詩音の決意

文字数 2,310文字

 今日も迷宮探索の時間となった。レクレーションルームへ集まった生徒は世良、小鳥、詩音、五月雨姉妹だった。昨日負傷した京香の姿が無かったことに皆は納得していたが、藤宮は一人懐疑的だった。

(アイツの脚は完全に治っていた。人間の振りをする為に休むことにしたのか)

「隊長、どうかしましたか?」
「ん? ああいや、揃ったのならジャンケン勝負を始めてくれ」

 本日の運試し。残り三枠を賭けた勝負で、弾かれてしまったのは小鳥だった。

「ああ~嘘、お姉様と離れ離れぇ!?
「使えねーなピヨピヨ。セラに引っ付いて、弾除(たまよ)けになるのがおまえの役目だろーに」

 揶揄(やゆ)する水島に小鳥は口を尖らせた。

「私だってそうしたかったですよ!」
「いやコトリちゃん、弾除けになっちゃ駄目だから」
「お姉様の為なら、この身を喜んで捧げます!」
「それシャレにならないから。コトリちゃんには昨日助けてもらったよ。もう充分だよ」

 宥めに入った世良の腰をさりげなく水島は抱こうとしたが、当然すぐ世良に手を叩かれた。

「いてっ。……ピヨピヨは昨日活躍したん?」
「凄いんですよコトリちゃん、ネズミの化け物の頭を蹴りで吹っ飛ばしたんです」
「うぉ、ピヨピヨが!? そりゃ生で見たかったな」
「ショーじゃないですから」

 ショーと聞いて水島は思わずニヤついた。昨日の北島鈴の死に様はけっこうな見世物だったと。
 騒ぐ彼らを横目に、美里弥が詩音に話し掛けた。

「台所にナイフを取りに参りましょう、生徒会長」

 詩音は五月雨姉妹に連れられてレクレーションルームを出た。三人だけになった途端、妹の百合弥が物騒な提案をした。

「チャンスですよ、お嬢様。高月以外の生徒参加者が全員桜木陣営です。この機会を逃す手は有りません!」

 詩音は(いぶか)しんだ。

「どういう意味……?」
「決まってるじゃないですか。私達三人で上手く立ち回って、邪魔な高月セラを抹殺しようと言ってるんですよ!」
「!」

 姉の美里弥も乗ってきた。

「確かに良い機会ですね。寮内は見回りが厳しくなって動きが取れない状態でしたから。迷宮内で事故に見せかけて、最も強力なライバルである高月を葬りましょう」
「手順はどうしようかお姉様」
「な……」

 驚く詩音の目の前で、姉妹は楽しそうに殺害計画を相談し合った。

「そうですね。お嬢様に警備隊員達の気を引いて頂いて、その隙に我ら姉妹で高月を……」
「…………駄目っ」
「は?」
「高月さんに手を出すことは許さない!」

 詩音は姉妹に食ってかかった。

「私が実力で雫姫に指名されてみせるから! 高月さん……他の生徒達をこれ以上、手に掛けることは絶対に許さない!」

 詩音は調理台の引き出しから自分用のペティナイフを取り出すと、レクレーションルームへ引き返した。その背中を五月雨姉妹は白けた表情で見送った。

「あららぁ、お嬢様は正々堂々勝負をするつもりらしいよ?」
「甘いですね。全国に名が通る高月セラに勝てる器ではないでしょうに」
「ホント、シオン様は頑張ってもせいぜい秀才止まりだからねぇ。シヅカ様だったら簡単な話だったかもしれないけど」

 志津香(シヅカ)とは詩音の姉で大学院生。天才と名高い桜木家の長女である。彼女が桜妃女学院に在籍していたら、即座に雫姫に選ばれただろうと思わせる才女なのだ。
 詩音が幼少期からコンプレックスを抱く相手でもあった。

「どうするの? お姉様」
「私達の雇い主はリンコ様ですよ?」
「だったね。じゃ、シオンお嬢様は無視して事を進めますか」

 今までもそうだった。理事の桜木凛子からライバルの生徒を消せとの命令を受けたが、娘の詩音に話を通す必要は無いと言われていた。甘ちゃんの詩音は荒事に慣れておらず、知ったらきっとボロを出すだろうからと。

 怪しく笑い合う五月雨姉妹を気にしながらも、レクレーションルームへ戻った詩音は、胸の前でペティナイフをギュッと強く握った。決意の現れだった。

(私は生徒の代表の生徒会長なんだよ? 生徒を護らずにどうするの!)

 生徒会長には母の気を引きたくて立候補した。当時はただそれだけだった。だが……。
 純粋に仲間を心配する世良。殺人の容疑者である自分のことを信じて怒ってくれた。そんな世良と接する内に、詩音の中に封印していた熱い感情が甦ってきた。

(私だって……私にだって、頑張れば何かをやり遂げられるはずだよ)

 アンタは何をしても中途半端。六歳上の姉にずっと言われ続けてきた。それこそ呪いのように。言い返すには姉の能力が高過ぎた。母親も姉に同調し、婿養子の父親は空気だった。家庭内で冷遇されても詩音は耐えるしかなかった。

(もう一度、努力してみよう。高月さんのように)

 五月雨姉妹を突き放したことを報告されたら、また母の機嫌を損ねるかもしれない。でもいい。どうせ最初から期待されていないんだ。それなら自分も自由にする。

(姉妹にはああ言ったけど、もう私は雫姫になれなくてもいい。これからは生徒会長として、生徒に被害が出ないように行動しよう)

 この時の彼女は知る由も無いが、皮肉にも、雫姫を諦めたことが詩音を急成長させる結果となる。

「お姉様のこと頼みましたよ!」
「任せろ。キッチリ僕が面倒見てやるよ」
「あなたに任せるのは探索中だけですから。寮に戻ったら私のお姉様ですからね?」
「ああ? 誰に口きいてんだピヨピヨ」
「二人とも仲良くしてよ」
「絶対無理」
「こっちの台詞です!」

 世良を挟んで水島と小鳥がやり合っている。寮内ではもうすっかりお馴染みの光景だ。
 詩音には二人が世良に惹かれる気持ちがよく解った。自分もそうだから。
 唯一の財産である己の身体のみで道を切り拓いていく世良。そんな彼女を詩音は眩しそうに見つめた。
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