壊された信頼(三)

文字数 2,148文字

「服の破れ方から見て、床に倒れている生徒は刃物で何度も突かれたのだと思われます」

 身を屈めて床の死体を観察した多岐川が見解を述べた。藤宮は眉間の(しわ)を濃くした。

「刃物ねぇ……。ベッドのお嬢ちゃんが握っているコレが凶器なのか?」
「え~じゃあ、こっちのコがそっちのコを刺したってことですか~? んでもってその後に自分の首を搔き切って自殺~?」
「そんな……そんなこと」

 少女達との生前の思い出。そして現在の無残な死。世良は頭の中がグルグル回って眩暈(めまい)を起こした。足をもつれさせた彼女を支えたのは藤宮だった。

「高月、そのまま俺にもたれてろ」
「す、すみません……」

 世良は言葉に甘えて、自分の体重の何割かを藤宮へ預けた。

「……包丁を持っている方が新海ナナミですが、そんなことをするコではありません。一年生の時は同じクラスだったんですが、とても前向きで明るい性格だったんです……」
「今は化け物が出現する非常事態だ。身近な級友が命を落として、鬱状態になってしまったのかもしれないぞ?」
「それでもあのコが……、ナナミが人を殺したなんて信じられない……!」

 世良の記憶の中のナナミはいつも朗らかに笑っていた。トラブルで傷つくことも有ったが、次の日にはケロッと笑顔に戻っていた。「我慢せずに、嫌なことが有ったら思い切り泣いて吹っ切る」。それがナナミの口癖だった。

「高月さんの言う通りです。おそらく新海さんも殺害されている」

 ベッドの方の検分に移った多岐川が意見した。

「新海さんの手首、あと口の付近にうっすらと痕が残っています」

 言われて他の者も見てみると、確かにナナミの肌には赤紫に変色している部分が存在した。

「これは……縛られたのか?」
「ええ。声を上げないように、口にも猿ぐつわをかませたんでしょうね。何者かが彼女達を拘束して殺害。その後に縄を解き、刃物を握らせたんです」
「おいおい。前のコと同じパターンじゃんか」

 水島が言った「前のコ」とは岡部佳のことだ。彼女も何者かによって殺害された後に、自殺に見えるように偽装されていた。
 そして事件は警備隊員達が一階にいる間に起きていた。つまり生徒の誰かによって行われた犯行だった。

「何でっ……」

 赤い眼をした世良は声を振り絞った。

「何でこんなことになるんですか。ちょっと前まで、私達普通に学院生活を送っていたんですよ!?
「高月……」

 球技大会で黄色い声援を浴びせられて頭と耳が痛かったが、あれは贅沢な悩みだったんだと世良は思い知った。いくらでも自分を王子様扱いして騒げばいい。こんな酷い事件が起きるよりよっぽどマシだ。

「化け物が出て大変だってのに……、どうして生徒同士で殺人が起こるんですか……。今こそみんなで助け合わなくちゃならないのに……」
「そう思うイケメンちゃんみたいなコも居れば、思わないコも居るってことだよ」

 真顔になった水島が世良を(さと)した。

「混乱に便乗して嫌いな人間を殺しちゃおうって考える、サイコパスが生徒の中に紛れているのかもしれない」
「そんな……」
「今のはただの例えだよ。犯人が何を考えているかなんて僕には解らない。ただ間違い無いことは、人殺しが生徒の中に居るってことだ」
「………………」
「僕は陸自で言われたよ、常に最悪の事態を想定して動けって。その通りだね」

 水島は、藤宮へ寄り掛かる世良の前髪に指で触れた。

「生き残りたかったらね、友達も疑わなきゃ駄目なんだ。みんながみんな、キミみたいな助け合い精神を持っていると思ったら足元をすくわれるよ?」

 世良はゾッとした。学院の生徒全員と仲が良い訳ではない。それでも同じ学院に通う生徒同士、仲間という意識を持っていた。信頼していたのだ。
 それを事件によって否定されてしまった。

「これに関しては水島が正しいです。酷なことを言いますが、親しい相手にも完全に心を許してはいけません。警戒心を持って接して下さい。……それがあなたを護ることに繋がります」

 多岐川も同調した。見上げた先の藤宮も頷いた。残酷な現実に意識が遠くなりかけたが、世良は歯を食いしばって受け入れた。
 餓鬼を殺したあの晩、彼女は戦うと決めたのだ。

「しかし前回もそうだったが、偽装工作が雑じゃないか? すぐに自殺じゃないと見抜かれている」
「時間が無かったのか、それとも……」

 多岐川は中指で下がった眼鏡の位置を直した。

「わざと、かもしれません。殺人を犯してそれを隠蔽(いんぺい)するような恐ろしい人間が、生徒の中に潜んでいるのだと知らせたいのかも」
「ど、どうして、そんな……」

 怯える世良に多岐川は遠慮がちに告げた。

「……恐怖心を(あお)る為にです。誰にも見つからずに殺人を遂行できる人物ならもっと上手く……、そうですね、事故に見せかけて殺すことも可能だったはず。それをこんな、目立つやり方を選ぶとなると……」
「故意に惨劇を観客に見せつけているようだな」
「そうなんです」

 世良は無理だったが、警備隊員達は改めて室内を見回した。
 飛び散る血。何度も刺された少女。絶命後に凶器を持たされた少女。これら全てが舞台装置なのだろうか。

「イケメンちゃん、気をつけなよ? 犯人が挑発している相手は僕達じゃなく、きっとキミ達生徒だろうから」

 水島の放った言葉が世良に重くのしかかった。
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