隠し事(一)

文字数 2,997文字

 杏奈は一年生の北島鈴を捜して寮内をくまなく歩いていた。茜の指示だ。報告に来るはずの鈴が来ないと茜は怒っていた。何の報告なのかまでは教えて貰えなかった。

(残るは一階か……)

 昼食とも夕食としても中途半端な時間帯だが、小腹が空いて食料を取りに食堂へ行ったのかもしれない。それともシャワーを浴びに?
 階段を下りて一階廊下をキョロキョロ見回した杏奈は、横から伸びてきた(たくま)しい腕に掴まれた。

「水島……さん!?

 上着を脱いで上半身タンクトップ姿の水島に、杏奈は引っ張られる形でレクレーションルームに連れていかれた。部屋に入った後に扉を閉められて、杏奈は不安で身体を縮めた。
 犯されるのか、そう覚悟した杏奈に水島がしたのは質問だった。

「アンナちゃん、独りでコソコソ何してたの~? キミは桐生のお嬢さん専属のお世話係だろ~?」

 あんまりな言われ方だったが事実なので耐えた。

「……その桐生先輩に言われて、人を捜していたんです」
「それって北島スズ?」

 まさに捜していた人物を言い当てられて、杏奈は目を丸くした。そんな彼女の様子を観察した水島は杏奈を壁に押し付けて、自身の両腕を壁に突っ張って退路を断った。
 世良にもした「壁ドン」だが、今回は意味合いが違った。水島は杏奈を威圧する為に使った。

「おたくもさ、北島がセラに何をしようとしていたのか知っていたのか?」

 咎めるような口調。低い声。無表情な顔。水島の変化を目の当たりにした杏奈の身体は固くなった。

「あの……何かって……?」

 心当たりが無かった杏奈は聞き返すしかなかった。

「北島さん、セラに何かしようとしたんですか……?」

 水島が怖かった。しかし親友の名前が出たことで杏奈は勇気を振り絞った。

「………………」

 水島は杏奈から身体を離した。

「アンタは知らなかったみたいだな」
「あの……教えて下さい。セラがどうしたんですか!? 北島さんはいったい何を……」

 セラを心配する杏奈に、水島は忌々しそうに吐き捨てた。

「あの糞アマ、セラを毒針で刺して殺そうとしたんだ」
「!」
「ねぇ、北島スズについて知ってること、全部話して」

 身体を射貫くような水島の視線を受け、杏奈は噓を吐いて誤魔化すことができなくなった。茜から自分達の陣営の情報を漏らさないよう、強く釘を刺されていたのだが。

「……昨日の朝8時に桐生先輩の部屋へ伺ったら、北島さんを連れてくるように頼まれたんです。それで私、彼女を一年生の部屋まで迎えに行きました。北島さんも、私と同じで桐生先輩に逆らえない事情が有るみたいで、先輩の為に働くように命れ……指示されていました」
「………………」
「午前中はそれで終わったんです。でも午後にまた呼んでこいと言われて、北島さんを先輩の部屋へ連れていきました」

 水島は思い出していた。昨日の午後。茜宛ての荷物を届けに三階へ上がった際、廊下で鈴に会っていた。あの時か。

「桐生のお嬢さんは北島に何を話したんだ?」
「その時の会話は聞いていません。話が終わるまで外に居ろと、私は廊下に出されたんです」

(なるほど。その時に毒針を北島に渡して指示を出したんだな。アンナちゃんはセラと仲がいいから、計画を知ったら邪魔をされるとお嬢さんは考えたんだろう)

 だがそうなると、実家から荷物が届く前に茜は毒針を所持していたことになる。

(お嬢さんてば、異変が起きる前からライバルを消す手段を用意していた訳か。面倒だねぇ、無能な働き者ってのは)

「他には?」
「私が知っているのはこれだけです」
「そ。ならもう行っていいよ。だけどくれぐれも、僕と今話したことはお嬢さんに内緒にしてね。アンタだってお嬢さんに睨まれたくないだろ?」
「…………はい」
「あ、そうだ」

 レクレーションルームを出ていこうとした杏奈を水島は呼び止めた。

「アンナちゃん、ずっとセラと友達でいなよ? それがキミが生き残れる唯一の道かもしれない」

 真顔で言われて杏奈はゾッとした。セラの敵に回ったら殺す。水島が暗にそう言っているように思えたのだ。
 姿が見えない北島鈴。彼女は何処へ行ってしまったのか。杏奈は怖くて彼に追求できなかった。

 杏奈が部屋を出てから水島は、自分の荷物が入ったリュックを漁った。底にはトランシーバーが入っていた。学院警備隊ではなく、水島個人に与えられた物だった。
 周辺に誰も居ないことを確認してから、彼は電源を入れた。

『はい、こちら桐生邸』
「水島だ。セイゴさんは居るかい? 居るなら代わってくれ」

 水島は茜の兄・桐生清吾の名前を出した。少し時間を開けて、トランシーバーの向こうに清吾が登場した。

『セイゴだ。何か遭ったのか? 水島』
「妹さんについてのご報告を」
『アカネか……。どうぞ』
「雫姫になる為にライバルを消そうと精力的に動いているようだけど、やり方が壊滅的に下手です。時間の問題でやってることが他の生徒にバレますね。桐生としてはマズいのではないですか?」

 無線越しに清吾の溜め息が聞こえた。

『やはりか。武器になるものを送れと連絡が有った時から嫌な予感がしていたんだ。派手な真似はするなと言っておいたのに』
「ああ、届いた荷物、中身は武器でしたか」
『送ったのはアーチェリーの装備だけだ。強力な劇薬も要望されたが入れなかった』
「賢明なご判断……と言いたいところですが、お嬢さん、既にいくつか毒物を所持していますよ?」

 水島の指摘を受けた清吾は、今度は強い舌打ちをした。

『やっぱりかアイツ! 研究員の何名かがアカネに買収されて薬を横流ししているようなんだ。まだロット管理されていないサンプル品だから、薬が無くなったという騒ぎにならず事実確認が遅れている』

 桐生コーポレーションは医薬品を扱う企業だ。劇薬の管理ミスは、警察も介入する会社にとっての致命傷となる。

「大変ですね」
『まったく……。雫姫になるには高い資質を示さなければならないというのに、アイツときたら他の人間の足を引っ張ることしかできない。昔からそうだ』
「なら始末しますか? そういう依頼でしたよね?」

 水島は事も無げに言った。

『……キミは、女子高生を手に掛けることに対してまるで躊躇(ちゅうちょ)しないんだね』
「だからこそ僕を雇い入れたんでしょう? 妹の死を望む兄よりマトモだと思いますけど」

 水島と清吾は通じていた。そもそも、水島の戦闘力を高く評価して学院警備隊に推薦したのは清吾なのだ。更に清吾は、水島を学院への派遣メンバー三名の内に組み込んだ。自分の懐刀(ふところがたな)として。

『仕方が無いさ。桐生家にとって最も大切なのは、次の雫姫に陣営の誰かが選ばれることなんだ』

 それは茜でなくてもいい。むしろ暴走しがちな彼女よりも、従順な他の生徒の方が向いているかもしれない。清吾や父親の理事はそう考えていた。

 水島へ出された指示は茜の監視。そして彼女が雫姫に相応しくない行動を取った際の後始末。始末には茜の命も含まれている。

 そうとも知らない茜は、自分の抹殺を企む水島と契約し、己の近くへと引き入れてしまったのだ。

「決行はいつにします?」
『それはキミに任せるよ。ただし魔物にやられたように見せかけてくれ。最期まで学院やクラスメイトの為に懸命に戦って散った……、ささやかな名誉を妹にくれてやりたいんだ』
「了解」

(人間関係のイザコザで殺されると、桐生家の醜聞になるからだろ)

 そう思ったが水島は黙っていた。
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