茜の焦り
文字数 2,139文字
午前7時。茜は痛む身体をベッドから起こし、バッグの奥に隠していたトランシーバーを引っ張り出した。昨晩は寝返りをうつ度に背中に痛みが走り、安眠とはとうてい呼べない状態だった。
「こちら桜妃女学院のアカネ。お兄様、そこに居る?」
『ああ。こちら桐生セイゴ』
すっかり茜は操作に慣れていた。トランシーバーで定時連絡の相手をしてくれるのは、いつも兄の清吾だった。
「……お兄様、最悪な状況よ」
『どうした!?』
「昨日の探索で私、怪我をしたの。背中を強く打ってとても痛い」
『打ち身か。痛み止めは飲んだのか?』
「飲んだけど……数時間しか効果が無いよ。六時間に一回しか飲めないからツライ……」
『可哀想に』
呼吸するだけでも痛む気がする。茜は弱音を吐露した。
「私、もう迷宮に行きたくない……」
『アカネ、それでは雫姫に認めてもらえないよ? 並大抵の努力では生き神様にはなれない、大変だってことは解っていただろう?』
諭そうとした清吾に茜は牙を剝いた。
「私はあとちょっとで死ぬところだったんだよ!? 安全な場所に居るお兄様はお気楽でいいよね!」
『アカネ……』
水島に助けられて命は拾ったが、もっともっと早く来て欲しかった。女として大切なものを奪われてしまったのだ。この屈辱と絶望感、言ったところで男である兄や水島には解らないだろう。
「それにどうせ私、一週間は碌に動けないんだから。迷宮に行きたくても無理でしょ」
『……………………』
「あ、後ね、島田メアリが殺されたよ」
『殺された……? 迷宮でか?』
「ううん、ここで。寮内でも不可解な死に方をする生徒が出てきたって前に伝えたでしょ? メアリもその一人になっちゃった。ま、犯人はシオンの手下の誰かだろうね」
茜にはやはり芽亜理が死んでも悲しいという気持ちは生まれなかった。詩音に詰め寄ったのはあくまでも、自分の戦力を減らされたことへの怒りだった。
『シオンちゃんの……。桜木陣営も本気を出してきたという訳か』
「寮での殺人については、警備隊が警戒を強めたからしばらくは起きないだろうけどね。でもどうせなら犯人、高月を真っ先に殺して欲しかったよ」
『高月セラか。彼女はまだ活躍しているのか?』
「まぁね!」
茜は世良が探索の固定メンバーに選ばれたことを思い出し、歯軋りした。
「やたらとみんなから信頼されてムカつくったら! 生徒だけじゃなくて警備隊員達も妙にアイツに優しいし。あんな男みたいな女の何処がいいのよ!」
トランシーバーの向こうで清吾は苦笑した。
背が高くて声も低めだから男に間違われることも有るだろうが、生誕祭の後に会った世良を清吾は「美人」だと思った。整った顔に化粧を施してそれなりの服装をさせれば、女優やモデルに混ざっても遜色 無いだろうと。姿勢が良く制服のスカートから伸びた脚も綺麗だった。
世良には男を惑わす色香が充分に備わっているのだ。そして媚びない態度。警備隊員達が気に入るのも無理はない。
『アカネ、メモを取れ』
「は?」
『これから桐生の息が掛かった生徒達の名前を読み上げる。学年とクラス、得意科目と一緒にな』
「! 待って、すぐに用意する‼」
茜は机の引き出しから一枚ルーズリーフを取り出した。
「いいよ! 言って!」
清吾は総勢三十二名の名前を挙げた。茜は痛みを忘れて一心不乱にその名前をボールペンで紙に書き殴った。中には既に死亡している生徒も居たが、それらを除いても茜の手札は大幅にアップした。
「凄い……。こんなに大勢居たのね。アハ、あのコも桐生の援助を受けてたんだ」
書き上げた茜は、満足そうにルーズリーフに羅列した名前を眺めた。自分の手下となる人間達だ。
『彼女達には全員、桐生に逆らえない事情が有る。おまえが動けない間は彼女達を上手く使いなさい』
「了解よお兄様。だけどもっと早く教えてくれたら良かったのに」
『次の雫姫になるのはおまえなんだから、他の少女達を目立たせたくなかったんだ。しかし桜木がなりふり構わず攻めてくるなら、こちらもそれなりの策を講じなければならない』
「そうね」
『ただし手駒が増えたからといって、決して派手な真似はするなよ? 手駒の数は有限だからね』
「もう補充はできないということね。無駄に死なせないように気をつけるよ」
『解っているのならいい。それではまた明日』
清吾との通信を終えた茜はベッドへ再び寝転んだ。痛みがぶり返して一瞬息が詰まったが、湧き上がる興奮が痛みを和らげた。
(このコは頭がいい。シオンの陣営の見張り役に使えそうね。このコは運動神経がいい。私が迷宮探索に復帰する時は一緒に連れて行こうかな)
それでもやっぱり、高月世良ほどのインパクトを持つ生徒は居なかった。
(ムカつく……。水島には私を最優先させろって言ってあるのに、高月ばっかり気に掛けて……。そんなだから私を助けるのが遅くなったのよ!)
一度水島に釘を刺すべきなのか? 自分を最優先しないと、裏取り引きしていることをみんなにバラすと脅して。
(……駄目だ。裏取り引きのことがバレたら私こそ破滅しちゃう)
茜はすぐに考えを打ち消した。感情的になりやすい彼女とて、その程度の計算はできるのだ。
(ああもう高月、目障りな女!!)
茜は八つ当たりで枕を壁に投げ付けた。
「こちら桜妃女学院のアカネ。お兄様、そこに居る?」
『ああ。こちら桐生セイゴ』
すっかり茜は操作に慣れていた。トランシーバーで定時連絡の相手をしてくれるのは、いつも兄の清吾だった。
「……お兄様、最悪な状況よ」
『どうした!?』
「昨日の探索で私、怪我をしたの。背中を強く打ってとても痛い」
『打ち身か。痛み止めは飲んだのか?』
「飲んだけど……数時間しか効果が無いよ。六時間に一回しか飲めないからツライ……」
『可哀想に』
呼吸するだけでも痛む気がする。茜は弱音を吐露した。
「私、もう迷宮に行きたくない……」
『アカネ、それでは雫姫に認めてもらえないよ? 並大抵の努力では生き神様にはなれない、大変だってことは解っていただろう?』
諭そうとした清吾に茜は牙を剝いた。
「私はあとちょっとで死ぬところだったんだよ!? 安全な場所に居るお兄様はお気楽でいいよね!」
『アカネ……』
水島に助けられて命は拾ったが、もっともっと早く来て欲しかった。女として大切なものを奪われてしまったのだ。この屈辱と絶望感、言ったところで男である兄や水島には解らないだろう。
「それにどうせ私、一週間は碌に動けないんだから。迷宮に行きたくても無理でしょ」
『……………………』
「あ、後ね、島田メアリが殺されたよ」
『殺された……? 迷宮でか?』
「ううん、ここで。寮内でも不可解な死に方をする生徒が出てきたって前に伝えたでしょ? メアリもその一人になっちゃった。ま、犯人はシオンの手下の誰かだろうね」
茜にはやはり芽亜理が死んでも悲しいという気持ちは生まれなかった。詩音に詰め寄ったのはあくまでも、自分の戦力を減らされたことへの怒りだった。
『シオンちゃんの……。桜木陣営も本気を出してきたという訳か』
「寮での殺人については、警備隊が警戒を強めたからしばらくは起きないだろうけどね。でもどうせなら犯人、高月を真っ先に殺して欲しかったよ」
『高月セラか。彼女はまだ活躍しているのか?』
「まぁね!」
茜は世良が探索の固定メンバーに選ばれたことを思い出し、歯軋りした。
「やたらとみんなから信頼されてムカつくったら! 生徒だけじゃなくて警備隊員達も妙にアイツに優しいし。あんな男みたいな女の何処がいいのよ!」
トランシーバーの向こうで清吾は苦笑した。
背が高くて声も低めだから男に間違われることも有るだろうが、生誕祭の後に会った世良を清吾は「美人」だと思った。整った顔に化粧を施してそれなりの服装をさせれば、女優やモデルに混ざっても
世良には男を惑わす色香が充分に備わっているのだ。そして媚びない態度。警備隊員達が気に入るのも無理はない。
『アカネ、メモを取れ』
「は?」
『これから桐生の息が掛かった生徒達の名前を読み上げる。学年とクラス、得意科目と一緒にな』
「! 待って、すぐに用意する‼」
茜は机の引き出しから一枚ルーズリーフを取り出した。
「いいよ! 言って!」
清吾は総勢三十二名の名前を挙げた。茜は痛みを忘れて一心不乱にその名前をボールペンで紙に書き殴った。中には既に死亡している生徒も居たが、それらを除いても茜の手札は大幅にアップした。
「凄い……。こんなに大勢居たのね。アハ、あのコも桐生の援助を受けてたんだ」
書き上げた茜は、満足そうにルーズリーフに羅列した名前を眺めた。自分の手下となる人間達だ。
『彼女達には全員、桐生に逆らえない事情が有る。おまえが動けない間は彼女達を上手く使いなさい』
「了解よお兄様。だけどもっと早く教えてくれたら良かったのに」
『次の雫姫になるのはおまえなんだから、他の少女達を目立たせたくなかったんだ。しかし桜木がなりふり構わず攻めてくるなら、こちらもそれなりの策を講じなければならない』
「そうね」
『ただし手駒が増えたからといって、決して派手な真似はするなよ? 手駒の数は有限だからね』
「もう補充はできないということね。無駄に死なせないように気をつけるよ」
『解っているのならいい。それではまた明日』
清吾との通信を終えた茜はベッドへ再び寝転んだ。痛みがぶり返して一瞬息が詰まったが、湧き上がる興奮が痛みを和らげた。
(このコは頭がいい。シオンの陣営の見張り役に使えそうね。このコは運動神経がいい。私が迷宮探索に復帰する時は一緒に連れて行こうかな)
それでもやっぱり、高月世良ほどのインパクトを持つ生徒は居なかった。
(ムカつく……。水島には私を最優先させろって言ってあるのに、高月ばっかり気に掛けて……。そんなだから私を助けるのが遅くなったのよ!)
一度水島に釘を刺すべきなのか? 自分を最優先しないと、裏取り引きしていることをみんなにバラすと脅して。
(……駄目だ。裏取り引きのことがバレたら私こそ破滅しちゃう)
茜はすぐに考えを打ち消した。感情的になりやすい彼女とて、その程度の計算はできるのだ。
(ああもう高月、目障りな女!!)
茜は八つ当たりで枕を壁に投げ付けた。