外界との交信

文字数 2,372文字

 寮母が私物を持っていってくれたおかげで、詩音と花蓮の探し物はすぐに見つかった。備え付きの家具であるチェストの一番上の引き出しに、トランシーバーらしき機械が入っていた。
 手に取った詩音が感想を漏らした。

「職員室に有った物とは違うタイプだ。周波数を合わせるつまみが無いんだけど……」

 教師から指導された機種と違っていたことに詩音は少し戸惑ったが、同じく教師から「ボタン一つで操作できる物も有る」と聞いていたことを思い出した。
 横から花蓮が心配そうに覗き込んだ。

「扱い、難しそう?」
「いえ、逆に簡単なタイプなんだと思う」

 寮母は機械オンチだった。テレビ番組の予約録画を生徒に頼むくらいに。緊急時の連絡手段として、寮母に合わせた機種を学院側が用意したのだろう。
 詩音は電源を入れ、音量を設定した。

「こっちが通話ボタンだから、たぶんこれががチャンネルボタンなんだと思う。一つしか無いから、繋がる先は(あらかじ)め設定されているんだね」
「警察か消防にチャンネルが合わせてあるのかな?」
「いえ、たぶん先生か理事の誰かだと思う」

 詩音は思った。理事の一人である自分の母親は、倫理観よりも利益を重んじる人間だ。学院で不祥事が起きたら全力で隠蔽(いんぺい)するだろう。寮母の判断のみで警察への通報を許す人ではない。

「試してみるね?」

 チャンネルボタンと思われるものをまず押した。ジジッ……という音の向こうに、はたして交信相手は居てくれるのか?
 詩音は通話ボタン押しながら呼び掛けた。

「こちら桜妃女学院、桜妃女学院。誰か居ませんか? 応答お願いします」

 そして今度は耳を傾けた。どうか誰か反応して。

「……駄目そう?」
「繋がったはずだから、近くに誰かが居ればいつか話せるよ。とにかく呼び掛け続けないと」

 詩音が二声目に挑もうとした時、トランシーバーが救いの声を拾った。

『こちら学院警備室。学院警備室です。聞こえていますか?』

 ハッキリ聞き取れたその音声に、詩音と花蓮は目を輝かせた。

「聞こえています! ああ、良かった!」

 学院警備室とは、理事会が設置した桜妃女学院専用の警護隊である。元自衛官や元警察官といった、屈強な男性隊員で構成されている。
 女子が寝泊まりしている敷地内に男を駐在させるのは好ましくないということで、学院警備室は学院を取り囲む森の外に造られた。そこから隊員達は車に乗って学院周りを警備している。

『地震の後に何度も交信を試みたのですが、通じず心配しておりました。寮母さんとは声の調子が違うようですが、あなたはどなたですか?』
「生徒会長の桜木シオンです。副寮長の江崎カレンも隣に居ます」
『シオンお嬢様でしたか、私は室長の立川(タチカワ)と申します。ご無事で何よりです』
「はい……。ですが生徒の中で死傷者が多数出てしまいました」

 地震発生時に一人、寮の外で餓鬼に襲われて四人、階段で将棋倒しとなり五人、実に一晩で十名もの女生徒が犠牲となった。

『……………………』
「地震に加えて学院内には謎の集団が入り込んでいます。彼らは凶暴で化け物のような見た目で、目に付いた生徒に襲い掛かってきます。私達は寮に引き籠もりみんな疲弊しています。理事達に報告し、一刻も早い救助をお願いします」
『……………………』
「あの……立川さん?」

 交信相手である立川はゆっくりと述べた。

『……お嬢様、落ち着いて聞いて下さい。生徒を学院の外へ救出することは困難です』
「どうしてですか?」
『地震の後、全国規模で異変が起きております。警察、消防、自衛隊は被害の大きい地域に出払っており、学院への出動は不可能でしょう』
「全国で……異変が……?」

 詩音と花蓮は顔を見合わせた。

「まさか、学院に出現した化け物としか形容できない何かが、外にも居るんですか……?」
『はい。私はまだ見ておりませんが、隊員達から報告を受けました』
「そんな……」

 学院の外もここと同じ。逃げ場を奪われた少女達は震えた。

『街の人間はパニック状態にあります。一部が暴徒化し、店を襲っていると報道されました。国民は極力外出を控えるようにとも』
「私達、どうしたらいいんですか?」
『理事会から指示を受けております。生徒達はそのまま学院内に留まるように。暴徒が居ない分、外の世界より安全だろうと理事会は判断しました』
籠城(ろうじょう)しろと……?」
『そういうことです。台所の床下収納庫には、缶詰や乾パンといった保存食が一ヶ月分備蓄されているそうです。そのまま寮に籠って外の世界が落ち着くまで(しの)いで下さい』
「でも、寮母さんが行方不明で、私達子供だけなんです。私達だけで長い間やっていくなんて無理です!」

 ずっと気丈に振る舞っていた詩音が、ついにここで弱音を吐露(とろ)した。共に学院生活を送ってきた級友や下級生の死に立ち合い、もはや精神が限界近くまで追い詰められていた。

『シオンお嬢様、どうか落ち着いて下さい』
「母と話したいです……」
『お母様は他の理事達と現在リモート会議中です。お母様と桐生理事は学院内へ、生徒を護る為に警備室の隊員を派遣するべきだと主張されました』
「母と桐生のおじ様が……?」

 理事の中で、娘が学院に在学中の二名だ。茜の父はともかく、愛されている自覚が無い詩音は母親の行動を意外に思った。

「お母様……」
『理事の中には、女子寮に男を入れて共同生活させることに難色を示す方もいらっしゃいますが、今は命が懸かった緊急時です。生徒を護るには大人の男の力が必要だと認めるでしょう。議決されたらすぐに派遣できるよう、男性隊員三名に準備をさせております』
「母もおじ様も、私達を助ける為に動いてくれているのですね?」
『もちろんです。そして我々も。どうか気を強く持って下さい』
「……はい! 頑張ります、隊員の方がいらっしゃるのを待っています!」

 詩音は力強く(こた)えて最初の交信を終えた。
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