6月7日の迷宮(四)
文字数 2,179文字
☆☆☆
寮へ無事に辿り着いた探索メンバーは解散となった。詩音と美里弥はすぐに自室へ引き上げていき、世良は玄関ホールに背負っていた杏奈を降ろした。
「そこで待ってて。すぐに救急箱を取ってくる」
宣言通り世良は小走りで駆けていった。救急箱は電話台の下が定位置だ。
世良の背中を見送る水島が、床に座る杏奈へ声を掛けた。
「アンナちゃんさぁ、キミはもう探索に参加しない方がいいよ。戦いに向かないって解ったでしょ?」
「………………」
「水島」
まだ玄関付近に残っていた多岐川が咎めたが、水島は頭を振った。
「意地悪で言ってるんじゃないですよ。人間には向き不向きが有るってこと。アンナちゃんは他の分野で活躍した方がいいと思うんだよなぁ」
「ああ……」
多岐川は柔らかい口調で杏奈へ言い直した。
「田町さん、水島の言うことにも一理有ると思います。あなたは寮内の清掃、引き籠もっている生徒への声掛けなど積極的にしていましたね? たとえ戦闘に参加できなくても、あなたは充分に皆の役に立っているのです」
「………………」
「どうか焦らないで下さい。脚の傷は確実に治して下さいね?」
「……はい。ありがとうございます」
多岐川は優しく親切だ。だがその優しさが杏奈にはつらかった。多岐川も結局は「杏奈に探索は向かない」と言っている。優しく遠回しに。水島のように挑発的に言ってくれたなら、負けるもんか! と対抗心を燃やせるのに。
「水島、隊長へ報告に行こう」
「うぇーい」
水島は多岐川の後を数歩追い掛けたが、すすす……と杏奈の元へ戻ってきて小声で囁いた。
「大切なこと言い忘れてたよ。僕とキミとの関係は、セラには絶対に内緒だよ?」
「水島さん……」
「あのコって潔癖っぽいじゃん? キミとのことを知ったら僕のこと嫌いになりそうだからさ」
「……セラをどうするつもりですか?」
「どうするって、僕の女にするよ」
「!…………」
やっぱり手を出すつもりだったか。杏奈は強い瞳で訴えた。
「やめて下さい。セラは大切な友達なんです。酷いことはしないで」
「酷いこと? 恋人同士になるのが酷いことなの?」
「恋人……? 暇つぶしの道具にする気じゃないんですか?」
私のように。言いそうになった言葉を杏奈は呑み込んだ。
「アハハ、迷宮探索が楽しいから暇はしてないよ。ただセラのことをもっと知りたいし、僕のことも知ってもらいたいんだ」
「それは……」
この人は世良に恋をしているのだろうか? 知り合ったばかりなのに?
杏奈は水島の顔をまじまじと見つめた。……駄目だ、本心が読めない相手だ。愛嬌たっぷりに笑っていながら、その一方で瞳は常に警戒しながら相手を観察している。
杏奈はストレートに聞いてみた。
「水島さんは、セラに恋をしているんですか?」
「判んない。それを確かめる為に付き合いたいんだよ」
そして水島は真顔で杏奈に念を押した。
「約束ね。セラに僕達のことをバラしちゃ駄目だよ? もし僕の邪魔をしたら、キミのご主人である桐生のお嬢様に言いつけて罰してもらうからね?」
脅しを掛けて水島は杏奈から離れた。
……最低の男。杏奈は憤り、そして悲しくなった。
自分は都合よく扱われているのに、水島が気を遣う世良を妬ましく思ってしまった。
(どうしてセラだけ水島さんに大切にされるの? ズルいよ……)
慌てて杏奈はたった今浮かんだ気持ちを打ち消した。自分を心配し、背負ってここまで連れてきてくれた親友に何てことを。
自分の暗い感情が情けなくて、杏奈は密かに涙を零 した。
「あれ、セラどうしたん?」
レクレーションルームに向かおうとした水島は、廊下で薬箱を両手に抱えた世良が、電話台の前で多岐川と立ち話をしているのを見つけた。
(この二人って、何気に仲が良いよな)
少し嫉妬した彼に世良が答えた。
「ここの固定電話、電話線が切られているんです。私達が外部へ連絡するのを邪魔したい誰かが居るんです。ずっとお話するのを忘れていました……」
それを多岐川に報告しただけか。プライベートな会話でなかったことに水島はホッとした。
「ああ~ホント、バッサリ切られてるね~。僕達はトランシーバーで連絡取り合ってるから気づかなかったよ」
「寮で殺人を犯している生徒の仕業でしょうか?」
世良は重々しく言った。
「……寮母さんかも。地震が起きてから姿が一切見えないんです。先輩達は何も言わないけど、寮母さんの部屋は妙に片づいてて、暮らしていた痕跡が無くなってて、何か不自然なんです」
多岐川と水島は顔を見合わせた。
「あの……何か?」
「いえ。このことは隊長に報告しておきます。高月さんは田町さんの手当をお願いします。独りで不安がっているでしょうから」
「あっ、はい!」
世良は玄関ホールの杏奈の元へ走った。
「多岐川さん……。ここで寮母やってたのって下田 さんですよね?」
下田美夏 。実は寮母は学院警備室所属の女性隊員で、水島達の同僚なのだ。
「………………。ここで起きている異変は、全て予定されたものなのだろうか。銃を装備させられた時点でおかしいとは思ったが」
「多岐川さんも、隊長から何も聞かされてないんですか?」
「隊長自身も詳しいことは知らされてないんじゃないかな。とにかく、今後のことをよく相談しないと」
多岐川と水島はレクレーションルームに入ったが、そこに隊長の藤宮の姿は無かった。
寮へ無事に辿り着いた探索メンバーは解散となった。詩音と美里弥はすぐに自室へ引き上げていき、世良は玄関ホールに背負っていた杏奈を降ろした。
「そこで待ってて。すぐに救急箱を取ってくる」
宣言通り世良は小走りで駆けていった。救急箱は電話台の下が定位置だ。
世良の背中を見送る水島が、床に座る杏奈へ声を掛けた。
「アンナちゃんさぁ、キミはもう探索に参加しない方がいいよ。戦いに向かないって解ったでしょ?」
「………………」
「水島」
まだ玄関付近に残っていた多岐川が咎めたが、水島は頭を振った。
「意地悪で言ってるんじゃないですよ。人間には向き不向きが有るってこと。アンナちゃんは他の分野で活躍した方がいいと思うんだよなぁ」
「ああ……」
多岐川は柔らかい口調で杏奈へ言い直した。
「田町さん、水島の言うことにも一理有ると思います。あなたは寮内の清掃、引き籠もっている生徒への声掛けなど積極的にしていましたね? たとえ戦闘に参加できなくても、あなたは充分に皆の役に立っているのです」
「………………」
「どうか焦らないで下さい。脚の傷は確実に治して下さいね?」
「……はい。ありがとうございます」
多岐川は優しく親切だ。だがその優しさが杏奈にはつらかった。多岐川も結局は「杏奈に探索は向かない」と言っている。優しく遠回しに。水島のように挑発的に言ってくれたなら、負けるもんか! と対抗心を燃やせるのに。
「水島、隊長へ報告に行こう」
「うぇーい」
水島は多岐川の後を数歩追い掛けたが、すすす……と杏奈の元へ戻ってきて小声で囁いた。
「大切なこと言い忘れてたよ。僕とキミとの関係は、セラには絶対に内緒だよ?」
「水島さん……」
「あのコって潔癖っぽいじゃん? キミとのことを知ったら僕のこと嫌いになりそうだからさ」
「……セラをどうするつもりですか?」
「どうするって、僕の女にするよ」
「!…………」
やっぱり手を出すつもりだったか。杏奈は強い瞳で訴えた。
「やめて下さい。セラは大切な友達なんです。酷いことはしないで」
「酷いこと? 恋人同士になるのが酷いことなの?」
「恋人……? 暇つぶしの道具にする気じゃないんですか?」
私のように。言いそうになった言葉を杏奈は呑み込んだ。
「アハハ、迷宮探索が楽しいから暇はしてないよ。ただセラのことをもっと知りたいし、僕のことも知ってもらいたいんだ」
「それは……」
この人は世良に恋をしているのだろうか? 知り合ったばかりなのに?
杏奈は水島の顔をまじまじと見つめた。……駄目だ、本心が読めない相手だ。愛嬌たっぷりに笑っていながら、その一方で瞳は常に警戒しながら相手を観察している。
杏奈はストレートに聞いてみた。
「水島さんは、セラに恋をしているんですか?」
「判んない。それを確かめる為に付き合いたいんだよ」
そして水島は真顔で杏奈に念を押した。
「約束ね。セラに僕達のことをバラしちゃ駄目だよ? もし僕の邪魔をしたら、キミのご主人である桐生のお嬢様に言いつけて罰してもらうからね?」
脅しを掛けて水島は杏奈から離れた。
……最低の男。杏奈は憤り、そして悲しくなった。
自分は都合よく扱われているのに、水島が気を遣う世良を妬ましく思ってしまった。
(どうしてセラだけ水島さんに大切にされるの? ズルいよ……)
慌てて杏奈はたった今浮かんだ気持ちを打ち消した。自分を心配し、背負ってここまで連れてきてくれた親友に何てことを。
自分の暗い感情が情けなくて、杏奈は密かに涙を
「あれ、セラどうしたん?」
レクレーションルームに向かおうとした水島は、廊下で薬箱を両手に抱えた世良が、電話台の前で多岐川と立ち話をしているのを見つけた。
(この二人って、何気に仲が良いよな)
少し嫉妬した彼に世良が答えた。
「ここの固定電話、電話線が切られているんです。私達が外部へ連絡するのを邪魔したい誰かが居るんです。ずっとお話するのを忘れていました……」
それを多岐川に報告しただけか。プライベートな会話でなかったことに水島はホッとした。
「ああ~ホント、バッサリ切られてるね~。僕達はトランシーバーで連絡取り合ってるから気づかなかったよ」
「寮で殺人を犯している生徒の仕業でしょうか?」
世良は重々しく言った。
「……寮母さんかも。地震が起きてから姿が一切見えないんです。先輩達は何も言わないけど、寮母さんの部屋は妙に片づいてて、暮らしていた痕跡が無くなってて、何か不自然なんです」
多岐川と水島は顔を見合わせた。
「あの……何か?」
「いえ。このことは隊長に報告しておきます。高月さんは田町さんの手当をお願いします。独りで不安がっているでしょうから」
「あっ、はい!」
世良は玄関ホールの杏奈の元へ走った。
「多岐川さん……。ここで寮母やってたのって
下田
「………………。ここで起きている異変は、全て予定されたものなのだろうか。銃を装備させられた時点でおかしいとは思ったが」
「多岐川さんも、隊長から何も聞かされてないんですか?」
「隊長自身も詳しいことは知らされてないんじゃないかな。とにかく、今後のことをよく相談しないと」
多岐川と水島はレクレーションルームに入ったが、そこに隊長の藤宮の姿は無かった。