流れた血

文字数 2,173文字

 寮で探索チームを出迎えた藤宮は、ボロボロになった生徒達の姿を見て啞然とした。
 肩を借りてぐったりとしている茜と花蓮は、Tシャツ一枚だけになっている。薄く頼りない布は彼女達の若い肌を隠し切れていなかった。脚に浮き出た赤紫色の痣がハッキリと確認できた。そして二人に服を貸したのか、世良と小鳥は上半身下着姿だった。

「……何が有った?」

 多岐川が上司へ報告した。
 
「ボス級の魔物と遭遇、撃破しましたが二人が負傷しました。打撲です」
「骨や内臓に異常が無ければいいがな。…………! おい高月、血が出てるぞ、切ったのか!?
「え?」

 藤宮の視線を辿った皆は目を見張った。世良のショートパンツ、(もも)の付け根部分が赤く染まっていた。

「セラ!? いつ怪我したんだ!」

 水島に詰問されたが世良には怪我をした自覚が無かった。そしてすぐに出血した箇所から、原因について思い当たった。
 男性の前で説明するのは恥ずかしかったが、心配をさせているのだからと世良は腹を(くく)った。

「これは……怪我では無く、その、アレが急に始まったんだと思います……」
「あ…………」

 男達は察し、気まずそうに視線を世良から外した。
 月経が始まる予定日は来週だったはずなのだが、女性の部分を傷付けられた上級生を目の当たりにして、ショックから世良のホルモンバランスは一時的に崩れてしまったのだ。

「すみません。先輩を運ばなければなりませんし、今日はこれで失礼します」

 世良は軽く頭を下げた後に階段の方へ去った。他の少女達もそれに倣った。
 残った警備隊員達はレクレーションルームへ入った。

「……今回はかなりの範囲を踏破しました。地図へ追加をお願いします」
「ああ」

 藤宮と多岐川は机を挟んで向かい合って座った。多岐川からもたらされた情報を元に、藤宮は方眼紙に鉛筆を走らせた。
 水島は装備品の点検をしてリュックサックへ仕舞い込んだ後、上着を脱いで部屋を出て行こうとした。

「待て水島」

 呼び止めたのは多岐川だった。

「おまえ、高月さんの所へ行くつもりか?」

 水島は質問を質問で返した。

「多岐川さんは普段クールなのに、セラのことに関しては感情が動きますよね。セラを好きなんですか?」
「なっ……! 違う、そんなんじゃない!」
「だったら僕のこと邪魔しないで下さい」

 藤宮が口を挟んだ。

「あのな水島、高月のことは今そっとしておくべきだ」
「生理が始まったって僕達にバレたからですか?」
「…………。解ってんなら男のおまえが近付くなよ」
「だからこそですよ。女に生理が有るのは自然なことでしょ? 恥ずかしがることなんてないんだ。そうセラに伝えてきますよ」
「それは男が言うことじゃない。女がどう思うかだ」
「………………」

 水島は不服そうだったが部屋に留まり、ソファーの一つにゴロンと寝転んだ。

「水島、あまり高月にちょっかいを出すな。アイツはしっかりしているから俺も頼りそうになるが、まだ17歳の女の子だってことを忘れるな」
「はい」

 水島は返事こそ素直だったものの、内面では藤宮に反発していた。

(セラがまだ少女だってこと、解ってるさ、充分に。だから大人の僕が護ってやらなきゃ駄目なんじゃないか)

 彼は今朝セラを抱きしめた感触を思い出していた。

(筋肉は付いてたけど、骨格的にはずいぶん華奢だった。腰回りも細かったし。僕達男とは決定的に違う身体……)

 水島は上司達に見えないように笑った。

(不思議だね。最初はセラのことを男だと間違えたのに、今ではどんなカッコしてても太刀を振り回してても、可愛い女のコにしか見えない)

 ついさっきまで一緒に行動していたのに、水島はまた世良に会いたくなっていた。


☆☆☆


 翌日、深夜3時。
 夜中に尿意で目覚め、トイレへ行った杏奈はその帰り道、廊下の奥から歩いてくる大きな影に遭遇した。
 オレンジ色の明かりの下に現れたのは水島だった。

「あれ、アンナちゃん。どうしたん?」
「トイレに行ってて……」

 そういえば寮内の殺人を止める為に、警備隊員達が夜間巡回するとの連絡が有った。それはありがたいのだが、よりにもよって水島と会ってしまうなんて。
 杏奈はまた空き部屋に連れ込まれるのではないかと警戒したが、水島の態度は予想に反して穏やかだった。

「あのさ、セラ……落ち込んだりしてない?」
「セラ、ですか?」
「うん。昨日の探索でいろいろ有ったからさ。それにセラ、生理が始まっちゃっただろ?」
「……え、あ、はい。ご存知でしたか……」
「彼女の体調はどう? 今日の探索には来られそう?」

 杏奈は異性と生理について話すことに戸惑っていた。本人の居ない所でしていい話題なのだろうか。

「……今日は難しい、かもです。いつもは軽いんですが今回は痛みが強いらしくて……。薬を飲んで今は静かに寝てますけど」
「そっか……。ありがと」

 水島は軽く手を振って去っていった。真面目に巡回の任に当たっているようだ。

(水島さんてホント、セラには優しいんだよね)

 対する杏奈に対してはその他大勢と同じ態度だ。関係を持った過去など無かったかのように

に接してくる。水島にとって杏奈は軽い存在なのだ。

(胸が苦しい。何で私は今泣きそうなんだろう。部屋に連れ込まれなくて良かったじゃない)

 彼女はまだ気づいていない。恋をしてはならない相手に、惹かれ始めている自分に。
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