6月8日の迷宮(三)

文字数 2,350文字

「きゃあ!」
「うわぁっ!」

 茜と花蓮は身体に絡んだ髪の毛によって同じ方向へ引っ張られて、そのまま東方面の壁へ背中から叩き付けられた。
 学院の校舎に使用されているコンクリートではなく木製の壁であったが、それでも両名は痛みで顔を歪めた。茜が背負っていた筒からアーチェリーの矢が数本こぼれて床へ落ちた。

「ちっくしょ……。一昨日(おととい)の打撲がようやく楽になったばっかなのに……」

 休む間も無く髪の毛は二人の身体を浮かせると、鞭のようにグインっとうねった。

「ちょ、ちょっと待ちなさ……」

 茜が言い終わる前に、二人の身体は再度壁へ叩き付けられた。

「あぐっ」
「うっ……」

 このままでは茜と花蓮が叩き潰されてしまう。皆は焦った。

「二人を離せ!」

 世良が慣れない太刀を振り回して二人を縛る髪の毛を切ろうとした。しかし上手く刃が入らない。剣道初心者のセラにはまだ、物体を断つ為に必要な角度も力加減も解っていなかった。

 そうこうしている内に髪の毛はまた二人の身体を持ち上げて、今まで以上に強く壁へ打ち付けた。
 三度目の打撃を加えられた茜と花蓮はぐったりした。

「えええいっ!!

 気合一閃、垂直に刃を落とした世良は、二人を拘束していた髪の毛の中間を切ることに成功した。身体を縛っていた髪が消滅し、二人の少女は床の上へ投げ出された。
 受け身も取れずべちゃっと床の上に倒れ込んだ茜と花蓮。……起き上がらない。気絶してしまったのだろうか?

 そんなところへ……扉が開いたままだった通路側の出入口から、白猿が三体室内へ入ってきてしまった。
 世良達は刃物武器を前面に出して構えたのだが、猿達は迷うことなく動かない茜と花蓮の元へ向かった。
 いけない! 世良は猿を止めようと走るものの、猿にばかり気を取られていた彼女は、足元へ伸びていた髪の毛に絡まれて転倒した。倒れた際に左手が太刀の刃に触れてしまいヒヤリとしたが、幸い峰部分だったので皮膚を切らずに済んだ。

「お姉様!」

 世良の脚に巻き付いた髪はすぐに小鳥がペティナイフで切ってくれた。しかし女が発生させている毛量がどんどん増えているような気がする。触手の化け物と戦った時と同じだ。

「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!

 茜が悲鳴を発した。気絶は免れていたようだが、事態は決して良くはなかった。
 ただでさえ打撲の痛みで身体が上手く動かせないというのに、一体の猿が茜の両腕を押さえて、一体の猿が力に任せて彼女の衣服を破っていた。徐々に箱入り娘の白い肌が露わになっていく。
 もう一人の少女、花蓮はもっと悲惨だった。こちらは意識を失ってしまったようで、残りの一体の猿によって簡単に全裸の状態にされていた。
 猿達が茜と花蓮を何をする気か、皆には容易に想像がついた。
 
「先輩達を助けなきゃ!」
「解ってます! でも近付けません!」

 白装束の女はまるで猿の蛮行をサポートするかのように、髪の毛を網状態にして、世良達と猿に襲われる少女達の間に膜を張っていた。

「嫌あぁぁぁ!! 誰か、誰か助けてえっ!」

 花蓮同様に全裸にされた茜が声の限り叫んだ。

「先輩……!」
「セラ、本体を倒せば髪は全部消える! 触手の化け物の時もそうだっただろ!?

 水島に怒鳴られて世良は今やるべきことを思い出した。

「はい!」

 無事な者は白装束の女の元へ急いだ。しかし伸びる髪が行く手を阻み、中々前進できない。

「……なっ、何だよ!? ちょっ……、やめろおぉぉぉ!!

 花蓮の声が聞こえた。覚醒した模様だが、気を失ったままの方が良かったのかもしれない。

「離れろっ、やめろっ、やめて、うぐっ……」
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!

 髪の毛で編まれた黒いベールの向こうで、茜と花蓮が絶叫しながら猿に組み敷かれていた。
 早く、早く二人を助けないと。気持ちは(はや)ったが、地道に進路を塞ぐ髪を切りながら、少しずつ進んで距離を縮めるしかなかった。しかも世良の長太刀は、迂闊に振り回すと味方を傷付けてしまう恐れが有る。作業は慎重に行われた。

 三分……五分。泣き叫ぶ少女達の悲鳴がどんどん小さくなっていく。

「おらぁっ!」

 勇ましい声を発して、一番乗りで女の元へ到達した水島がサバイバルナイフで斬り付けた。女の右腕がスパッと落とされたが、傷口から噴き出したのは赤い血液ではなく大量の髪の毛であった。

「予想はしてたがな!」

 言葉通り水島は横っ飛びして、新たに発生した髪の束から難無く逃れた。代わりに多岐川が前進して女の肩口を傷付けたが、やはりそこからも髪がウネウネと湧いてくるだけであった。
 一旦後退した多岐川は、遅れて到着した世良へ手を伸ばした。

「高月さん、あなたの刀を貸して下さい!」

 世良は迷うことなく自身の太刀を手渡した。そして逆の手で彼が持っていたナイフを受け取った。
 武器を太刀に持ち替えた多岐川は、迫る髪の毛を次々に切り消滅させ、白装束の女へ再び挑んだ。

「はぁっ!」

 踏み込んだ彼は、見事な一太刀で女の上半身と下半身を分断させた。

 バァン!

 着物と皮膚が弾け飛んだ。女は人の姿を失ったものの、消滅はしなかった。女が居た場所には巨大な丸い毛の塊が登場した。これが女の正体だった。
 塊は多岐川へ髪の毛を飛ばして一旦は彼の拘束に成功するが、すぐに世良と小鳥がナイフで毛を消滅させた。

「お姉様、何か赤く光ってます!」

 小鳥が毛の塊、化け物本体を指差した。小鳥と同じ角度から世良は化け物を見た。

「あ、あれは……! コハルさん!」
「おうよ! 出たな弱点!!

 こんな所まで触手の化け物と一緒だった。ボス級の魔物は赤く光る核を持っているのだ。

「おりゃあぁぁぁ!!!!

 目標を定めた水島の行動は速かった。彼は髪を避けつつ走り、そして赤い核へサバイバルナイフを深く突き刺したのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み