6月13日の迷宮(一)

文字数 2,229文字

「アンタの強引さに呆れた」

 ジャンケン勝負に負けたにもかかわらず、衛生兵の必要性を熱弁してまんまとメンバー入りした女医を、藤宮は疲れ顔で讃えた。
 強引加入のせいで、本日の迷宮探索メンバーは世良、三枝、詩音、茜、美里弥、水島に藤宮の合計七名となった。

「はふぅっ!?

 そして初参加の三枝は校舎玄関へ一歩踏み入れた途端、足から背中へ走り抜けた悪寒に驚き、思わず情けない声を漏らしてしまったのだった。ちなみにハイヒールではなくちゃんとスニーカーを履いている。

「ハハ、その反応久し振り。腰が引けてるよセンセ」

 軽口を叩いた水島を睨みつけてから、三枝は辺りをキョロキョロ見回した。

「……壁が光ってるし、この嫌な空気は何なのよ!」
「ん~、妖気ってヤツ?」
「妖気って……」
「これでもボス級の魔物倒したおかげか、だいぶクリーンな空気になったんだよ?」
「これでぇ……?」
「ま、とにかく地下三階まで進むぞ。俺が先頭で水島がしんがりだ。先生も後方から付いてこい」

 銃を構えて、藤宮がいつものように皆を引率した。
 地下一階では餓鬼と腕だけの魔物が、地下二階ではトカゲがそれぞれ襲ってきたが、冷静に藤宮が対処して一人で倒した。
 生徒達にとっては見慣れた光景だったが、唯一三枝だけが動揺していた。

「化け物……ホントに、ホントに居た……。何なのアイツら。何で死んだらすぐ消えるの? 何でアナタ達はそんなに平然としていられるの……?」
「慣れたんですよ。地震発生からほぼ毎日、化け物と戦う日々でしたから」
「セラちゃん……、アナタみたいな若い女の子がそんな……。他のみんなも……」

 意外にもまともな感覚を持つ三枝は、十代の少女達を危険に晒す理事会の面々に激しく憤った。

「私は地下二階は初見だけどね。やっぱここにも、ヤバイ化け物が出たの?」

 洋弓を手に、注意深く周囲を窺う茜に水島が説明した。

「出た出た。武装したゾンビ兵が」
「ゾンビ? 武装?」
「そ。銃が効かない鎧を着込んだ奴も居て大変だった」
「銃が効かないの!?

 絶対的信頼を持つ銃が通用しない。気の強い茜ですら不安になる事実だった。

「ま、鎧の隙間からコイツを突き刺して倒したけど」

 水島は左手に持つ朱色の槍を少し掲げた。小鳥に託された武器だが、彼女が探索に出られなかったので今日は水島が装備した。

「問題なのは鎧だけで、生身の身体には攻撃できるのですね?」
「そ。上手いこと隙間を狙ってね~」

 美里弥の質問に答えた水島は思った。

(妹もそうだったが、姉ちゃんもずいぶん落ち着いてんな。普通はヤベェ敵の情報知らされたらビビるだろうに)

「五月雨のねーちゃん、冷静だけど荒事に慣れてんの?」
「……私達姉妹は田舎の山奥で育ちましたから、野生の獣に何度も遭遇したことが有るのです。蛇やハクビシンは日常茶飯事、時には猪や熊も出ました」
「なるほどね。都会育ちの生徒達とは違うってことか」

 美里弥の語った過去は作り話ではなく真実だった。五感を鍛える為に、姉妹は12歳まで山奥の過疎地で過ごした。
 全校生徒が十人前後の小学校。放課後はその数少ない同窓と遊ぶことを許されず、忍としての修行を義務付けられた。
 不満が無かったと言えば嘘になる。実際に妹の百合弥は愚痴ばかりだった。しかし美里弥には先祖の技を受け継ぐという誇りが有ったし、そして双子の片割れである百合弥が常に一緒だったので孤独ではなかった。

「よし、地下三階へ降りるぞ」

 地下二階をぐるっと周って訓練場に到達した探索メンバーは、階段を使って未踏の地下三階へ進んだ。
 薄闇の中で下へ下へと潜って行く。まるで地獄へ向かっているように錯覚してしまいそうだ。

「今度の階段はずいぶんと長いですね……」

 恐怖心を和らげようと、世良は隣の詩音に話し掛けた。詩音からの返答は無かったけれど。

(先輩、水島さんのことでまだ怒ってるのかな? 知り合ったばかりの男性と親しくなるなんて、確かに軽率だと思うけど……でも)

 ゆっくり降りたせいもあるが、一分近く下ってようやく階段は終わりを告げた。

「うおっ……」

 先頭の藤宮が小さく発声し、後に続く皆も眼前に広がる風景を見て目を丸くした。

「庭園……?」

 そこは高い外壁と天井に囲まれた、広大な日本庭園らしい場所だった。
 らしい、というのは裸眼ではよく見えないから。
 今までは発光する壁が電灯代わりになってくれていたが、このフロアでは外壁以外の壁が取っ払われている。強力な光り苔なのか、地面に所々明るい箇所が在って助かるが、それで見渡せるのは半径三~五メートル程度。上の階より視界が悪い。
 街灯がない田舎の農道を、月明かりを頼りに歩くイメージだ。
 警備隊員達が小型懐中電灯で四方を照らして探った。

「隊長~、これをマッピングするの大変ですよ~」
「だなぁ。何か目印となる物を細かく書き込んでいくしかねーか。あそこに在る松の木とかさ」
「何で地下に松が生えてるんスか~?」
「知らねーよ。みんな、暗いから迷子にならないように気をつけろよ。はぐれたら、外周の壁伝いにここまで戻ってこい。いいな? もしバラバラになってもこの階段前で待ち合わせだぞ?」

 生徒達と女医は緊張した面持ちで頷いた。
 他のフロアと違い壁の仕切りが無いので、気を抜くと簡単に自分の位置と皆の姿を見失ってしまうのだ。
 そして迷宮には魔物が居る。視界が狭いせいで発見が遅れそうだ。それは命取りになると、地下三階まで来た皆には解っていた。
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