似た者同士

文字数 2,599文字

 レクレーションルームを離れた世良は自室へ戻ってきていた。扉を閉める前にピッタリくっ付いていた水島に入り込まれた。

「あの……独りにしてくれませんか?」
「独りになって泣く気だろ?」

 図星だった。詩音や茜が犯人かどうかはまだ判らないが、二人の身勝手さに世良は感情が爆発しそうだった。
 世良だって化け物は怖い。今後のことが心配で中々寝つけない夜も有った。それでも疲れた身体に鞭を打って頑張ってきたのは、学院内に平和を取り戻したいという一心からだった。一緒に迷宮に潜った仲間達はみんな同じ想いだと思っていた。

(あの二人は自分を雫姫にアピールする為に行動していたんだ。他の生徒のことをライバルとしてしか見ていなかったんだ……)

 泣きたい。泣くことはストレス発散に良いと以前セラピストに教えてもらった。泣いて、内でモヤモヤしたこの気持ちを外へ出してしまいたい。

「泣くと解っているなら余計に出て行ってもらえませんか?」
「ヤダ。あのねセラ、落ち込んでる時は誰かと一緒に居た方がいいんだよ。独りで居ると暗い考えばかり浮かんじゃうからね」

 一理有る気がした。しかし言っているのはセクハラ魔王水島だ。世良は警戒モードに入った。

「……えっちなことをするつもりじゃないですか?」

 ぶはっと水島は噴き出した。

「アンタいっつもストレートだな。安心しな。いつアンナちゃんやピーピー女が戻ってくるか判らない状況で、流石の僕も手を出そうとは思わないよ」

 それもそうかと世良は警戒を半分くらい解いた。ピーピー女とは小鳥のことだろうか?

「僕は早漏じゃないからね。Hの時は時間を多く取りたいワケ」

 ……いつも一言多いんだよなこのセクハラ野郎は。良いことを言っても全て台無しになる。
 世良はベッドに腰掛けた。当たり前のように水島が隣りに腰掛ける。体格の良い男の重みでベッドが大きく軋んだ。

「……私、理解できないんです。桐生先輩も桜木先輩もお金持ちで親も居て、それでどうして更に、生き神様の地位なんて望むんでしょうか? 今だって充分に良い暮らしができてるでしょうに」
「幸せの基準は、人それぞれだからね。セラは以前、食べて眠れる場所が在って、健康な身体も有るから幸せだって言ったけど、人によってはそれで満足できない奴も居るんだよ。もっと欲しい、人から奪ってでも欲しいってね」
「そんな……」
「僕はセラのことが少し心配だ。欲に振り回されないキミはとても綺麗だけど、同時に願うことを諦めてしまったんじゃないかって」

 世良はドキリとした。その通りだったのだ。彼女も幼い頃は両親の愛に飢えていた。新しいランドセルや学用品が欲しかった。でも願いは叶わなかった。
 今の自分は生きているだけで幸せなんだと、思い込もうとしているだけなのかもしれない。

「……正直に言って、当たっているかもしれません。コハルさんは、どうしてそんな風に思ったんですか?」
「ん~、僕も持たざる者だったからさ。ガキの頃は欲しい物だらけだったよ。一番は親の愛だな。決して手に入らなかったけど」
「え? コハルさんもご両親がいらっしゃらないんですか?」
「死んだのは僕が小学校中学年の頃だけどね。生きてる間もほとんど会えなかった。二人とも医師でさ、医療技術が遅れている発展途上国へ支援に行ってたんだ。僕は両親と離れてずっと、日本の叔父夫婦の家で暮らしていた」

 意外だった。自信に溢れている水島が持たざる者だったなんて。

「二人ともお医者さん……凄いですね」

 水島は遠い目をした。

「そうだね。(はた)から見たら立派な両親だと思うよ。何度も新聞や雑誌に取り上げられたし。でも僕は、普通でいいから僕の(そば)に居て僕を見てくれる両親が欲しかったよ」
「……………………」
「それにね、家庭を犠牲にしてまで他国の医療技術向上に尽くしたってのに、両親は現地で強盗に殺されたんだ。鈍器で殴られて頭がグチャグチャだったってさ」
「!…………」

 話しながら水島は世良を観察していた。自分の本性を話したらこのコはどう反応するだろう? 同情して憐れむだろうか、それとも拒絶するのだろうか。

「ご両親が亡くなった後、叔父さん夫婦はあなたによくしてくれましたか?」
「いいや? 元々両親の仕送り金目当てで僕の面倒を見ていた奴らだからね。仕送りが途切れてからは明らかに邪魔者扱いだよ。小学校の頃は痕が残らないように殴る蹴るされたし、食事を抜かれることも何度か有った。おまけに両親が僕に残した遺産を横領していやがった。だからさ……」

 水島は世良を見つめた。そして過去を告白した。

「成長期に入ってお互いの体格差が逆転した時、僕は叔父をボコボコにしたんだよ。その時の怪我が元で、叔父は一生車椅子生活さ」
「……………………」

 世良は以前の水島の態度を思い出していた。

「そうか……。だから親戚に拒否されて、施設で育った私の過去にコハルさんは強く反応したんですね」
「うん。自分とちょっと重なった」

 水島は苦笑して尋ねた。

「セラ、僕を狂人だと思う?」
「はい時々は。でも叔父さんの件に関しては思いません」
「…………え?」

 水島は世良の瞳を覗いた。いつも通り、曇りのない力強い瞳だ。

「コハルさんは自分の身体と自尊心を護る為に戦ったんです」
「!……」
「そもそも種を蒔いたのは叔父さんの方でしょう? やり返されるのが嫌なら、最初からあなたを攻撃しなければ良かったんです」

 水島の心臓がドクンと跳ね上がった。

(思った通りだ。世良は僕を解ってくれる。僕達は似た者同士だから)

 水島は世良へ熱い視線を向けた。世良はまた警戒を強めたが、予想に反して水島は世良に触れてこなかった。結果、二人はしばらく無言で見つめ合うことになった。

 その数分後にドアノブが回り、ルームメイトが帰ってきたことを知らせた。

「……タイムアップだ。後はあの二人に慰めてもらってね」

 微かに笑って水島はベッドから立ち上がった。そして部屋へ入ってきた杏奈や小鳥と入れ替わりに出ていった。

(……えっちなこと、されなかったな)

 それでいいはずなのだが世良はいささか拍子抜けしていた。

「お、お姉様。大丈夫ですか……?」

 小鳥の質問は貞操への心配なのか、それとも詩音と茜に対するわだかまりの気持ちに対してなのか。判別がつかなかったが、世良は笑顔で答えた。

「大丈夫だよ」

 もう泣きたいという気持ちは無くなっていた。
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