生き残る為に(二)

文字数 2,504文字

 コンコンと部屋の扉がノックされた。杏奈が開けると、そこには清水京香が立っていた。

「私も入っていいかしら? 相談したいことが有るの」

 特に断る理由が無かったので室内の少女達は京香を受け入れた。床に脚を崩した姿勢で座った京香は皆に確認した。

「話の途中だったみたいね。あなた方は何を話していたの?」

 問われた世良は一瞬迷ったが、落ち着いている京香ならパニックに陥ることは無いだろうと判断して、岡部佳が殺害されたことを彼女にも話した。
 京香は聞き終わると、静かに口を開いた。

「学院内には何処にも安全な場所が無いようね」

 重い一言だった。だがその通りだった。寮内の安全を確保する為に餓鬼と戦ってきたのに、その寮内で人間同士の殺人が起きたのだ。
 京香の続く言葉に少女達は息を吞んだ。

「私ね、校舎を探索するべきだと思うのよ」

 意外過ぎる提案をした京香に、世良は取り敢えず尋ねるしかなかった。

「どうして? 私達は地震が起きた後に校舎へ向かって、散々な目に遭ったんだよ? そんな所へ行くなんて!」

 詩音も反論した。

「そうだよ。清水さんは知らないだろうけど校舎の中ね、廊下が長くなっていたり無いはずの階段ができていたりして、まるで迷路みたいに変わっていたの。はぐれたソーコも迷ったって言っていた。そんな所に行くなんて危険だよ」
「生徒会長は、日光に弱い餓鬼は普段何処に居ると思いますか?」

 逆に問われて詩音は「えっ?」となったが、すぐに思考に入った。

「………………。ソーコが、()が出た途端に餓鬼は校舎へ逃げ込んだって」
「ええ。きっと、校舎の中が奴らの根城なんです。むしろ、そこから化け物は湧き出したんじゃないですか? 地震の衝撃で時空の割れ目ができて、異世界と繋がってしまったとかで」

 時空の割れ目? 異世界? まるでファンタジーの設定だ。当然少女達は戸惑い、互いに顔を見合わせた。
 しかし京香を馬鹿にする者は居なかった。皆、この世に存在しないはずの餓鬼をこの目で見ているのだ。異世界を有り得ないと一蹴する訳にはいかなかった。

「……このままでは私、化け物との戦いが終わらない気がします」

 それは他の皆も漠然と感じていた不安だった。寮に籠城して襲ってくる相手を食い止める、消極的な戦法だ。相手の全体数だって判らない。事態が解決するまでにどれだけの時間が必要となるのか。

「だから私は、校舎へ行って化け物が出現する原因を突き止めるべきだと思うんです。本当に異世界に繋がる割れ目が有ったら塞ぐなりしないと」
「それはそうかもしれない……、でも」

 詩音は京香の目を見て言った。

「私達はただの女子高生だよ? そんな大それたことができると思う?」
「私達だけでは無理でしょう。でも今は、武装した男達の手を借りられます」
「警備隊員の人達……! 彼らに協力してもらえと?」
「そうです」

 化け物には物理攻撃が効いた。そして警備隊員が装備する銃は強力な飛び道具だ。

「いきなり迷宮となった校舎の奥まで行くのは無謀でしょう。でも警備隊員が同行してくれるなら、一階くらいなら探索できるのではないですか? 神谷先輩だって無事に戻ってこられたんです」
「私……校舎へもう一回行ってみたい」

 世良が乗り気になった。

「セラ?」
「アンナ、私もう待ちの戦法は嫌なんだよ。地震からずっと後手後手に回って、その結果たくさんの犠牲者を出してしまった」
「仕方が無いよ。校舎が変わったり化け物が出たり、訳が判らないことばかり起こったんだもん」
「だから、知りたい。学院で何が起きているか、どうすればいいのか。校舎を調べればそのヒントを掴めるかもしれない」
「セラ……」

 詩音は考え込んだ。自分はどうするべきだろうか。
 校舎は危険だ。白装束の女のように、きっと餓鬼以外の化け物が待ち構えている。本音を言えば行きたくない。まだ死にたくない。
 しかし母から教えられた伝承が詩音の選択肢を(せば)めた。

(この学院は雫姫の墓標として建てられた。雫姫が抑えていた百年間分の災厄が一気に溢れたから異変が起きて、校舎も迷宮に変えられてしまったんだ。清水さんの言う通り歪みが生じて……)

 ここで詩音はハッとした。

(異世界の割れ目。それはもしかして、雫姫の世界と繋がっているのでは……!)

 平安時代末期に誕生し、鎌倉時代初期に死去した雫姫。姫は百年に一度時空を歪めて、彼女を崇拝している者達の前に姿を現すのではないだろうか。詩音はそう結論付けた。

(地震は時空を歪めた時の副産物だったんだ。この推測が当たっているなら、雫姫はもう現世に出現している!)

 だがいったい何処に? 詩音はそれらしき人物を見ていない。彼女を素通りして姫は別の人物の元へ行ってしまったのか?

「ね、ねぇみんな……」

 詩音は皆を探った。

「地震の後に学院の敷地内を、知らない女性がうろついていたりしなかった?」

 余裕が無かった詩音は、ずいぶんとストレートな質問をしてしまったと恥じた。案の定みんなはキョトンとしていた。詩音は慌てて言い訳を作り出した。

「いやあの、警備隊員以外でもね、学院関係者が私達の様子を見にきてくれたらいいのにって思ったの。セラピストの先生が居たら、落ち込んでいる生徒のカウンセリングができるでしょう?」
「ああ、そうですね。警備隊員とは違う、精神的な支えとなる大人の女性が居てくれたらいいですね」

 小鳥が素直に同意した。隣の世良は暗い表情を作った。

「知らない女性と言えば……、校舎に居た白い着物の人、アレはいったい何だったんだろう。不気味な人だった」
「ああ、そうだね。幽霊みたいで怖かったよ」

 白装束の女! そうだ、あの女が居たじゃないか!!

(噓でしょう? まさか……あの人が雫姫なの……!?

 詩音は動揺した。彼女の想像上の雫姫は、神々しい美しさを持つ巫女のような女性だったのだ。前髪で顔の大半を隠し、おどろおどろしい陰の気を(まと)った白装束の女との落差が激しかった。

(……でも本当にあの女性が雫姫なら、私は彼女に会いに校舎へ行かなければならない)

 姫に次の後継者として指名されること。それが母から託された詩音の役割であるのだから。
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