朝日の中で広がる闇(二)

文字数 2,529文字

☆☆☆


 騒いでいた四名の上級生、そして世良と水島はレクレーションルームで待機しているよう、警備隊長の藤沢に指示された。
 杏奈の様子を見に先に一階へ降りていた小鳥は、水島に肩を抱かれて座る世良を見て驚いた。二人を引き離したかったが、世良の憔悴した顔を見てやめた。世良は酷く落ち込んでおり、誰かにもたれ掛かりたいのだろうと小鳥は察したのだ。その相手が自分でなかったことは哀しかったが。
 詩音に詰め寄っていた茜は一応落ち着きを取り戻したようだが、それでも詩音を睨み続けていた。

「待たせたな」

 藤宮と多岐川がレクレーションルームへ入ってきた。両名は島田芽亜理の死体をグラウンドの桜の樹の下へ運びに行ったのだ。

「お疲れ様です~。前に運んだ分はどうなりました?」
「……消えていたよ。綺麗さっぱりとな」
「また餓鬼に喰われたんか!」

 吐き捨てた花蓮へ、ぼんやりとした表情で世良がボソリと言った。

「……ひょっとしたら、迷宮で倒した化け物のように吸収されたのかも……」
「え、吸収って何にさ!? 何の為に!?
「雫姫……? 迷宮を造って維持するには凄いパワーが必要なんじゃないでしょうか。その為に……?」
「何だよソレ! みんなの死体が雫姫の養分にされたって言うのかよ!?
「判らない……ですけど」
「それは有り得るかもしれません」

 多岐川が世良の意見を後押しした。

「食べられたにしては、跡形も無くなっていることを不自然に思っていました。骨の一片、服の切れ端すら残っていないのですよ?」
「それは……確かに」

 だが例えそうだとしても、腐敗してしまう死体を寮に置いておく訳にはいかなかった。遺体はゴミのように気軽に回収してもえらる代物でもない。
 暗い表情をした皆の背後、レクレーションルームの廊下を六人の生徒が通り過ぎようとしていた。

「おまえさん達、何処へ行くんだ?」

 気づいた藤宮が声を掛けた。六人の生徒達はそれぞれ大きなバッグを持っていた。

「寮を出ていくんです!」
「こんな所に居られません!」

 三回も殺人事件が起きて、もう噂レベルで収めることができなくなっていた。

「学院の外は危険だぞ?」
「ここだって危険でしょう!?
「同じ危険なら家に帰りたい! パパとママに会いたい!!

 聞く耳を持たず、帰り支度をした生徒達は玄関方面へ行った。

「隊長、あのまま行かせて良いのですか?」
「門は固く閉ざされている。あの子達だけでは外に出られんさ」

 学院は頑丈で高い門と塀に囲まれている。防犯上の為と生徒達は入学時に説明を受けたが、実は中の生徒を外へ出さない為の対策だった。そして物資の補充で警備室の職員が訪れる時以外は、門は外側から鍵が掛けられている。
 生徒の監視を命じられている藤宮は、昼間の内に自身の足と目で敷地内を見て回り、道具を使わない人間の身体能力だけでは脱出不可能だと結論づけていた。

「俺達が今するべきことは寮内の治安回復だ。殺人を起こしている犯人を特定しなくちゃならん」

 藤宮の低い声に、犯人を知っている詩音は肝が冷えた。

「そんなの、コイツに決まってるじゃない!」

 茜に指を差されて、今度こそ詩音はビクッと震えた。

「なんでシオンがそんなことするんだよ?」
「ライバルを減らす為よ! それしか無いじゃない!!
「ライバルって何のことだ?」
「雫姫に指名される確率を増やそうと……」

 そこまで言って茜はハッとして口を(つぐ)んだ。つい激昂して余計なことを言ってしまった。しかし時既に遅し。花蓮が茜の失言を問い質した。

「雫姫に指名って何だよ」
「………………」
「おまえ、迷宮も雫姫が造ったものだってすぐに言い当てたよな? 事前に知ってたみたいに」
「そ、そりゃ。雫姫は学院が祀る神様だもの。多少の前知識は有るよ。不真面目なアンタは、礼拝の講話を真面目に聞いてなかったから知らなかったんでしょ」

 奏子が口を挟んだ。

「……私は講話を毎回ちゃんと聞いていたけど、雫姫と迷宮についての逸話を聞いた覚えが無いわ」
「………………」
「桐生おまえ、隠してることが有んだろ? 雫姫か異変について」
「………………」
「言えよ!! 人が死んでんだぞ! 指名って何だ!」

 茜は唇を噛んだ。その様子を水島は冷めた目で見つめていた。

(あ~あ、桐生のお嬢様は経営者に必要な腹芸ができない人なんだなぁ。これじゃ、お兄様に見捨てられる日も近いかもね)

 皆の冷たい視線に(あらが)えず、茜は雫姫についてポツポツ語り出した。
 異変は土地神である雫姫の力が衰えた為に起きた現象。雫姫の後継者が指名されれば、その少女が新しい雫姫として異変を収めること。
 多少にニュアンスは違ったが、警備隊員達は昨日室長の立川から聞いた話を復習することになった。

「雫姫に指名された少女は平和と富をもたらす者として、生き神様レベルで崇められるの。だからシオンは自分がなりたくて、ライバルとなる少女達を減らそうとしてんのよ」

 全員の視線が詩音に集中した。泣きそうな顔をした詩音へ世良は確認した。

「桐生先輩の言ったことは本当なんですか? ……先輩?」
「ち、違う。確かに母から雫姫の後継者を目指すように言われてる。でも私は誰も殺してない……!」
「じゃあ手下にやらせたんでしょ? 自分の手を汚さない、臆病なアンタらしい卑怯な手段よね」

 蔑む茜に花蓮が突っかかった。 

「ちょっと待てよ桐生。おまえの持論でいったらおまえだって怪しいじゃんか」
「はぁ!? 私はそんな姑息な手は使わないよ! アンタのことだって迷宮で助けてあげたでしょ!?

(助けたのはこういう時に味方に付ける為だったんだから、ちゃんと私を擁護しなさいよ馬鹿)

「それについては感謝してる。でもあたしは雫姫の後継者候補じゃないんだから、助けようが助けまいが関係無いだろ?」

 フッと茜は笑った。

「アンタも候補なんだよ、江崎。雫姫は自分の傍に居て、相応しいと思う少女を指名するの。身分や血縁の関係無しでね。だから今学園に居る生徒全員が候補者なんだよ」
「マジかよ……」
「でも私はアンタを助けた。詩音と違って正々堂々勝負をしたかったからね」

 雫姫の指名制度について初めて聞いた世良と花蓮、小鳥に杏奈は目を丸くした。奏子だけは無表情だった。
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