6月6日の迷宮(五)

文字数 2,573文字

 花蓮と京香は起き上がったものの、両者とも苦痛に顔を歪めて小さく呻いた。世良が花蓮に、小鳥が京香に肩を貸した。

「打撲が酷そうだな。今日は猿が居た部屋を調べて、それで(しま)いにして寮へ戻ろう」

 藤宮の提案に皆は頷いた。

「げ。一本折れちゃってる」

 猿に刺さっていた矢は猿の身体が消滅したことで床に落ちた。それを回収した茜が嘆いた。

「あんまり数が無いってのに。私もお父様に、弾丸みたいに矢の補充を頼まないとかしら」
「そっスね~。飛び道具は強力な武器だけど、消耗品でもあるのであんまり気前良く撃っちゃ駄目ですよ?」
「バカすか撃ってたアンタには言われたくない」

 茜と水島は皆からやや遅れて、戸が壊されて開放されている部屋へ入った。

「おお……」

 改めて室内を見回した水島が感嘆の声を漏らした。

「ここってもしかして宝物室(ほうもつしつ)?」

 古い時代の屋敷風な室内。板張りの床には大小様々なつづら、行李(こうり)が無造作に置かれており、箱からは色とりどりの模様が描かれた布がはみ出していた。

「やっべ、テンション上がる。アイテムゲットはダンジョン系RPGのお約束だからなぁ」

 水島だけではなく、室内に居た全員が多少なりと興奮していた。宝箱との対面は、大仕事を終えた後のご褒美のように感じられた。

「やだ、これって相当な値打ちものなんじゃないの? もっと保存状態が良ければ高値がついたはずよ? 猿が乱暴に扱ったの?」

 茜は着物の一つを手に取って感想を述べた。それは唐衣(からぎぬ)であり確かに値が張るものだったが、残念ながら所々に穴が空いていて、(すそ)もボロボロにほつれていた。
 細工が見事な(かんざし)や優美な扇も入っていたが、そちらも同様に傷付けられていた。

「あの猿……!」

 花蓮が舌打ちした。

「アイツ、あたしを押し倒して犯そうとしやがった」
「え、マジで? 僕や隊長に銃を向けられてる状況で?」

 卑猥(ひわい)な話題が大好きな水島が即座に食い付いた。

「マジだよ。アイツの下半身固くなってたから」

 小鳥が顔を赤らめたが、彼女に肩を借りる京香は花蓮に賛同した。

「私に覆い被さってきた奴もそうだったわ」
「ワオ。お猿さんてばエロいなぁ。すっげ、命よりもそっちが大切なんか。イケメンちゃんを犯そうとした触手の化け物もそうだけど、この迷宮ってエロい魔物が多くねぇ? レーティング18かってくらい。奴らも雫姫が平安時代から呼んだんかな?」

 藤宮も議論に参加した。

「平安は現代に比べて、性に対してかなり奔放(ほんぽう)な時代だったらしいな。貴族も庶民も夜這いが当たり前だったそうだし。娯楽が少なかったってのもあるだろうが」
「その平安時代の化け物だからエッチなのかぁ」
「化け物も、基本的な部分は私達と一緒なんですね」

 世良の発言に一同はギョッとした。

「ちょっと高月、猿と私達を一緒にしないでよ!」
「だって人間の本能でもあるでしょう? 食べることと、子孫を残すことは」
「あ……、それは……」

 茜は世良に言い負かされ、水島はククッと笑った。

「そうだねぇ。アイツらを人間だと思えば対処も楽になるかもねぇ」
「いや、人間だと思うと殺しにくくなりますよ。自分で言い出しておいて何ですが」
「ハハッ、イケメンちゃんてば面倒くせぇな!」

 二人のやり取りを見て小鳥は不快になった。

(あの水島って人、絶対お姉様に気が有るよね。いっつも絡んでくるもん。……何とかして離さなきゃ)

 事実水島は世良を気に入っていた。世良は水島の周りには居ないタイプの女性だった。
 これまで水島が関わってきた女達は、彼の容姿の良さに媚びるか、彼の猟奇性を怖がるかのどちらかだった。マイペースで毅然(きぜん)とした態度を取る世良。水島は彼女にイラつくと同時に、振り向かせてみたいという支配欲を搔き立てられていた。

(アンナちゃんは可愛いし便利なんだけどね……、簡単に言うことを聞く女ってつまんねぇんだよな。やっぱ獲物は手強くなきゃ。ハントした時の達成感が無いとさ)

 大きなつづらの中を掻き回していた藤宮が声を上げた。

「お、これは比較的状態が良さそうだな」

 藤宮が手に持っていたのは(さや)に入った長太刀であった。彼は握り部分を右手で持ち、左手の鞘からゆっくり刀を引き抜いた。
 スラリ。刀身が光を反射して輝いた。

(さび)も刃こぼれも無い。これ、使えそうだ」
「綺麗……」

 抜き身の刀に目を奪われた世良へ、水島はわざとらしい溜め息を吐いた。

「イケメンちゃんってば着物や装飾品をスルーして刀? 自分が女のコだって忘れてない?」
「忘れてないですよ。女である自分を捨ててもいません」

 水島にとって意外な答えが世良から返ってきた。

「あれ? そうなん?」
「はい。ファッション誌で服のコーディネートとか見るの好きですよ? コトリちゃんが付けてる髪飾りも、私には似合わないけど可愛いって思うし。でも今私達に必要なのは、ワンピースでも着物でもないですよね?」

 真っ直ぐな瞳で言われて水島は言葉に詰まった。刀を鞘に戻した藤宮が笑って言った。

「おまえが口で負けるとは珍しいな水島。お嬢ちゃん、こいつが欲しいかい?」
「欲しいです。使ってるナイフのリーチが短いので」
「そうか。少し重みが有るが、アンタなら使いこなせるだろう」

 藤宮は太刀を世良に渡した。

「真剣だから気をつけろ。鞘に付いている紐を一緒に握って……そうだ、その状態で軽く振ってみろ。すっぽ抜けないようにな」

 世良は鞘に入れたまま、太刀を両手で握って斜め横へ降った。ヒュンっと風を切る音がした。

「重いか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか。ならその刀はおまえさんが使うといい」
「え? 年代物よ? 売らないの!?

 茜が金持ちのお嬢様らしからぬセコい抗議をしたが、藤宮は一笑に()した。

「そこのお嬢ちゃんが良いことを言ったぞ? 今必要なのは綺麗な着物じゃないってな。この刀はお宝ではなく、武器として使った方がよっぽどいい」
「藤宮隊長、私のことはお嬢ちゃんではなく、どうぞ高月と呼び捨てにして下さい」
「了解だ。これからも宜しくな、高月」

 世良は藤宮に認められ、強力な武器を任されたので上機嫌だった。そして藤宮はそんな世良を気に入ったようだ。
 二人が少し距離を縮めたことが、世良を気に掛ける水島には面白くなかった。

 6日6日。この日に本格的に始まった迷宮探索は、対人関係を大きく動かす切っ掛けとなるのだった。
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