6月10日の迷宮(一)

文字数 2,438文字

 藤宮、多岐川、世良、小鳥、詩音、京香の六人パーティは、コウモリ部屋に在った下り階段を使い、初フィールドとなる迷宮地下二階へ潜った。

「……平安色がだいぶ濃くなったな」

 藤宮の呟き通りだった。地下一階は学院校舎の廊下と教室に、時折昔の建築物が混ざるという造りだったが、地下二階ではその割合が逆転していた。コンクリートの通路は板張りの床に変わり、見渡す限りでは教室へ繋がりそうな扉は数ヶ所にしかない。
 景色だけではなかった。背中をゾクゾクさせる悪寒も強くなっていた。妖気、とでも呼ぶのだろうか。全員が首や肩を回して悪い気を祓おうと試みていた。

「たぶん上より化け物が強くなっている。脅かすつもりは無いが、決して油断するなよ」

 妖気が強い場所ではより強力な魔物が出現する……。鳥肌が立つ腕を見て、それが道理だと悟った世良は気を引き締めた。

(今日の探索仲間が、比較的仲の良い女子達で良かったな)

 詩音とは少しわだかまりができてしまったが、それでも上から目線の茜よりだいぶ接しやすい。五月雨姉妹については、まだ碌に話せていないので人となりが判らず心を許せない。
 小鳥と京香だって会話するようになったのはごく最近なのだが、不思議とこの二人を世良は信頼していた。
 特に小鳥。彼女が自分へ向ける笑顔が偽りとはとても思えない。一緒のベッドで寝ることにまるで抵抗を感じない。その明るい言動が日々の癒しとなっている。もしこれで小鳥が殺人事件の犯人だったとしたら、自分は深い人間不信に陥り立ち直れないだろうなと世良は思った。

「よし、行くぞ」

 藤宮が先頭、生徒達を挟んで多岐川が最後方に回った。
 藤宮は地下一階の時と同様に、右回りで通路を調べることにしたようだ。

「藤宮さんは右回りが好きなんですね」

 何気ない世良の質問に藤宮は苦笑した。

「好きっつーか迷路の必勝法、右手の法則だよ。右手を壁に付けるように歩けば、迷わず脱出できるってやつ。ちなみに左手回りでも可能な」
「なるほど」
「ただし目的地に着けるかどうかは判らないぞ?」
「えっ、でもさっき脱出できるって」
「ああ。ぐるっと壁沿いに回っていれば、必ず入口には戻ってこられるって意味だ。脱出はできるだろ?」
「確かに。だけどグルグル回ってるだけでは目的地には着けないですね」
「そう。特にここみたいな階層が分かれる立体構造の迷路は手強いぞ。1フロア(ごと)に通路を一本一本しらみつぶしに調べて、地図を作りながら進むしかないんだ。時間はかかるがそれが確実だ」

 迷宮踏破は大変な作業なんだと世良は改めて思い知った。生徒だけだったら闇雲に進むだけ進んで、迷子になって帰れなくなっていたかもしれない。

 藤宮は本日最初の扉に手を掛けた。

「……開けるぞ?」

 緊張しながら世良と他の皆は頷いた。

 ガラッ。

 勢いよく藤宮が開けた扉の向こうは土間だった。

や水ガメらしき物が見える。平安時代の炊事場(正確には大炊殿(おおいどの))なんだろう。

『ギィギィ!』

 灰色の物体が十数体、扉の開閉音に反応してこちらを振り返った。ネズミだ。薄汚れた体毛に赤い瞳、そして体長は五十センチくらい有る。明らかに現代に存在するネズミとは異なるそれは、鋭い前歯を見せて駆け寄ってきた。

 ドォン! ベチャ!

 藤宮が扉を閉めてネズミの突進を防いだ。前を走っていた数頭が扉に激突したようで大きな音がした。

「数が多い! お嬢さん達は数メートル後ろへ下がってろ、多岐川は前へ!」
「はい!」

 二人の警備隊員達はハンドガンを構えて、再度扉を開けた。

 パンパンパンパンパンパンパンパン!

 そして銃口は火を吹き連続で弾が発射された。もう生徒達はこの音に慣れてしまった。
 素早い動きのネズミに多少手こずった模様で、全てを退治するまでに藤宮は弾切れ、多岐川も寸前までいってしまったようだ。

「ま、片づいたかな。お嬢さん達、入ってきていいぞ」

 銃に弾を補充しながら溜め息を吐く藤宮。多岐川は指を閉じたり開いたりのグーパー運動をしていた。短銃といえど反動はそれなりに有り、連射は疲れるのだろうと世良は推察した。

「昨日、コウモリを駆除するのも大変だったでしょう?」

 コウモリは部屋の天井や壁をみっしり覆っていた。ネズミの比ではない数だったはずだ。
 気遣った世良に藤宮は笑顔を返した。

「あーもう、キッツイからオジさん秘密兵器を使っちゃったよ」
「秘密兵器? 何ですか?」
「閃光手榴弾。化け物相手に有効かどうか賭けだったけどな、いや~効果覿面(こうかてきめん)だったわ。コウモリ達ボトボト落ちた」

 話を聞いていた京香が口を挟んだ。

「気絶しただけだったから、全部にとどめを刺すのが手間でしたね」
「だな。アンタは大活躍だったよな。よくモップであんな鋭い打撃ができるもんだと感心したぞ」
「薙刀の心得が有りますので。……モップではなく本物を使えればもっと戦えるんですが」
「私が今使ってる太刀みたいに、迷宮のどこかに薙刀も有るかもしれないよ?」

 世良の意見に多岐川も同意した。

「そうですね。薙刀は歴史の長い武器ですから可能性は有ります。まぁ、この部屋には無いでしょうが」

 世良の太刀は宝物室のような場所で見つけた。炊事場に武器は流石に置いてないだろう。

「武器は無くても、他に役に立つ物が有るかもしれません。せっかく魔物を片づけたんだからここも調べてみましょう」

 皆で手分けして大炊殿を見て回った。特に何も見つからず次の部屋へ行こうかという空気になった時、壁際に置かれていたカメの一つが動いた。

「!」

 飛び出してきたソレを、世良は転びながらも反射的に避けた。灰色のネズミ。隠れていた奴がまだ居たのだ!
 狙いを定めたネズミは世良に飛び掛かった。長い太刀を鞘から抜くのに手間取り、反撃できないでいた世良に迫る灰色の影。焦る彼女の耳にヒュンッと風を切る音が届いた。

 グシャッ。

 空中でネズミが蹴り潰された。

「え……」

 見事なフォームで半回し蹴りを決めたのは、可憐な美少女(?)小鳥であった。
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