6月12日の迷宮(二)

文字数 2,313文字

「キャアァァァ!?

 ゾンビのような見た目なので、てっきり動作が鈍いだろうと高を括っていた小鳥は、屍兵(しかばねへい)の意外な脚の速さに驚いた。

「馬鹿野郎、撃ってない奴に迂闊(うかつ)に近付くな!」

 パンッ!

 水島が、小鳥に向かっていた兵士の脇腹を撃ち抜いて脚を止めた。すかさず世良が太刀で、素人ながらも兵士の肩から腹を袈裟斬りにして仕留めた。

「コトリちゃん、負傷してない化け物は生きてる人間と同じくらいの速さで動くみたいだ、気をつけて!」
「は、はい!」

 それだけではなかった。屍兵は刀や槍を持っているので、動物系の魔物よりよほど手強かった。銃という現代兵器のおかげで、何とかこちら側が有利に立てている状態だった。

「くそったれが、もう弾切れだ!」

 そしてトドメを生徒に任せて弾丸を節約するにも限度が有った。弾を補充しようと上着のポケットから交換用のマガジンを取り出していた水島へ、槍を持った兵士の一体が突撃を仕掛けた。
 すんでのところで水島は避けたが、マガジンを床に落としてしまった。

「ち……」

 槍兵は水島を串刺しにしようと何度も獲物を突き出した。抜群の運動神経を持つ水島はそれらもかわしたが、彼が持つサバイバルナイフではリーチ的に槍に対して不利で、反撃が思うようにできなかった。
 防戦一方となった水島だったが、

 バカンッ!

 彼を襲っていた槍兵の頭が乾いた音を立てて(へこ)んだ。兵士は頭部からプシューと血を噴き出して一回転し、派手な音と共に床へ倒れ込んで霧散した。
 背後から不意打ちしたのはバットを握った花蓮だった。

「今の内だよ、弾込めして!」
「ありがとー、メッシュちゃん!」

 空のマガジンを捨て、そこへ床に落ちていた替えマガジンを拾って装填(そうてん)した。

「よっしゃあ復活!」

 水島は再びハンドガンを連射して、屍兵の動きを止めていった。多岐川の方も弾切れとなったようだが、彼は短銃をライフル銃に持ち替えて狙撃を続けていた。

「ええいっ」
「コイツ!」

 撃たれて動きが遅くなり、正にゾンビとなった兵士は生徒達にトドメを刺された。三十数体居た屍兵の数が徐々に減っていき、数分後には残すところ一体となった。

 ただこの最後の一体、明らかに他の屍兵とは違っていた。

「地下二階のボス、かね」

 二個目の替えマガジンを装填しながら水島が呟いた。
 それだけの貫禄が有った。先に倒した兵士達が着物のみ、もしくは胸当て程度の防具しか着けていなかったのに対して、最後の一体は兜に鎧に籠手(こて)、脚を守る佩楯(はいだて)脛当(すねあて)まで装備していたのだ。腰には二本の脇差し。鎧武者と言う呼び名が相応しい相手だった。

 武者は刀を抜き、ゆっくりとした足取りでこちらへ近付いてくる。味方兵が全滅したことなど気にしていないように。

「生徒さん達は下がっていて下さい」

 多岐川が前に出て、ライフル銃から最初の一発を武者へ放った。

 ガンッ。

 多岐川の狙いは正確だった。弾丸は武者の頭部に飛んだ。しかし兜にめり込んだものの、武者の身体には到達しなかったようだ。

 パンパンパン!

 水島は三連射した。二発の弾丸が武者の身体へ向かい、やはり鎧に止められてしまった。最後の一発は銃の反動でわずかに手がブレてしまい外した模様だ。

「はぁ? 平安時代のちゃちな鎧だろ? 何で届かない!?
「とにかく撃ち込むんだ水島!」

 多岐川と水島とで銃を乱射した。ほとんどの弾丸が鎧に吸収された。ほのかに青白く光る鎧を見て、ただの鎧では無いのだと皆は思った。

 バシュッ。

 一つの弾丸が武者の二の腕を掠めて赤い線を引いた。血だ。初めて武者の身体を傷付けることに成功した。

「鎧を着けていない生身の部分なら効果が有る! そこを狙え!」
「狙えったって……」

 ほぼ全身に装備品を着けている武者。銃でわずかな隙間を狙うのは至難の業だ。残弾は残り少なく、更に武者は動いているのだ。

『コハァッ!』

 武者は息を吐いてついに駆け出した。速い。
 彼の振るう刀が半月の軌道を描いて水島に迫った。水島は大きく横っ飛びして逃れた。

「多岐川さん、これを!」

 世良が太刀を多岐川に差し出した。狙撃が難しいと判断した多岐川は、ライフルを置いて太刀を受け取った。

「くっ」

 武者は尚も水島へ斬り掛かった。水島は床を転がって避けた。
 そこへ太刀を構えた多岐川が走り込んだ。

 ギインッ。

 多岐川の一刀は武者の刀によって受け止められた。そして踏み込んだはずの多岐川が後方へ押し戻された。

(……力負けした! 受け太刀はできないな)

 数歩下がった後に構え直し、多岐川は息を整えた。
 改めて武者の全身を見る。生身の身体が露出している部分は少ない。

(小手も狙えないな。どう動くべきか)

 剣道四段の多岐川にも厳しい相手だった。
 武者もまた多岐川の強さを肌で感じたのか、水島ではなく多岐川へ向かってきた。

「……っ」

 一振り、二振り。多岐川は攻めずに避けることに専念した。まずは武者の剣筋を知らなくては。
 丈夫な上着を身に着けているとはいえ、防弾服ほどの強度は無い。一太刀でも斬られたら終わる。

 三振り、四振り。……五振り目が大振りだった。隙を見せた武者に多岐川は左手から斬り込んだ。

 ガンッ。

 露出していた内腿を狙った下段攻撃だったが、外側の佩楯に当たってしまい刀が弾かれた。

(くそっ)

 後方へ下がった多岐川。彼に向き直った鎧武者。そこへ今度は水島が走り寄った。赤塗りの()を持つ槍を携えて。

 ずぐっ!

 水島が握る槍は数少ない武者の露出部分、喉に突き刺さった。防具を身に着けた相手には、斬撃よりも突き攻撃の方が有効なのだと水島は証明した。
 声を上げられずにもがく武者へ、水島は静かに言い捨てた。

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