探り合い(三)

文字数 2,487文字

☆☆☆


 世良は京香と組んだまま、寮の二階の部屋へ保存食を配った。負傷している生徒が居る部屋にはペットボトルの水も。また断水が起こるかもしれないので、ペットボトル飲料は節約しておかなければならない。動ける生徒には台所まで行って、水道水を飲んでもらうように頼んだ。

「この部屋が最後だね」

 世良と京香は自分達の担当範囲を配り終えた。

「ありがとう清水さん。助かったよ」

 礼を言った世良に京香は苦笑した。

「ありがとう……って、あなただって生徒会役員でも寮長でもないのに、善意で行動しているじゃない」
「ああ、うん。私は動いていた方が気が紛れるから」
「私もそうよ。動くのが好きなの」
「へぇ意外。物静かなタイプかと思ってた」
「こう見えても運動は得意なのよ?」

 そう言われて思い返しても、世良は体操着姿の京香が飛んだり跳ねたりしている姿を想像できなかった。一緒に体育の授業を受けていたはずだが、不思議と記憶からすっぽり抜けていた。運動中は自分にばかり集中してしまう故か。

「清水さんの得意なスポーツは何?」
薙刀(なぎなた)
「武道系か。ああ、だから神谷先輩に話し方や佇まいが似てるんだ」

 実家が道場の神谷奏子は姿勢が良く、語尾に「~だわ」や「~わよ」を付ける、今時の少女にしては珍しい古風な喋り方をする。清水京香も十代とは思えない落ち着き振りが有った。

「寮長か……」

 ふと京香が遠い目をした。

「寮長には心を許さない方がいいわよ?」
「何で?」

 思いがけないことを言われて世良は戸惑った。そして京香に少し腹が立った。あれだけみんなの為に働いてくれている寮長を悪く言うなんて。

「彼女だけじゃなくて、生徒会長と桐生茜先輩も」
「だから、何で?」
「みんな噓吐きだから」

 世良は目をパチクリさせた。

「噓って……何の?」
「ふふ、高月さん、あなたは馬鹿正直過ぎる。もう少し感情を隠すことを覚えなさい」
「質問に答えてよ。先輩達の噓って何?」
「それは自分で考えなさい。噓を見抜けないようではあなたは生き残れないわよ?」
「生き残るって……、戦う相手は化け物でしょう?」
「そうよ。あなたの知る先輩達も、いつ化け物に変わるか判らない」
「何言ってんの……?」

 世良は京香の言葉の意味が解らなかった。それなのに得体の知れない恐怖が心臓の鼓動を早めた。

「セラお姉様~」

 そこへ明るい声が届いた。小鳥と杏奈が廊下の奥からこちらへ速足で歩いてきた。

「じゃあ、私はこれで失礼するわ」

 言いたいことだけ行って京香は立ち去った。その様子を見て小鳥が気を遣った。

「すみません、お話の邪魔をしてしまいましたか?」
「ううん大丈夫。そっちも水と保存食、配り終わったみたいだね」
「はい! あの、この後なんですけど……お休みになるんですよね? 田町先輩にも聞いたんですけど、私も先輩達のお部屋へ行ってもいいですか?」
「私達の部屋に?」

 小鳥は声のトーンを落とした。

「はい。私のルームメイトは寮の外で餓鬼に襲われて……。独りで部屋に居たくないんです」

 世良は僅かに肩を震わせる一年生に同情した。自分も杏奈を失ったら、二人の思い出が残る部屋に独りで居るのは苦痛となるだろう。

「いいよ」

 世良が承諾すると小鳥は顔を輝やかせた。

「ありがとうございます!! 私は床で寝ますから!」
「ん? 私のベッドで一緒に寝たらいいよ。これでも寝相は良いんだよ?」
!?
「ベッドから落ちないだけで良くはないでしょ」

 杏奈が静かに突っ込んだが、小鳥は聞いていなかった。

「はわわわわ……。お姉様と同じベッドで……」
「ベッドに入る前にシャワー浴びたいけど」
!? いいですね、シャワー! タオルと着替え用意して来ます! シャワー室でお会いしましょう!!

 小鳥はシュタタタタと自分の部屋へ駆けて行った。もうすっかり体調は良いようだ。

「セラぁ~、一緒にシャワー浴びるなら気をつけてやってね。あのコがのぼせないように」
「湯船に浸かる訳じゃないから大丈夫でしょ?」

 吞気な世良に杏奈は溜め息交じりに注意した。

「アンタは下に付いてないだけで、まんま男の裸なの! 純情な女のコが間近で見たら卒倒するから!」
「失礼な奴。少しは胸、膨らんでるから」

 固いからたぶん大胸筋だろうが、それでも膨らみには違いないというのが世良の主張だった。

「ま、気をつけて行ってらっしゃい。私は部屋に居るから」

 不安な気持ちで世良を送り出した杏奈だったが、十五分後に彼女の予感は的中することになった。
 世良が真っ赤な顔をしてのぼせた小鳥を背負って、杏奈が待つ部屋に帰って来た。

「アンナ~、ヤバイよこのコ、シャワー室で倒れちゃった」
「言わんこっちゃない」

 まだ濡れている髪をフェイスタオルで覆って、小鳥を世良のベッドに寝かせた。そして下敷きをうちわ代わりにして世良と杏奈の二人掛かりで仰いだ。

「んっ……」

 涼しい風を送られた小鳥は(まぶた)を開いた。

「はっ!? セラお姉様!? 私はいったい……」

 漫画みたいな展開だな、と世良は感想を抱きながら小鳥に説明した。

「シャワー中にあなた倒れたんだよ。私を見た瞬間に」
「そっ、そうでした……。お姉様の身体があまりにも神々しくて……うくっ」
「はいはい詳しく思い出さない。また倒れるよ? 水持って来てあげる」

 杏奈は立ち掛けたが、

「あの、服はどなたが着せてくれたんですか……?」

 小鳥が胸を押さえて心配しているので、自分が着せたと噓を吐こうとした。
 しかし朴念仁の世良があっさり打ち明けた。

「そりゃ私だよ。あの場に居たのは私だけなんだから」
「ふぇっ!?  じゃあ、ぜ、全部見ちゃいました……?」
「何を?」
「私の……はだ、裸です……」
「そりゃ見ないと着せられないもん、見たよ?」
「~~~~~~~~っ!!!!

 小鳥は声にならない悲鳴を上げて再び失神した。

「うぉっ、どうしたの!? しっかりして!」
「…………お馬鹿」

 必死で小鳥を下敷きで仰ぐ世良を見て杏奈は苦笑した。相変わらずの親友。その親友に憧れる下級生。純粋な二人。

 もう自分は彼女達とは違うんだ、杏奈はその気持ちを隠して、必死に笑顔を作った。
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