露見(四)

文字数 2,493文字

 騒ぎを聞きつけて、廊下へちらほら生徒が出てきていた。詩音と、茜の世話をしに三階へ通っている杏奈の姿も有った。しかし逆を言うとこれだけの騒ぎを起こしたというのに、数えるくらいの生徒しか顔を出さないのはおかしいと世良は思った。
 藤宮が言っていた。引き籠り生徒が衰弱していると。

「生きてはいるけど衰弱している生徒はみんな寮長に……、寮長の振りをしていた化け物に活力を吸われてしまったのでしょうか?」

 暗い顔をして廊下を見渡す世良に、銃をホルダーに仕舞った藤宮が(こた)えた。

「たぶんな」
「休ませれば……、彼女達は元気を取り戻すでしょうか?」
「それは判らん。精気を吸われた身体がどうなっているのか……、内臓がボロボロになっているかもしれない」
「せめて……お医者さんに診てもらうことができたら……!」
「同感だ。上司に医者を学院に派遣できないか打診してみるよ。……だが期待はしないでくれ」
「………………。そうですよね、学院の外も混乱していて、きっと医師不足ですもんね……」
「……………………」

 廊下を小走りで駆けてくる者が居た。小鳥と杏奈だ。

「お姉様!」
「セラ、何が()ったの!?

 彼女達には走ってこられる体力が有った。たったそれだけのことなのに、世良は二人を見て泣きそうになった。
 少し遅れて京香と五月雨姉妹が到着し、詩音も側へ寄ってきたので、藤宮は彼女達に奏子と犠牲になった生徒達のことを話した。

「そんな……ソーコが……そんな……」

 詩音は顔面蒼白となり、奏子の頭を抱えて泣く花蓮に寄って彼女を抱きしめた。とても痛々しい光景だった。

「知らない間に、そんなにいっぱい人が死んでいたなんて……」

 杏奈がわななき、

「化け物が、寮内にまで入り込んでいたんですか……」

 いつも落ち着いている五月雨姉妹の姉、美里弥も今回ばかりは顔を曇らせた。もっとも彼女の場合は、他のみんなとショックの意味合いが違っていた。

(神谷ソウコもお嬢様の強力なライバルとして、リンコ様から渡されたリストに載っている人物でした。化け物だったとは……。迂闊(うかつ)に仕掛けなくて良かったですね)

「……手分けして遺体を運びましょう。部屋の掃除もしなくては。今日はもうあまり時間が無いけれど、できるところまで」

 京香が今すべきことを述べた。落ち込んでいる暇も無いのはキツイが、死体を放置する訳にはいかない。
 藤宮が髪を掻いた。

「……だな。数日前に死んだと思われる生徒の遺体はもう腐敗が始まっている。可哀想だが早く外へ出さないと、寮内の衛生が大変なことになる」
「隊長、亡くなった生徒の部屋を教えて下さい」
「アンタ、まだ脚の傷が痛むんじゃないのか?」

 藤宮は京香の脚に巻かれた包帯を見て言った。もちろん彼は京香の怪我が治っていることを知っている。これは「傷がつらい演技をしなくてもいいのか?」という皮肉だった。

「経過は良いようです。痛み止めを飲んでいますし大丈夫です。心配して頂けるのなら、隊長さんが私とペアを組んで下さい」

 京香の目は、「信用できないのなら私を監視なさい」と藤宮に訴えていた。

「……了解だ。ペアを組もう。まずはあの部屋からだ」

 藤宮は京香を伴って、一番近い被害者の部屋へ入っていった。

「私も」

 立ち上がった世良に水島が並んだ。

「休んでろ……って言ってもセラは働くんだろうね。なら何か起きた時にすぐ護れるように、僕と一緒に行動してくれ」

 一緒に藤宮達の後を追う二人を、杏奈は複雑な感情で眺めた。彼女は親友の世良ではなく、水島の背中に熱い視線を送っていた。

「田町先輩、私達も行きましょう」

 小鳥に言われて杏奈は我に返った。

「あ、ごめんなさい。私は……桐生先輩の部屋へ戻らないと」
「そうなんですか……」

 多岐川が申し出た。

「では私と組みましょう、椎名さん」
「はい、宜しくお願いします!」
「生徒会長、副寮長を頼みますね」

 泣き崩れる花蓮を支える詩音は、多岐川に頷いた。

 死体の半数は腐臭を放っていた。匂いをできるだけ遮断して運ぶ手も汚れないように、死体はシーツでグルグル巻きにされた。
 作業中の京香の瞳には涙が滲んでいた。匂いのせいではなく、殺されてしまった生徒達を悼む涙だと藤宮は感じた。

(コイツも寮長と同じく、人間の振りをして寮へ入った化け物なのかもしれない。……だが、他の生徒への接し方を見る限りは敵意が無いように思える。油断はできないがな)

 完全に精気を吸い取られた少女達の身体は軽かった。予想していたよりも早く何度も往復を繰り返して、十六体全てをグラウンドへ運ぶことができた。それでも赤い夕日と夜の薄闇が空でせめぎ合う時刻となったが。
 墓標となる桜の樹の下で、世良、京香、小鳥はシーツにくるまれたかつての同窓へ長い黙禱(もくとう)を捧げた。

「え…………?」

 多岐川は並べられた生徒の死体が、少し地面にめり込んだ気がした。そしてそれは見間違いでは無かった。
 まるで地面のそこだけが液状になったかのように、死体がシーツごとずぶずぶと地中へ沈んでいく。
 他の皆も気づき、世良が反射的に死体の一つに手を伸ばした。

「触るな!」

 水島が世良の身体を引き戻した。

「触ったら俺達も引きずり込まれるかもしれない。だから駄目だ」
「あ……」

 皆の目の前で死体は完全に地中へと落ちた。

「何なんだよ、これは……」
「隊長、陽が完全に落ちました。ここから先は

領域なんでしょう」
 
 空は黒一色に覆われていた。藤宮は見上げて舌打ちをした。

「……なるほどな。日が暮れると外も迷宮と同じ環境になっちまう訳か」

 今まで消えた遺体も、こういう風に沈んでいったのだと皆は理解した。

「あれ、でも寮の玄関前で餓鬼に襲われた生徒達は、一晩経っても遺体がそのまま在りましたよ?」
「では外全てが迷宮と同じになる訳ではないということか?」

 何処から何処までが雫姫が支配する領域なのか。考えても答えは出なかった。

「先程の戦いで、ハンドガンの弾が残り少なくなっています。装備品が乏しい状態で外に出ているのは危険です。寮へ戻りましょう」

 多岐川の提案に逆らう理由は無かった。全員で急いで寮まで戻った。
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