惨劇(一)
文字数 2,335文字
「ソーコが戻ってこない……」
詩音が泣き顔そっくりに顔をくしゃっと歪めた。世良、杏奈、詩音は脱出した玄関先で、体感時間にして十分ほど待っていた。
固唾を呑んで校舎の様子を見守っていたが、奏子が出て来る気配は無かった。
「まさか……あの幽霊みたいな女の人に捕まったの?」
「助けに行かなきゃ」
魔窟と化した校舎へ再び入ろうとした世良を、杏奈と詩音の二人掛かりで止めた。
「駄目だよセラ、入ったらアンタも戻れなくなるかもしれない!」
「そうだよ、ミイラ取りがミイラになりかねない!」
「でも神谷先輩を見捨てる訳には……」
詩音は唇を一度キュッと結んだ。
「ソーコは別方向へ走って、他の出口から外へ出たんじゃないかな?」
校舎には今居る南玄関の他に北玄関、保健室の勝手口、各階の避難扉といった具合にいくつも出入口が存在する。
「もう先に寮へ戻っているかもしれない」
詩音のそれは希望的観測だった。それでも少女達はその意見に賛同した。
大地震、クラスメイトの急死、様変わりした校舎、白装束の謎の女。たて続けに起きた事件で彼女達の精神は限界だった。人の多いところで一息つきたかったのである。
「戻ろう、寮へ……」
詩音が先導して三人は寮へ引き返した。僅かな時間しか経っていないというのに、みんな足取りが重くなっていた。
「あ、セラお姉様ー」
場にそぐわない能天気な声がして世良は顔を上げた。
帰宅場所である寮の前には、七~八人の生徒が数段の玄関階段に座って談笑していた。寮内が狭く蒸し暑いので外へ涼みに出たのだろう。
世良を見つけた一人が駆け寄ってきた。一年生だ。
「お帰りなさい、校舎に行かれたんですよね? 救急車は呼べましたか?」
「あ、その……」
口ごもった世良に代わり詩音が答えた。
「残念ながら機械類が壊れていて、まだだよ。でも夜が明ければ学院関係者が来るから。だから大丈夫よ」
できるだけ明るく詩音は言った。
「そうですよねー。ところで校舎が光って見えません? キレイですよねー」
この生徒は死者が出たことを聞かされていないのだろう。事態に対して楽観的だった。
「あの、神谷ソーコは戻って来た?」
「寮長ですか? いいえ、私は見ていませんけど」
詩音は世良と杏奈に目配せをした。やはりまだ奏子は校舎の中に居るのだろうか?
「副寮長のカレンに相談しましょう」
詩音は階段に座る生徒達に声を掛けた。
「みんな、絶対に校舎に近付かないでね。地震で棚が倒れていたから危険なの。ガラスが割れた所も有るかもだから」
「はーい」と元気よく返事をする下級生に笑顔を向けてから、詩音は世良と杏奈を連れて寮へ入った。
窓を開けているようだが寮の中は空気が淀んでいた。大勢の人間が密集しているせいだ。外へ出たがる生徒が居ても無理はないだろう。
そして暗い。要所要所に置かれた数個の懐中電灯の明かりのみが頼りだ。しかし現在の時刻は深夜3時前。電気が切れた状態ではこれが正しい。発光する校舎がおかしいのだ。
「みんな!」
生徒群を搔き分けて副寮長の江崎花蓮が近付いて来た。
「寮母さんには会えた? 連絡は通じた?」
どちらも叶わなかった。暗い報告となるので場所を変えることにした。
「あれ、ソーコは?」
相棒の姿が見えず不安がる花蓮の背を軽く押して、人気の無い二階へ通じる階段の踊り場まで移動した。
立ったままだと余震が来た時に危ないので、少女達は踊り場に腰を下ろした。世良が持っていた懐中電灯を囲んで互いに顔を見合わせた。
「ねぇシオン、ソーコはどうしたの?」
花蓮はまず相棒の安否を確認した。
「……ソーコとは、校舎内ではぐれた」
「はぁ!? はぐれたって、何?」
「校舎の中にね……白い着物を着た女性がうろついていたの。彼女から逃げようとして、バラバラになっちゃったのよ」
「ええ……?」
花蓮は眉間に皺 を寄せた。
「白い着物……って何だよ。何でそんなヤツが学校に居るんだよ!?」
「判らない」
「逃げなきゃならないようなヤバイ相手だったの? 高月なら大抵の相手に勝てるでしょーよ」
それはどうだろうと世良は思った。いろいろなスポーツを経験したが、格闘技には手を出したことがなかったから。自分はいざという時に戦えるのだろうか?
「その女性 ……長いぼさぼさの髪で目元が隠れてて、真っ白い肌に口紅だけ目立ってて、幽霊としか思えなかった……」
白装束の女の形容をした詩音は思い出して身震いした。
「幽霊って、今まで学院でそんな話聞いたこと無いよ?」
「カレンも見たら絶対にそう思うよ。アレは……この世のものじゃなかった」
「…………。ちょっと待って、ソーコはそのヤバイ奴に捕まったってこと!?」
「それは判らない。私達が出た南玄関で待っていてもソーコは現れなかった。でも、別の出口から外へ脱出できたかもしれない」
「だけど……、ソーコ、寮に戻ってきてないよ?」
「………………」
花蓮は拳を踊り場の床に叩き付けた。
「くそっ、ソーコは合気道の達人だけど、幽霊相手にどうしろってんだ! ねぇシオン、あたしらどうしたらいい!? ソーコを捜しに行かなきゃ!!」
パニックになり掛けた花蓮を詩音が押し留めた。
「今は駄目。闇雲に動いたら二次被害、三次被害が出る。6月に入って日照時間が長くなったから、あと二時間も待てば陽が昇るよ。明るくなってからみんなで手分けしてソーコを捜そう。地震の後を心配して、先生達が早めに来るかもしれないし」
明るくなりさえすれば、幽霊が活動をやめるのではないかという僅かな期待も有った。
「くそ……」
悔しそうだったが花蓮は詩音に従った。ひとまず場が収まったかのように思えたその時、
「ギャアアアアーーッ!!」
誰かが上げた大絶叫が寮の壁を震わせた。
詩音が泣き顔そっくりに顔をくしゃっと歪めた。世良、杏奈、詩音は脱出した玄関先で、体感時間にして十分ほど待っていた。
固唾を呑んで校舎の様子を見守っていたが、奏子が出て来る気配は無かった。
「まさか……あの幽霊みたいな女の人に捕まったの?」
「助けに行かなきゃ」
魔窟と化した校舎へ再び入ろうとした世良を、杏奈と詩音の二人掛かりで止めた。
「駄目だよセラ、入ったらアンタも戻れなくなるかもしれない!」
「そうだよ、ミイラ取りがミイラになりかねない!」
「でも神谷先輩を見捨てる訳には……」
詩音は唇を一度キュッと結んだ。
「ソーコは別方向へ走って、他の出口から外へ出たんじゃないかな?」
校舎には今居る南玄関の他に北玄関、保健室の勝手口、各階の避難扉といった具合にいくつも出入口が存在する。
「もう先に寮へ戻っているかもしれない」
詩音のそれは希望的観測だった。それでも少女達はその意見に賛同した。
大地震、クラスメイトの急死、様変わりした校舎、白装束の謎の女。たて続けに起きた事件で彼女達の精神は限界だった。人の多いところで一息つきたかったのである。
「戻ろう、寮へ……」
詩音が先導して三人は寮へ引き返した。僅かな時間しか経っていないというのに、みんな足取りが重くなっていた。
「あ、セラお姉様ー」
場にそぐわない能天気な声がして世良は顔を上げた。
帰宅場所である寮の前には、七~八人の生徒が数段の玄関階段に座って談笑していた。寮内が狭く蒸し暑いので外へ涼みに出たのだろう。
世良を見つけた一人が駆け寄ってきた。一年生だ。
「お帰りなさい、校舎に行かれたんですよね? 救急車は呼べましたか?」
「あ、その……」
口ごもった世良に代わり詩音が答えた。
「残念ながら機械類が壊れていて、まだだよ。でも夜が明ければ学院関係者が来るから。だから大丈夫よ」
できるだけ明るく詩音は言った。
「そうですよねー。ところで校舎が光って見えません? キレイですよねー」
この生徒は死者が出たことを聞かされていないのだろう。事態に対して楽観的だった。
「あの、神谷ソーコは戻って来た?」
「寮長ですか? いいえ、私は見ていませんけど」
詩音は世良と杏奈に目配せをした。やはりまだ奏子は校舎の中に居るのだろうか?
「副寮長のカレンに相談しましょう」
詩音は階段に座る生徒達に声を掛けた。
「みんな、絶対に校舎に近付かないでね。地震で棚が倒れていたから危険なの。ガラスが割れた所も有るかもだから」
「はーい」と元気よく返事をする下級生に笑顔を向けてから、詩音は世良と杏奈を連れて寮へ入った。
窓を開けているようだが寮の中は空気が淀んでいた。大勢の人間が密集しているせいだ。外へ出たがる生徒が居ても無理はないだろう。
そして暗い。要所要所に置かれた数個の懐中電灯の明かりのみが頼りだ。しかし現在の時刻は深夜3時前。電気が切れた状態ではこれが正しい。発光する校舎がおかしいのだ。
「みんな!」
生徒群を搔き分けて副寮長の江崎花蓮が近付いて来た。
「寮母さんには会えた? 連絡は通じた?」
どちらも叶わなかった。暗い報告となるので場所を変えることにした。
「あれ、ソーコは?」
相棒の姿が見えず不安がる花蓮の背を軽く押して、人気の無い二階へ通じる階段の踊り場まで移動した。
立ったままだと余震が来た時に危ないので、少女達は踊り場に腰を下ろした。世良が持っていた懐中電灯を囲んで互いに顔を見合わせた。
「ねぇシオン、ソーコはどうしたの?」
花蓮はまず相棒の安否を確認した。
「……ソーコとは、校舎内ではぐれた」
「はぁ!? はぐれたって、何?」
「校舎の中にね……白い着物を着た女性がうろついていたの。彼女から逃げようとして、バラバラになっちゃったのよ」
「ええ……?」
花蓮は眉間に
「白い着物……って何だよ。何でそんなヤツが学校に居るんだよ!?」
「判らない」
「逃げなきゃならないようなヤバイ相手だったの? 高月なら大抵の相手に勝てるでしょーよ」
それはどうだろうと世良は思った。いろいろなスポーツを経験したが、格闘技には手を出したことがなかったから。自分はいざという時に戦えるのだろうか?
「その
白装束の女の形容をした詩音は思い出して身震いした。
「幽霊って、今まで学院でそんな話聞いたこと無いよ?」
「カレンも見たら絶対にそう思うよ。アレは……この世のものじゃなかった」
「…………。ちょっと待って、ソーコはそのヤバイ奴に捕まったってこと!?」
「それは判らない。私達が出た南玄関で待っていてもソーコは現れなかった。でも、別の出口から外へ脱出できたかもしれない」
「だけど……、ソーコ、寮に戻ってきてないよ?」
「………………」
花蓮は拳を踊り場の床に叩き付けた。
「くそっ、ソーコは合気道の達人だけど、幽霊相手にどうしろってんだ! ねぇシオン、あたしらどうしたらいい!? ソーコを捜しに行かなきゃ!!」
パニックになり掛けた花蓮を詩音が押し留めた。
「今は駄目。闇雲に動いたら二次被害、三次被害が出る。6月に入って日照時間が長くなったから、あと二時間も待てば陽が昇るよ。明るくなってからみんなで手分けしてソーコを捜そう。地震の後を心配して、先生達が早めに来るかもしれないし」
明るくなりさえすれば、幽霊が活動をやめるのではないかという僅かな期待も有った。
「くそ……」
悔しそうだったが花蓮は詩音に従った。ひとまず場が収まったかのように思えたその時、
「ギャアアアアーーッ!!」
誰かが上げた大絶叫が寮の壁を震わせた。