女医の意地
文字数 2,166文字
「お帰り」
「全員無事そうね」
寮へ戻った探索メンバーは、藤宮と三枝の両名に出迎えられた。
わずかに髪が乱れ服に皺 が付いていた二人。水島と百合弥は彼らを見て(コイツらヤッたな)と苦笑した。他のメンバー達は気づいていなかったようだが。
「先生、生徒さん達を診察してみてどうでしたか?」
多岐川の質問に、それまで笑顔だった三枝が顔を曇らせた。
「……良くないね。栄養剤の投与で何とかなるコも居れば、もう打つ手が無い程に衰弱してしまったコも居る」
多岐川の後ろに居た世良が恐る恐る聞いた。
「打つ手が無いとは……?」
「二十人くらいの生徒については……覚悟しておいてね、と言う意味よ。可哀想だけれど、彼女達に関しては設備が整った大病院に運んでも手遅れね」
「二十人……、そんなにですか……」
百合弥以外の生徒達は肩を落とした。老婆のようになった被害者を見てある程度の覚悟を決めてはいたが、ここから更に二十人もの仲間の死を耐えなければならないのだ。
たった一体の魔物をしばらく寮内に放置してしまったが故に、合計で四十人前後の犠牲を払うことになってしまった。もっと早く気づいていれば。それが悔やまれた。
そして三枝も悔しそうに顔を顰 めていた。医師として何もできないのは苦しいだろう。
藤宮は察した。探索メンバーが居ない間に、三枝が彼と寝たがったのは鬱憤を晴らす為だったのだと。「同じ男とは二度と関係を持たない女」として有名な彼女が、自分を誘ってきた時点でおかしいとは思っていた。
「MRIが使えないからハッキリとは判らない。でもアレ、骨も内蔵もボロボロになってしまっているんじゃないかな。どうして十代の女の子達があそこまで老化するのよ……! 一体ここで何が起きているの!?」
「化け物に、精気を吸われちまったからだよ」
花蓮が静かに言った。表情には怒りと悲しみが入り混じっている。奏子を思い出してしまったんだろう。
「精気を吸い取るだなんて、そんなことが本当に可能なの? だいたい化け物なんて……!」
感情的になった三枝へ、小鳥が不思議そうに尋ね返した。
「学院の外も化け物だらけなんでしょう? 先生は見たことが無いんですか? 外には精気を吸い取る化け物は出現してないんですか?」
「え、あ、そうね……。私の耳にはまだその症例が届いていなくて……」
魔物に遭遇したことが無い三枝はしどろもどろになった。藤宮がフォローした。
「医師は貴重な存在とされて、自衛隊に警護された病院に軟禁状態になっているんだよ。情報を与えられても自分の目で確かめる自由が無いから、化け物が居ると言われても実感が湧かないんだろう」
生徒達はその説明に納得したようだ。
「あたし……部屋に戻って休むわ」
流石に花蓮は疲れた顔をしていた。まだ完治とは言えない身体でよく頑張ったものだ。
「そうだな、皆お疲れさん。ゆっくり休んでくれ」
藤宮が解散の指示を出したが世良は残った。
「あの、三十分だけでいいので、また素振りを見ていてもらえませんか? 多岐川さん」
「もちろんです」
小鳥も倣 った。
「じゃあ私も。水島さん、約束通り槍の構えを教えて下さい」
「じゃあって何だよ。……仕方ねぇな、こっち来い。槍先には安全キャップが付いてないから気をつけろよ」
花蓮と百合弥は自室へ引き上げ、世良と小鳥は玄関ホールで武術指南を受けることになった。
「もっと腰落とせピヨピヨ。腕だけで突き刺すんじゃない。腰を入れるんだ。そしてちゃんと目の前に敵が居るイメージをしろ。狙いが定まってないぞ」
何だかんだ言って水島は小鳥の面倒をちゃんと見ていた。小鳥も彼の注意を素直に聞いていた。
世良と多岐川のコンビはそれを見て安心してから、自分の修練に励んだ。
「先生、言動には注意してくれな」
藤宮が三枝に小声で警告した。外の世界が安全だということはトップシークレットだ。
「解ってる。それよりも……」
三枝の目には大きな武器を振る世良と小鳥が映っていた。
「藤宮、明日からアタシも迷宮へ行くから」
「はぁ!?」
三枝の突然の申し出に藤宮は驚いた。
「何言ってんだ、アンタは戦闘員じゃないだろう?」
「衛生兵だって必要でしょ? 現場で適切な応急処置ができれば命の危険度がだいぶ下がるよ?」
それはその通りだ。迷宮の奥へ行くほどに強敵が出現する傾向に有る。今までは運良く全員帰還できているが、地下三階へ潜る明日からはどうなるか判らない。
「あのコ達だって、アナタ達みたいな訓練受けたプロの戦闘員じゃないじゃない」
「……先生、アンタは貴重な医師なんだ。何か遭ったら困るんだよ」
「みんなそうだよ藤宮。死んでいい人間なんて一人も居ない」
「………………」
「あんな少女達が命懸けで戦ってるのに、大人のアタシが安全な場所で悠々となんてしてられないよ」
藤宮は説得を諦めた。
学院警備室で何年も顔を合わせて接してきたのだ、三枝菜々緒がどういう女なのか既に解っていた。一見軽そうだが、実は強い信念と厚い情を持つ人物だ。
雫姫候補にされた高月世良もそうだが、彼女達のスポンサーとなった式守理事には人を見る目が有ると藤宮は思う。
「警備隊員以外の探索参加者は高月以外、ジャンケン勝負で決定だぞ?」
「いいわよ。アタシの運の強さを見せてあげる」
三枝はニッと笑って藤宮へ返した。
「全員無事そうね」
寮へ戻った探索メンバーは、藤宮と三枝の両名に出迎えられた。
わずかに髪が乱れ服に
「先生、生徒さん達を診察してみてどうでしたか?」
多岐川の質問に、それまで笑顔だった三枝が顔を曇らせた。
「……良くないね。栄養剤の投与で何とかなるコも居れば、もう打つ手が無い程に衰弱してしまったコも居る」
多岐川の後ろに居た世良が恐る恐る聞いた。
「打つ手が無いとは……?」
「二十人くらいの生徒については……覚悟しておいてね、と言う意味よ。可哀想だけれど、彼女達に関しては設備が整った大病院に運んでも手遅れね」
「二十人……、そんなにですか……」
百合弥以外の生徒達は肩を落とした。老婆のようになった被害者を見てある程度の覚悟を決めてはいたが、ここから更に二十人もの仲間の死を耐えなければならないのだ。
たった一体の魔物をしばらく寮内に放置してしまったが故に、合計で四十人前後の犠牲を払うことになってしまった。もっと早く気づいていれば。それが悔やまれた。
そして三枝も悔しそうに顔を
藤宮は察した。探索メンバーが居ない間に、三枝が彼と寝たがったのは鬱憤を晴らす為だったのだと。「同じ男とは二度と関係を持たない女」として有名な彼女が、自分を誘ってきた時点でおかしいとは思っていた。
「MRIが使えないからハッキリとは判らない。でもアレ、骨も内蔵もボロボロになってしまっているんじゃないかな。どうして十代の女の子達があそこまで老化するのよ……! 一体ここで何が起きているの!?」
「化け物に、精気を吸われちまったからだよ」
花蓮が静かに言った。表情には怒りと悲しみが入り混じっている。奏子を思い出してしまったんだろう。
「精気を吸い取るだなんて、そんなことが本当に可能なの? だいたい化け物なんて……!」
感情的になった三枝へ、小鳥が不思議そうに尋ね返した。
「学院の外も化け物だらけなんでしょう? 先生は見たことが無いんですか? 外には精気を吸い取る化け物は出現してないんですか?」
「え、あ、そうね……。私の耳にはまだその症例が届いていなくて……」
魔物に遭遇したことが無い三枝はしどろもどろになった。藤宮がフォローした。
「医師は貴重な存在とされて、自衛隊に警護された病院に軟禁状態になっているんだよ。情報を与えられても自分の目で確かめる自由が無いから、化け物が居ると言われても実感が湧かないんだろう」
生徒達はその説明に納得したようだ。
「あたし……部屋に戻って休むわ」
流石に花蓮は疲れた顔をしていた。まだ完治とは言えない身体でよく頑張ったものだ。
「そうだな、皆お疲れさん。ゆっくり休んでくれ」
藤宮が解散の指示を出したが世良は残った。
「あの、三十分だけでいいので、また素振りを見ていてもらえませんか? 多岐川さん」
「もちろんです」
小鳥も
「じゃあ私も。水島さん、約束通り槍の構えを教えて下さい」
「じゃあって何だよ。……仕方ねぇな、こっち来い。槍先には安全キャップが付いてないから気をつけろよ」
花蓮と百合弥は自室へ引き上げ、世良と小鳥は玄関ホールで武術指南を受けることになった。
「もっと腰落とせピヨピヨ。腕だけで突き刺すんじゃない。腰を入れるんだ。そしてちゃんと目の前に敵が居るイメージをしろ。狙いが定まってないぞ」
何だかんだ言って水島は小鳥の面倒をちゃんと見ていた。小鳥も彼の注意を素直に聞いていた。
世良と多岐川のコンビはそれを見て安心してから、自分の修練に励んだ。
「先生、言動には注意してくれな」
藤宮が三枝に小声で警告した。外の世界が安全だということはトップシークレットだ。
「解ってる。それよりも……」
三枝の目には大きな武器を振る世良と小鳥が映っていた。
「藤宮、明日からアタシも迷宮へ行くから」
「はぁ!?」
三枝の突然の申し出に藤宮は驚いた。
「何言ってんだ、アンタは戦闘員じゃないだろう?」
「衛生兵だって必要でしょ? 現場で適切な応急処置ができれば命の危険度がだいぶ下がるよ?」
それはその通りだ。迷宮の奥へ行くほどに強敵が出現する傾向に有る。今までは運良く全員帰還できているが、地下三階へ潜る明日からはどうなるか判らない。
「あのコ達だって、アナタ達みたいな訓練受けたプロの戦闘員じゃないじゃない」
「……先生、アンタは貴重な医師なんだ。何か遭ったら困るんだよ」
「みんなそうだよ藤宮。死んでいい人間なんて一人も居ない」
「………………」
「あんな少女達が命懸けで戦ってるのに、大人のアタシが安全な場所で悠々となんてしてられないよ」
藤宮は説得を諦めた。
学院警備室で何年も顔を合わせて接してきたのだ、三枝菜々緒がどういう女なのか既に解っていた。一見軽そうだが、実は強い信念と厚い情を持つ人物だ。
雫姫候補にされた高月世良もそうだが、彼女達のスポンサーとなった式守理事には人を見る目が有ると藤宮は思う。
「警備隊員以外の探索参加者は高月以外、ジャンケン勝負で決定だぞ?」
「いいわよ。アタシの運の強さを見せてあげる」
三枝はニッと笑って藤宮へ返した。