6月8日の迷宮(五)

文字数 2,073文字

『グギャアアアアァァァァ!!!!!!

 水島によって核を破壊された魔物は、毛の塊の何処から出しているのか判らない断末魔で広間の空気を震わせた。そしてガチっと固まったかと思うと、白に近い灰色へと髪の色を変化させた。

 ブワンッ。

 髪の束が散髪時のように小間切れとなって宙を舞った。空から降る雪の如く。
 目はもちろん、鼻の穴や口の中へも毛が入ってきそうで、世良は(まぶた)を閉じ息を吐いてそれを防いだ。
 服から露出している肌にパサパサと毛が落ちる感触が有って気持ち悪かった。

 十秒ほど経って目を開けると、身体にも床にも髪の毛は落ちていなかった。本体と一緒に霧散したのだ。

「ひゅう……。どうやら倒せたようだな」
「まだですコハルさん、先輩達が!」
「はいはい」

 髪の毛で造られた網が消滅し、猿に襲われている茜と花蓮の元へ行けるようになっていた。
 水島はサバイバルナイフを仕舞いハンドガンを手に取った。多岐川も世良へ太刀を返して銃を装備し直した。

「生徒達には当てるなよ!」
「了解です!」

 二人の警備隊員達は猿達の元へ走った。危ない、一体の猿が花蓮の頭に手を添えている。首をへし折る気だ!
 至近距離から多岐川は猿の頭部へ鉛玉を撃ち込んだ。水島もまた、茜を襲っていた二体の頭を撃ち抜いた。
 組み敷かれていた少女達の裸体へ血の花を咲かせた後、全ての猿は塵と消えた。

「二人とも、怪我は!?
「……………………」
「しっかりして下さい!」

 虚ろな目をしていた少女達は、多岐川の凛とした声によって夢から醒めた。

「………………!」
「え、わ、私…………?」
「……うわっ、くそ、畜生!!
「……嫌ぁ! 見ないで!!

 身を縮めて肌を隠そうとする少女達を憐れに思った多岐川は、自身のジャケットを脱いで貸そうとしたのだが水島に止められた。

「駄目ッスよ多岐川さん、ポケットに必要な道具が入ってるんだから。貸しちゃったら帰り道どうするんですか。きっとチョロチョロ化け物が出てきますよ?」
「しかし、このままではあまりにも……」
「私のシャツを貸します!」

 言うよりも早く、世良が自分のTシャツを脱ぎ出した。

「た、高月さん!?

 声が裏返る多岐川に、上半身スポーツブラ一枚になった世良は、あえて明るく笑って見せた。

「大丈夫です。陸上の大会ではこれと似たような格好してますから!」

 確かにそうなのだが、ユニフォームと下着とでは話が違っていた。本心では世良も恥ずかしかったのだが、何も着ていない状態で男性の前に居る茜と花蓮が気の毒だった。
 大丈夫。今朝だってブラ無しタンクトップ姿を男達に見られているのだから、このくらい。

(何だよ多岐川さん……)

 心なしか顔を赤くして世良から目を逸らす多岐川を見て、水島は面白くなかった。

(マッパで明らかにヤラれてる女達には冷静に対処するくせに、セミヌードのセラには照れてんの? 意識しちゃってんの?)

 これは何気に世良と親しい多岐川への嫉妬だった。となると当然その負の感情は世良へも向けられた。

(セラもセラだ。女にするように男にも笑い掛けてんじゃねーよ。男はすぐに勘違いするからな)

「私はデカイから、先輩達ならこのTシャツもワンピース丈になりますよ」
「わ、私もお貸しします! 私のはロンTだからちょうどいいです!」

 小鳥も脱いだ。世良とは違うレースが付いた可愛いブラジャーを披露することになった。
 差し出された二枚のTシャツ。茜は無言で奪うように受け取ったが、花蓮の方は「ありがと……」と礼を言ってくれた。
 もっとも世良は茜の無礼な態度に腹を立ててはいなかった。髪の毛の魔物と世良達が戦っている間に、二人の上級生達はとても怖い目に遭ったのだろうから。それを裏付けるかのように、茜の顔には涙の跡が有った。

 世良は話題と視線の先を二人から変えようと思った。水島に話し掛けた。

「今回戦った白装束の女、前に校舎の一階で戦った女性と見た目はよく似ていましたが、別の人物なんでしょうか?」
「たぶんな。第二形態の姿が全然違ったからな」
「何なんでしょう。あの女性達は」

 ここで多岐川が会話に参加してきた。

「あの女性は雫姫の女官……、侍女ではないでしょうか?」
「侍女?」
「ええ。姫様だったらあそこに座りますよね?」

 多岐川は御簾が上がってから見えた

を指差した。

「でも彼女はその後ろに控えるように座っていました」
「なるほど、侍女。てことは他にも居そうですね」
「はい。平安貴族は女房(にょうぼう)と呼ばれる女官を、何人も側に置いていたそうですから」

 ボス級の強敵とこの先も戦うことになるのか……。世良は少し気持ちが沈んだが、すぐに前向き思考へ切り替えた。強い敵でもちゃんと倒せた。自分達の力は化け物に通用しているのだと。

「寮へ……帰りたい」

 茜が声を絞り出して訴えた。花蓮も続いた。

「同感。もう……今日は無理、休ませて……」
「ええ。今日はもう探索を終了させて戻りましょう」

 多岐川が応じた。
 世良と小鳥が負傷した上級生に肩を貸した。警備隊員達に護衛されながら、皆は来た時と同じ道を通って寮へ戻った。
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