6月9日 寮内(一)

文字数 2,386文字

 正午。一階へ降りてきた世良と小鳥を目ざとく見つけた水島は、主に世良へ声を掛ける為に二人へ近付いた。

「セラ、シャワー浴びに来たの?」
「いえ。シャワー室の清掃です。お昼の時間なら人が居なさそうなんで今の内に」
「体調は戻ったんだな?」

 たぶん生理のことを聞かれているのだろうと世良は思った。男相手に詳細を語るのは恥ずかしいが、もう出血も見られているのだから今更か。

「あー……ええと、痛みには波が有りまして、今は平気ですがまた後でぶり返すかもしれません」
「そっか。今日の探索は無理して出ない方がいいな」
「はい。痛い時は頭がぼうっとしちゃうんで、今日はやめておきます。私の分の枠は他の誰かに使ってもらって下さい」
「了解。隊長に伝えとくわ。ピーピー女はどうするんだ?」

 話を振られた小鳥が眉を釣り上げた。

「人をお腹下したみたいに呼ばないでもらえますか?」
「んじゃピヨピヨ。アンタは迷宮探索に立候補すんの?」
「いえ。お姉様と一緒に、今日は寮の共有部分の掃除に(いそ)しみます」
「それがいい。セラと一緒に居な」
「えっ? あ、はい……」

 てっきり嫌味を言われるかと身構えていた小鳥は肩透かしをくらった。水島としては、殺人事件の犯人が判っていない現在、世良に単独行動をさせたくないとの思惑が有ったのだ。

(ピヨピヨが犯人ってことは無いだろう。夜も世良と一緒らしいからな。僕が居ない間はセラに引っ付いて、犯人が手出しできないように牽制してくれよ?)

「あっ、居た、セラ様~~~~!」

 ドタドタと階段を駆け下りて、ショートカットの少女がこちらへ向かってきた。それを見た小鳥が露骨に嫌な顔をした。

「あなた、また来たの!?
「だってぇ、セラ様のお役に立ちたくてぇ。またご一緒させて下さぁい♡」

 クネクネとしなを作り、世良に絡む少女に水島は引いた。

「………アンタ誰?」
「え? ……あっ、ああっ!」

 少女は途端に慌て出した。これまで彼女は遠巻きにしか水島を見たことがなかった。間近で見上げた高身長の彼は、世の女達に好かれやすい整った顔立ちをしていた。

「あっ、わ、私……一年の北島鈴(キタジマスズ)って言います! セラお姉様の大ファンなんです」

 モジモジしながら自己紹介した鈴という名の少女を、水島は怪訝そうに見つめた。

「そう言ってこの人、この二時間ずっとお姉様に付き(まと)ってるんですよ。やっと()いたと思ったのに」
「酷ぉ~い! 椎名さんてば意地悪! 私はただセラ様と居たいだけなのに。私のこの髪型もセラ様を真似たんだよ?」

 確かに世良によく似たヘアースタイルだった。しかし顔全体がシュッと引き締まっている世良に対して鈴は丸顔で、見た目の印象はだいぶ違っていた。

(つくづくセラって美形なんだよな……)

 水島が改めて世良に見惚れている横で、小鳥が鈴に毒づいた。

「嘘じゃん。同じクラスだから知ってるけど、あなた入学式からその髪型じゃん」
「入学前から国体のテレビ中継見てセラ様のファンだったの! つい最近ファンになったばかりの、ニワカな椎名さんとはファン歴が違うんだよ」

 ギリリとなった小鳥だったが、

「セラって去年も同じ髪型だったん?」
「いや、去年までは長かったんですよ。手入れが大変になって春休みにバッサリ切りました。長すぎると陸上のタイムにも影響出そうだったし」
「マジか! ロングのセラか! 今度中学の卒アル見せてよ」

 水島とセラの吞気なやり取りを聞いて、挑発的な鈴を睨み返した。

「やっぱり嘘じゃん! 何でそんなしょーもない噓吐くのよ!」
「セラ様とお近付きになりたいからに決まってるでしょ。椎名さんて馬鹿?」
「なっ……」
「まぁまぁ二人とも。コトリちゃん、北島さんの協力で上のトイレ掃除がすぐ終わったんだし、抑えて」
「でも……」
「また活躍しちゃいますよぉ! 今度は何処の清掃ですか?」

 なし崩し的に鈴が二人に加わりそうになったが、水島が邪魔をした。

「アンタ、今日は引きなよ」
「…………は?」
「セラは本調子じゃないんだよ。そんな風に側でうるさく騒いでたらセラがしんどい思いをするだろう?」
「それだったら椎名さんだって……」
「今のピヨピヨは自分の分を(わきま)えてるよ。アンタとは違う」

 認められた小鳥は驚いて水島の顔を凝視した。手を振ってその視線を払い除けながら、尚も水島は鈴に苦言を呈した。

「ホントにセラのファンだってなら、迷惑かけることはやめときな」
「………………」

 鈴は悔しそうだったが、引き下がることにしたようだ。

「セラ様、早く元気になって下さいね……」
「あ、うん。ありがとう」

 鈴が二階へ去ってから、世良は水島に頭を下げた。

「すみませんコハルさん、憎まれ役をさせてしまいました」
「気にすんな。僕がしたくてしたことだ」
「何か今日の水島さん……まともな大人みたい」
「うるせーよピヨピヨ。あれくらい、おまえ一人で追い払えるようになれよ」
「そうしたかったけど、あの人ったらしつこくて……!」
「アイツ、普通に男好きだぞ?」
「へ?」
「僕のこと見て照れてたからな。世良に媚びる態度も何かわざとらしかったし」
「あ、それ私も感じました! だいたいあの人、お姉様のファンクラブ会員じゃないし!」
「そんなの有んのかよ!? 女子高こえぇな!」

 水島と小鳥が盛り上がる横で、世良は気味悪そうに鈴が去っていった方角を見据えた。

「じゃああのコ、何で私に付き纏ったのかな……?」

 水島は世良の両肩を掴んで、自分の方へ向かせた。

「忘れんなよセラ、寮の殺人事件はまだ解決してないんだぞ」
「! あのコがやったと言うんですか!? まだ一年生ですよ?」
「そこまでは言ってない。つーか、敵の姿はまるで見えてないからな。何年生かも、何人で行動しているかも」
「………………」
「よく知らない相手には気を許すな、常に警戒しろってことだ」

 真剣な眼差しの水島へ、世良は素直に頷くしかなかった。
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