6月9日 寮内(二)

文字数 2,781文字

☆☆☆


 シャワー室の清掃を終えた世良と小鳥は、台所で軽く保存食を摘んだ。それからそのまま台所清掃に取り掛かった。

「セラ、行ってくるよ」

 台所横の廊下を本日の探索メンバーが通過していく。藤宮に水島、五月雨姉妹に京香が本日の隊員となった。立候補の生徒が定員割れしたので、ジャンケン勝負は行われなかったようだ。
 手を振ってくれた水島と京香に振り返した。

「みんな、気をつけて」

 送り出す側も緊張するもんなんだな、と世良は知った。昨日茜と花蓮が泣き叫んでいた声がまだ耳に残っている。今日のメンバーはどうか無事に帰ってきますように。
 嫌な想像をしないように、世良は黙々と清掃に励んだ。台所を綺麗にして、次は小鳥とレクレーションルームへ移ろうとしたところを、留守番役の多岐川に止められた。

「こちらの清掃は使用している我々でやります。武器弾薬が有るので迂闊に触らないようにして下さい」
「あ、はい。すみません」
「ああいえ、決して怒っている訳では……。こちらこそすみません、私はどうもキツイ物言いになるようで」
「そんなこと無いですよ。多岐川さんはいつも親切にして下さいます」
「え、そうですか……?」

 多岐川は右手中指で眼鏡の位置を直した。照れ隠しだなと小鳥は思った。

「……高月さんは働き者ですね。でも今日は無理をせず早めに休んで下さいね」
「はい。玄関の掃除を終えたら部屋でゆっくりします」

 宣言通り世良と小鳥は玄関の清掃に移行した。警備隊員達がブーツのまま上がることが有るので床はけっこう汚れていた。雑巾で丁寧に水拭きをしていたら、玄関の呼び鈴が鳴らされた。昼間なので日差しに弱い魔物が来たということはまず無いだろうが、世良と小鳥は身体を固くした。

「……どなたですか?」
「学院警備室の者です。物資の補充とゴミの回収に来ました」

 安堵した世良が玄関扉を開けると、四十代と思しき男性が二人段ボール箱を持って立っていた。男達は世良と小鳥を見ておお、と声を漏らした。

「高月さんに椎名さん、私が応対しますので奥へ行っていて下さい!」

 多岐川がらしくなく乱暴に、世良と小鳥の腕を引っ張り下がらせた。言う通りに奥へ行こうとしたが、世良の耳は男達の声を拾ってしまった。

「凄い美少女じゃないか。おまえ、もう手は付けたのか?」
「いいねぇ女子高。俺も滞在メンバーに選ばれたかったよ」
「やめて下さい。彼女達は保護対象です」
「まったく、多岐川は真面目なことだ」

 ………………。程度の低い会話だった。小鳥にも聞こえていたようで、「男ってサイテー」と小さく呟いていた。
 あの男達から護ろうとしてくれた多岐川は、改めて紳士なんだなぁと世良は実感した。

「コトリちゃん、部屋へ戻ろうか」

 雑巾を軽く洗ってからランドリー室のカゴへ放り投げた。シーツやタオル、汚れ物が溜まっていたが洗濯は明日に回すことにした。世良の下腹部はまたシクシク痛み出している。今日はもう休もう。

「あ」

 階段へ足を掛けた時、ちょうど上から詩音が降りてくるところだった。食料を取りに来たのだろう。伏し目となり、世良と視線を合わさずにすれ違おうとした詩音に世良は苛ついた。

「逃げるんですか?」

 驚く程に冷たい世良の声に、対象者の詩音はもちろん小鳥も驚いた。

「桐生先輩は昨日探索に立候補しましたよ? やましい事は無いと堂々としていました」
「………………」
「探索に出ろなんて言いません。迷宮は危険ですからね。でも、寮内でもできることは有るんじゃないですか?」

 例えば先程まで世良と小鳥がしていた清掃。寮長の奏子がやっている生徒への声掛け。
 寮内では何もしていない生徒の方が多い。しかし詩音は寮内での殺人疑惑を掛けられていて、非常に厳しい立場に居る。他の生徒と同じく引き籠もってやり過ごすは通用しない。己の評価を下げるだけだ。

「先輩、失った信頼を取り戻すには行動で示すしかないですよ」

 世良は言い捨てて階段を上った。慌てて続いた小鳥がチラリと振り返ると、詩音は階段の中央で立ち尽くしていた。

「……やっちゃったよ、言っちゃったよ」

 自室に戻った世良はベッドにうつ伏せでダイブした。杏奈は不在だ。動けない茜の身の回りの世話をしに行くと今朝言っていた。まだ彼女の部屋に居るのだろう。

「お腹が痛くてイライラしちゃった。完全に八つ当たり。私サイテー」

 枕に顔を埋めて自己嫌悪に陥る世良へ、小鳥は優しく声を掛けた。

「それは違うでしょ? お姉様は桜木先輩を心配しているだけでしょ?」
「………………」
「このままじゃ、私が殺人事件の犯人ですって言ってるようなものですもんね。違うって、言葉だけじゃなくて行動で示して欲しかったんでしょ?」
「………………」
「私も生徒会長の桜木先輩のこと、ちょっと尊敬してたんで今回の件はショックです」
「コトリちゃん!」
「わぁっ!?

 突然ガバッと跳ね起きた世良に小鳥は驚いた。

「私の思っていたことそのまんま! そうなんだよ、私、桜木先輩に完全否定して欲しいんだよ!! だって、あの人が殺人を犯すなんて考えられないんだもん」

 確かに。どちらかと言うとやりそうなのは桐生茜の方だ。小鳥はそう思ったが、不謹慎な発言になるのでこれは黙っていた。
 ここで世良はハッと目を見開いた。

「……桜木先輩が引き籠もってるのは、身に覚えの無い罪を擦り付けられて、それでショックを受けてしまったせいなのかな。だとしたら私、追い打ちを掛けてしまったのかも……」

 一転して暗くなりブツブツ呟く世良。

「わあぁ今日のお姉様、浮き沈みが激しいです。生理のせいですかね!?
「……いや、私はこんなもんだよ。けっして完全無欠なスーパーガールなんかじゃない。悩むし、妬むし、けっこう根に持つ性格だし」

 世良は小鳥に苦笑して言った。

「幻滅したでしょ?」
「いえ。お姉様のダークサイドを覗けるなんてむしろご褒美です」
「……強いね。ずっと聞きたかったんだけど、どうして私をそんなに慕ってくれるの? 容姿が好みなの?」
「容姿もど真ん中で好みですけど、一番は走り姿ですかね」
「え? フォームってこと?」

 ファンを名乗る少女達から、そこを褒められたのは初めてだった。

「前にお話ししましたが、ウチは貧乏なんですよ。お小遣いが少ないから友達と同じように遊べなかったし、進学先も奨学金を貰えるここしか有りませんでした」
「ああ…………」
「そんな訳でクサってたんです。でもお姉様の走る姿を見て考えが一変しました。真っ直ぐ前を見て、大地をしっかり蹴って、身体一つで勝負しているお姉様を見て、自分も頑張ろうって思えたんです」
「………………」
「えへへ、お姉様は私の初恋なんです」

 そう言って小鳥は屈託なく笑った。世良は同性に恋愛感情を抱いたことは無かったが、

「……ありがとう」

 何故か小鳥の告白は素直に嬉しかった。
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