関前に水島、世良、京香が揃っていた。他の生徒達は寮に留まることになり、藤宮と多岐川も彼女達の護衛役として寮に残った。
京香は水島によってされた、自分に対する呼称に首を傾げた。
「何でお姫様?」
「髪型がそれっぽいじゃん。昔のお姫様カット」
「昔……。高月さん、私のこの髪型、古臭いかしら?」
「え、いや、素敵だと思うよ……?」
「武器もそれっぽいしさ」
薙刀が得意な京香は、モップ部分を取り外した長い
「イケメンちゃんはナイフ?」
「はい。料理包丁だと抜き身の状態で危ないので、ケースが付いていたペティナイフにしました」
「それじゃあ小さくない? 武器にするならこれくらい持たなきゃ」
水島は自分の腰に携帯しているサバイバルナイフを指し示した。
「ペティナイフでも餓鬼程度なら倒せますよ? 現に先輩はコレでめった刺しにしていましたから」
「怖」
笑って水島は校舎を見据えた。
「さ、行きますか」
先頭に立って歩く彼に二人の少女は続いた。明るい
しかし水島によって開けられた扉の横を過ぎ、玄関に足を一歩踏み入れた途端に、得体の知れない不快感が全身を突き抜けた。
「……何だ、コレ」
お調子者の水島も異変を肌で感じたようだ。真顔になっていた。
「スゲェじゃん、確かに何か有るな、ここ」
昼間だったが、電気が点いていない校舎は薄暗かった。扉や窓のガラスが何故か遮光しており、中まで日光が届いていない状態だった。
それでも薄暗い程度で済んでいるのは前に見た時と同じ、校舎の壁や床がほのかに発光しているおかげだ。
「マジでこれ樹の根か? どうなってんだよ」
ツタのように壁に張り付いている樹の根を水島は観察した。
「あ、ソレ触らない方がいいですよ。ネトネトした粘液がなかなか取れなくなるから」
「ふ、イケメンちゃんは触っちゃったんだ? 何か鼻にツンとする匂いがするな」
「待って二人とも、何か居る!」
京香が叫んで柄の先をある方角へ向けた。そこには
『ギャギャギャギャギャ!』
餓鬼だ。やはり昼間は校舎に潜んでいたか。世良がペティナイフのケースを外そうとしている間に、
パンパンッ、パンパンッ。
水島が拳銃で二発ずつ撃ち込み、あっという間に二体の餓鬼を倒していた。
「イケメンちゃん、ケースは事前に外しておかなきゃ。銃の安全装置もね。戦場ではこれ、常識だよ?」
いつもの調子で水島は軽く言って笑った。しかし目は笑っていなかった。
職業軍人であった彼。自分達とは根本的に考え方も戦闘力も違うのだと、世良は密かに恐怖したのであった。