浴衣姿の姉妹(一)
文字数 2,374文字
白生地で小花模様の浴衣の裾 を翻 して、五月雨百合弥 は二体の餓鬼へ向かって疾走した。左右の手にはクナイと呼ばれる特殊な形状をした短刀が握られている。
『グギャッ!?』
餓鬼が彼女に気づいて反応するよりも早く、百合弥は右手のクナイで一体目の首を掻き切り、左手のクナイは投げ付け、残る一体の餓鬼の脳天へと直撃させた。
即死攻撃を受けた餓鬼二体はすぐに塵化した。
「ユリヤ、返り血を浴びないで下さいね。貴女の浴衣に赤い色は目立ちますから」
一仕事終えた百合弥に声を掛ける少女が居た。紺の生地の浴衣を着て、濡れたような黒髪のおかっぱ頭、色白な肌。日本人形のような彼女は五月雨美里弥 。百合弥の姉であった。
「大丈夫よ、お姉様。血を浴びても化け物と一緒に消えるから」
返した百合弥も浴衣以外は美里弥にそっくりだった。姉妹は一卵性双生児としてこの世に生を受けた。今は私立桜妃女学院の二学年に在籍している。
「ナナミの首を斬った時も汚さなかったでしょう?」
百合弥は怪しく微笑んで続けた。
「お姉様こそ、カオルを殺した時に血を浴びていたじゃないの。あんなにめった刺しにしなくても良かったのに」
「警告したのですよ、他の理事の手駒達にね。私達には勝てない、さっさとゲームから降りるようにと」
新海ナナミと道重カオル、そして岡部佳を殺害したのはこの姉妹だったのだ。
現在姉妹が居る場所は学院の校舎三階。時刻は15時45分。警備隊員達が寮で起きた殺人事件の処置に当たっている隙に、姉妹はこっそり迷宮へ忍び込んでいた。
「でもお姉様、我らがお嬢様と桐生アカネ以外の生徒達は、自分達がゲームに参加させられていることを知らないんじゃないかな? 彼女達は地震の時も化け物が襲ってきた時も、アタフタするだけだったよ?」
「そうですね。と言うよりも理事達すら異変が起きることに半信半疑だったのでしょう。百年に一度のことですから。だから手駒は用意したものの、詳しい説明までには至らなかったのだと思います。貴女だって化け物を自分の目で見るまでは、雫姫伝説を御伽噺 のように感じていませんでしたか?」
「まぁね。御庭番として訓練を積んでいたから今戦えているけど、元々私達のこの技は、主君である桜木家を外敵から守る為のものだもんね」
浴衣を部屋着として愛用する双子姉妹は、桜木家に代々仕える隠密一族の出だった。詩音の母が学院に潜り込ませた優秀な切り札である。
「みんな驚くでしょうね。生徒は全員、誰かしら理事の息が掛かっている手駒だと知ったら」
現在学院に在学している生徒達は百年目の異変に合わせて、意図的に全国から集められてきた者達だ。ほとんどが貧しい家庭の子供や、親にネグレクトされて育った子供達である。
劣悪な家庭環境を友達に知られたくなくて、生徒の大半は口を噤 んでいるが、在学生の実に九割が奨学金受給者だったりする。
死を迎えても騒ぐ遺族が少ない、そういった少女を理事達は求め、奨学金を餌に学院へ呼び寄せたのだ。
「神谷ソウコと高月セラには要注意ですよ? 二人とも身体能力が高いですから」
「解ってる。それにしても寮長の家は別に貧乏じゃないでしょ? 親はよく娘を桜妃に通わせたものね?」
「彼女の親は木島 理事と親交が有るそうです。神谷の家には後を継ぐ息子が三人もおりますから、娘を使って木島理事に恩を売ろうとしているのでしょう」
学院を運営している理事は、関谷、桜木、桐生、式守、木島の五名。生前の雫姫に家臣として仕えていた者達の子孫だ。
「寮長も親に売られて可哀想に。ま、雫姫に選ばれたら生き神様として大切にされるけど」
百合弥は口角を上げた。
「ねぇお姉様、雫姫に指名されるチャンスは私達にも有るのよね?」
「ええ」
「私かお姉様が選ばれたら下剋上になるね。もっとも、シオンお嬢様は最初から期待されてないみたいだけど」
「……あまり調子に乗ってはいけませんよ、ユリヤ。私達の任務は他の理事の手駒を排除することと、迷宮の秘密を探ることです」
「解ってる。でもこのままじゃ私達、誰かの尻拭いをして一生を送ることになるのよ?」
「………………」
「雫姫になれたら、今度は私達が命令できる立場になれるのよ? それって最高じゃない?」
「そうですね。でもライバルはあと百五十人ほど居ますよ?」
「だから数を減らしてるんじゃない」
「一応味方ということで、桜木陣営の生徒には手を出せません。二十人は居ます」
表情筋によって、百合弥の口角が更に引き上げられた。
「これまで通り、殺した後に偽装すればいいじゃない。お姉様、騙すのは私達の得意技でしょ。事故、自殺、ああ他陣営の奴に殺されたように見せかけるのもいいね」
「……それについては、寮へ戻ってから話し合いましょう。今は迷宮の探索を優先させないと。時間があまり有りません」
「うん。邪魔な警備隊員が居ない間にいろいろと調べておかないとね」
「時間短縮の為に別行動を取りましょう。私はこちら側から回ります」
「OK。じゃあ私は反対側から回るから、あの辺りで落ち合おうね」
腕に自信の有るくノ一姉妹は左右に別れて、単独で探索を開始した。
ガラッ。
百合弥は最初に扉を開けた部屋を見て苦笑した。そこは体育館に隣接していたはずの体育倉庫で、マットやボールがしまわれていた。
「三階にコレが来るとはね」
ふと、跳び箱の陰に白い物体が動いた気がした。百合弥はクナイを握る両手に力を込めて、跳び箱へと近付いた。
「!」
跳び箱の裏には白い毛を全身に生やした、二メートル以上有りそうな猿が座っていた。まだ餓鬼以外の化け物を知らなかった百合弥は面食らったが、すぐに戦いの構えを取った。
桜木の邪魔となる者は全て排除せよ。そう教えられて育てられた。
そして今は自分が雫姫になるという野心を持って、百合弥は目の前の敵と対峙した。
『グギャッ!?』
餓鬼が彼女に気づいて反応するよりも早く、百合弥は右手のクナイで一体目の首を掻き切り、左手のクナイは投げ付け、残る一体の餓鬼の脳天へと直撃させた。
即死攻撃を受けた餓鬼二体はすぐに塵化した。
「ユリヤ、返り血を浴びないで下さいね。貴女の浴衣に赤い色は目立ちますから」
一仕事終えた百合弥に声を掛ける少女が居た。紺の生地の浴衣を着て、濡れたような黒髪のおかっぱ頭、色白な肌。日本人形のような彼女は五月雨
「大丈夫よ、お姉様。血を浴びても化け物と一緒に消えるから」
返した百合弥も浴衣以外は美里弥にそっくりだった。姉妹は一卵性双生児としてこの世に生を受けた。今は私立桜妃女学院の二学年に在籍している。
「ナナミの首を斬った時も汚さなかったでしょう?」
百合弥は怪しく微笑んで続けた。
「お姉様こそ、カオルを殺した時に血を浴びていたじゃないの。あんなにめった刺しにしなくても良かったのに」
「警告したのですよ、他の理事の手駒達にね。私達には勝てない、さっさとゲームから降りるようにと」
新海ナナミと道重カオル、そして岡部佳を殺害したのはこの姉妹だったのだ。
現在姉妹が居る場所は学院の校舎三階。時刻は15時45分。警備隊員達が寮で起きた殺人事件の処置に当たっている隙に、姉妹はこっそり迷宮へ忍び込んでいた。
「でもお姉様、我らがお嬢様と桐生アカネ以外の生徒達は、自分達がゲームに参加させられていることを知らないんじゃないかな? 彼女達は地震の時も化け物が襲ってきた時も、アタフタするだけだったよ?」
「そうですね。と言うよりも理事達すら異変が起きることに半信半疑だったのでしょう。百年に一度のことですから。だから手駒は用意したものの、詳しい説明までには至らなかったのだと思います。貴女だって化け物を自分の目で見るまでは、雫姫伝説を
「まぁね。御庭番として訓練を積んでいたから今戦えているけど、元々私達のこの技は、主君である桜木家を外敵から守る為のものだもんね」
浴衣を部屋着として愛用する双子姉妹は、桜木家に代々仕える隠密一族の出だった。詩音の母が学院に潜り込ませた優秀な切り札である。
「みんな驚くでしょうね。生徒は全員、誰かしら理事の息が掛かっている手駒だと知ったら」
現在学院に在学している生徒達は百年目の異変に合わせて、意図的に全国から集められてきた者達だ。ほとんどが貧しい家庭の子供や、親にネグレクトされて育った子供達である。
劣悪な家庭環境を友達に知られたくなくて、生徒の大半は口を
死を迎えても騒ぐ遺族が少ない、そういった少女を理事達は求め、奨学金を餌に学院へ呼び寄せたのだ。
「神谷ソウコと高月セラには要注意ですよ? 二人とも身体能力が高いですから」
「解ってる。それにしても寮長の家は別に貧乏じゃないでしょ? 親はよく娘を桜妃に通わせたものね?」
「彼女の親は
学院を運営している理事は、関谷、桜木、桐生、式守、木島の五名。生前の雫姫に家臣として仕えていた者達の子孫だ。
「寮長も親に売られて可哀想に。ま、雫姫に選ばれたら生き神様として大切にされるけど」
百合弥は口角を上げた。
「ねぇお姉様、雫姫に指名されるチャンスは私達にも有るのよね?」
「ええ」
「私かお姉様が選ばれたら下剋上になるね。もっとも、シオンお嬢様は最初から期待されてないみたいだけど」
「……あまり調子に乗ってはいけませんよ、ユリヤ。私達の任務は他の理事の手駒を排除することと、迷宮の秘密を探ることです」
「解ってる。でもこのままじゃ私達、誰かの尻拭いをして一生を送ることになるのよ?」
「………………」
「雫姫になれたら、今度は私達が命令できる立場になれるのよ? それって最高じゃない?」
「そうですね。でもライバルはあと百五十人ほど居ますよ?」
「だから数を減らしてるんじゃない」
「一応味方ということで、桜木陣営の生徒には手を出せません。二十人は居ます」
表情筋によって、百合弥の口角が更に引き上げられた。
「これまで通り、殺した後に偽装すればいいじゃない。お姉様、騙すのは私達の得意技でしょ。事故、自殺、ああ他陣営の奴に殺されたように見せかけるのもいいね」
「……それについては、寮へ戻ってから話し合いましょう。今は迷宮の探索を優先させないと。時間があまり有りません」
「うん。邪魔な警備隊員が居ない間にいろいろと調べておかないとね」
「時間短縮の為に別行動を取りましょう。私はこちら側から回ります」
「OK。じゃあ私は反対側から回るから、あの辺りで落ち合おうね」
腕に自信の有るくノ一姉妹は左右に別れて、単独で探索を開始した。
ガラッ。
百合弥は最初に扉を開けた部屋を見て苦笑した。そこは体育館に隣接していたはずの体育倉庫で、マットやボールがしまわれていた。
「三階にコレが来るとはね」
ふと、跳び箱の陰に白い物体が動いた気がした。百合弥はクナイを握る両手に力を込めて、跳び箱へと近付いた。
「!」
跳び箱の裏には白い毛を全身に生やした、二メートル以上有りそうな猿が座っていた。まだ餓鬼以外の化け物を知らなかった百合弥は面食らったが、すぐに戦いの構えを取った。
桜木の邪魔となる者は全て排除せよ。そう教えられて育てられた。
そして今は自分が雫姫になるという野心を持って、百合弥は目の前の敵と対峙した。