気持ちの切り替えと新たなる同居人(二)

文字数 2,323文字

「何だぁ?」

 藤宮が玄関方向を睨みつけた。チャイムを鳴らしたとなると学院警備室関連の来訪者だろうが、睡眠を邪魔された藤宮は苛ついた足取りで玄関へ向かった。世良達も後へ続いた。

「物資の搬入は午後に頼んだはずだろう? 誰だい?」
「アタシよ、藤宮」

 扉の向こうからは女性の声が聞こえた。

「え? あ? 三枝(サエグサ)先生か!?

 一気に睡魔が退散した藤宮は即座に玄関扉を開けた。そこには先程の藤宮に負けないくらい不機嫌そうな顔をした、長身で派手な美人がキャリーカートと共に立っていた。
 女性は純白の白衣を身に着けているが、胸元が大きく開いて谷間が覗いている。メイクは濃く、長く明るい茶色の髪にはウェーブが掛かっていた。

「アナタの要請で来てやったんじゃない。何よその態度は」
「すまん。来てもらえるとは思っていなかったもんで……」
「フン、寝起き? 相変わらず朝に弱いのね。そんなんでよく時間に厳しい自衛官が務まったものね」

 藤宮の知人らしいその女性は、十センチ近く有る黒のピンヒールを脱いで床へ上がった。

「藤宮、その荷物運んでね。医療品だから」

 カートの上に乗っている医療品、白衣、そして藤宮は彼女を「先生」と呼んだ。

「もしかして……お医者さんですか?」

 尋ねた世良に視線を移した女医らしき女は、大きく目を見開いて数秒間固まっていたが、その後に歓喜の表情を作って大声で叫んだ。

「まあぁぁぁ、アナタ、何て綺麗な顔をしているのぉ!!

 (ひる)んだ世良にそのまま抱き付いてこようとしたが、その前に水島が世良を抱きしめて女医から遮った。

「駄目ですよ~センセ。このコはそこら辺の男よりもイケメンだけど、れっきとした女のコですからね~」
「構わないわよ、そんなこと!」
「へっ?」

 女医は世良の後ろに居た小鳥と京香にも目を止めた。

「あらあらあら、アナタ達も可愛い顔しているじゃない! 何よ、桜妃女学院って美少女の産地なの!?
「えっ」
「きゃあ!」

 女子高生を追い掛ける女医を見て水島は呆然とした。

「三枝センセって真正の男好きなんじゃなかったんですか? 僕、入社して早々に喰われたんですけど」
「ああ~……。アレは学院警備室の通過儀礼みたいなモンだからなぁ……」
「えっ、てことは隊長も? 多岐川さんも!? 室長や他の先輩も!? 同僚全員が穴兄弟なんて嫌なんですけど!」
「俺だって嫌だよ!!
「……大人ってサイテー……」

 水島の腕の中から(さげす)む声がした。水島が世良を抱きしめているのを忘れていた。

「うわあぁぁぁ高月!?
「セラ違うから! アレは一夜限りの過ちだから! 今の僕はキミ一筋だから!」
「どーでもいいんで放して下さい」
「セラぁ……」

 世良が水島を引き剝がしていると、小鳥が自分にしがみ付く女医を引き()ってきた。小柄な彼女が大した脚力だ。元サッカー少女というのは伊達じゃない。

「この人を何とかして下さい! 何なんですかいったい!」
「うん……悪い。紹介するから皆レクレーションルームへ行ってくれや」

 疲れた顔で藤宮は言った。


 起きてきた多岐川も加えた七人で、輪を描いて床に座った。生徒達が警戒する中、女医はニコニコと自己紹介をした。

「医師の三枝菜々緒(ナナオ)です。こちらの式守理事の紹介で、学院警備室のホームドクターをしています。桜妃の校医も兼任したかったわぁ」
「式守理事……。私のスポンサーだ」

 何気に呟いた世良の顔を、三枝は改めてマジマジと見つめた。

「アナタ、もしかして高月セラちゃん?」
「は、はい」
「そっかぁ、アナタのことは理事からよく聞いてる。みんなの希望となれる存在だから、体調管理には特に気をつけてやれって」
「ありがとうございます。でもこんな状況だから、今年の国体はたぶん無理です」
「………………」

 式守理事が言う希望とは、世良が雫姫に指名されることだろう。大人達はそう思ったが口に出さなかった。

「ま、何はともあれこれから宜しくね☆」
「これから……?」
「ええ。アタシも今日からここに泊まり込んで、生徒さん達の治療に当たらせてもらいます」
「本当ですか!?

 世良と小鳥、京香は顔を見合わせて喜んだ。性癖に多少の難は有りそうだが、医療のスペシャリストが傍に居てくれるのだ。

「と偉そうに言っても、大きな医療器具は持ち込めなかったから、衰弱した生徒さんには点滴くらいしかできないんだけどね……」
「それでも助かります! 私達、弱っていくみんなをただ見ているだけだったから……」
「そっか。よし、さっそく治療を開始しましょう。案内してくれる?」
「はい!」
「それと、アタシが泊まれる部屋は在るのかしら?」
「あ……」

 少女達は言葉に詰まった。

「部屋はたくさん空いてます。でもそれらの部屋は、元々は亡くなった生徒が使っていた部屋で……」
「掃除と消毒は済ませましたが……」
「なら大丈夫よ、空き部屋の一つを使わせてもらうわ。病院だって亡くなる人は大勢居る。でも次の入院患者を受け入れなくちゃならないでしょ? それと同じよ」

 三枝はサッパリとした性格の持ち主だった。

「さ、行きましょ。水島は段ボール箱運んでね」
「はいは~い」

 少女達と水島に案内されて、三枝は部屋を出ていった。残された多岐川が藤宮に囁いた。

「先生が派遣されたことは喜ばしいことですが、よく許可が下りましたね。てっきり、衰弱死する生徒は雫姫の器としては弱いと見なされて、放っておかれると思っていました」
「俺もだ。ただ今回、一気に生徒の数が減ったことで理事達は危機感を持ったんだろう。雫姫の降臨前に、自分の手持ちの札が全滅するんじゃないかってな」
「……結局は、生徒の為ではなく自分の利益の為ですか……」

 暗い気持ちになった二人は同時に溜め息を吐いた。
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