6月13日の迷宮(三)

文字数 2,654文字

「先生、コレで蛇を照らせ!!
「セラも頼む! 前へは出るなよ!」

 藤宮と水島は、それぞれ三枝と世良に小型懐中電灯を渡した。そしてすぐに銃を構えた。人間をも容易く吞み込めそうな巨大蛇に近接武器は危険だと判断し、離れて射撃することにしたのだ。
 二人のハンドガンが薄闇の中で火を吹いた。

 パン! パンパン!

『グォオオオオ!!!!

 世良と三枝が照らす光の輪の中で蛇は身体をよじり、獅子の頭で咆哮した。

「銃は効いてる! 撃ち続けろ!!
「了解!」

 警備隊員は銃の反動を手首で殺して連射した。
 しかし獅子蛇は苦しんではいるようだが倒れなかった。
 そうこうしている内に、ガチッ! 藤宮のハンドガンが弾切れとなった。

「くそっ、マガジンを交換する。水島、援護を頼む!」
「僕の方も弾切れです!」

 ヒュンッ。
 アルミカーボン製の矢が暗い空を飛んだ。洋弓使いの茜だった。連射された彼女の矢が大蛇の胴体へ二連続で突き刺さった。

「早く、今の内に弾込めをして!!
「わりぃなお嬢様!」

 茜も射手として加わったことで警備隊員達は持ち直した。弾丸を補充し獅子蛇へ攻撃を再開した。

『グウゥッ、ゴアァァッ!』

 全身を水と血で濡らした獅子蛇は形勢不利を悟ったのだろう、自らの棲息地を放棄して、川からみんなが居る陸地へと上がった。

「マズイ! みんな、もっと下が……」

 猛スピードでこちらへ向かって来る蛇は長い胴体を捻り、尻尾で前衛の警備隊員達を薙ぎ払った。飛ばされた二人は地面をゴロゴロ転がった。

「コハルさん!」
「藤宮!?

 そして獅子蛇は世良と三枝の元へ進路を変えた。明かりが目印になっていると察した世良は懐中電灯を前方へ投げて、太刀を(さや)から抜いて両手で握った。

「先生、明かりを捨てて逃げて!」
「ヒッ…………」

 獅子蛇は、唯一の電灯保持者となった三枝に狙いを定めた。
 当の三枝は逃げるどころか明かりも消さず、その場に尻餅をついてしまった。至近距離でグロテスクな風貌をした魔物を視認し、恐怖で腰を抜かしたのだ。
 胴体に空いた数十個の穴から赤黒い血を滴らせる獅子蛇は、大きな口を開けて三枝を吞み込もうとした。

「えええいっ!」

 世良は蛇の胴体を真一文字に斬り付けた。
 ────硬い! ウロコのせいか世良の剣の腕が未熟なせいか、太刀の刃は奥まで届かず途中で止められてしまった。

『ギュウオオォォン!』

 それでもダメージはダメージ。獅子蛇は自分の身体を傷付けた世良へとターゲットを替えた。
 捕食者である獣の目。見据えられてセラはゾッとした。

(喰われる。私はこれからこの化け物に喰い殺される)

 死を覚悟した数秒間。その悪夢を打ち破ったのは水島であった。
 へたり込んでいる三枝が未だに照らす丸い光は、槍を持った救世主の姿を捉えた。

 ズグンッ!

 世良へ迫っていた獅子蛇の頭は、走り寄った水島の持つ朱色の槍で、斜め下から串刺しにされたのだった。

(え……え……? コハル……さん……?)

 世良は何度も(またた)いた。生きている? 死ぬはずだった自分が存在していた。
 立ち尽くす彼女の耳に、弱々しくなった魔物の叫び声が聞こえた。

『グゴ、オォォ……、オオン!』

 槍を引き抜いた水島は、角度を変えて再度頭部へ突き刺した。

 ズジュッ!

 それは決して綺麗な光景ではなかった。二度貫かれた魔物の顔はぐにゃりと歪み、槍には肉片が付着して血糊の糸を引いていた。三枝は片手で口を覆い吐き気と戦った。
 だが世良の目は釘付けとなっていた。魔物ではなく、水島に。

「コイツはもう瀕死だ! みんなでトドメを!!

 水島の音頭で詩音、美里弥がそれぞれのナイフを魔物の胴体に突き立てた。やや遅れて復活した藤宮も。茜は味方へ誤射しないように、離れた尻尾部分を狙って矢を放った。
 獅子蛇は最後の力を振り絞って多少暴れたが、全員が容赦せず攻撃の手を緩めなかった。

『オォ……ォ……』

 ついに蛇は動かなくなった。絶命した途端にその大きな身体は一気に塵と化した。終わりはいつもあっけない。

「は、はぁ、はぁ……」
「おい先生、大丈夫か?」
「……だ、大丈夫じゃない」

 何もしていないくせに、誰よりも荒い息を吐いている三枝の様子を藤宮が見に行った。

「嘔吐や失禁はしてないみたいだな」
「そっちは……何とか。でも脚に力が入らない……」
「わりぃが俺は背負えないぞ? 常に戦えるようにしとかなきゃならないんでな。誰か生徒に肩を借りな」
「いや、自力で……気合いで立つ。あと数分だけ待って」
「……先生、アンタはもう探索に出ない方がいい。寮で治療に専念してくれるだけでも充分に助かるから」
「そうね。そうする……」

 三枝は学院へ来る前に式守理事から聞いていた。生徒達は全員、食うに困る貧しい家庭の出身か、親から虐待を受けて育った者達だと。そして起きた異変。大半の生徒が引き籠もる中、事態を改善しようと迷宮探索に志願する少女は正にサバイバーだ。
 三枝は母子家庭だったが祖父母が裕福だったが故に、飢えとは無縁の生活を送ってきた。学費が高い医学部へも進めた。 
 自分には少女達のような覚悟が無い。三枝はそう痛感したのだった。

「セラ、怪我は無いな?」

 世良が投げた懐中電灯を回収して、水島は彼女の元へ寄った。まだ太刀を握ったままの彼女の手を、槍を持っていない左手でそっと撫ぜた。

「もう、大丈夫だからね」

 その声を聞いて、世良は全身の緊張がようやく解けた。ふうっと息を吐いて刀を鞘に納めた。

「あ、ありがとうございますコハルさん。助けてくれて……」
「当たり前じゃん。いつだって助けるよ」
「蛇に跳ね飛ばされた時、怪我をしませんでしたか?」
「受け身取ったから大丈夫。あのくらいは余裕だよ」

 水島は鼻を掻いて笑った。

「僕はセラのウルトラマンだからね」
「………………!」

 世良は思わず水島に抱き付いていた。

「せ、セラ……?」
「……私、自分が死ぬと思ったんです。今度ばかりはもう駄目だって……」

 水島も世良を抱きしめ返した。

「そんなことは絶対にさせない。僕がセラを護る」

 きっとこの人は有言実行するだろう。今の世良はもう水島を完全に信用していた。だけれどそれによって新たな不安が生まれた。
 水島が自分を護る為に無茶をして、大怪我、もしくは命を落とす事態になるのではないかと。

(もっともっと強くならなくちゃ。コハルさんの足を引っ張らないように)

 世良は決意して、水島の背中へ回す手に力を込めた。
 薄明かりの中で抱擁する世良と水島を、唇をキュッと結んだ詩音が見ていた。
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