6月12日の迷宮(三)
文字数 2,324文字
ずじゅっ!
ダメージを大きくする為に、水島は武者の首から槍の切っ先を抜いた。圧が解放されて傷口から鮮血がほとばしった。屍兵 の蒼ざめた皮膚の下には、まだ赤い血潮が存在していたのだった。
『ガ……ウゴァ、ガ…………』
喉元を左手で押さえて武者は数歩後ろへよろけた。
『ガフッ』
武者は口からも血を吐き出してから、引っ張られるように後ろへ倒れた。ガッシャアァンと鎧と床がぶつかり合って派手な音を立てた。
「倒した……のか?」
多岐川と水島は警戒しつつ床に寝転ぶ武者を窺った。もう動く気配は無い。身体のあちこちがボロッと崩れ出した。
「……第二形態は無いみたいですね」
霧散する武者を見て、多岐川と水島は構えを解いた。離れていた生徒達も二人の側に寄ってきた。
魔物の集団をまとめて倒して消滅させたせいか、地下二階に充満していた妖気が少し薄まった気がした。
「お疲れ様です」
警備隊員へ真っ先に声を掛けたのは百合弥だったが、
「セラぁ~、見ててくれた? 僕の雄姿!」
水島は槍を掲げて世良に向けてポーズを取った。
「はい、見てました。コハルさんは槍を扱えると聞いていましたが、実際に目にして驚きました。本当にお強いんですね!」
「え……。あ、うん、そうなんだよ……」
自分からアピールしたものの、あまりにも世良が素直に褒めてくれたので水島は照れてしまった。
(全く私は眼中に無いってワケね)
百合弥は白けた気分となった。
(まぁいい。高月セラは気づいてないようだけど、この男からはヤバそうな匂いがする。深入りはしないでおこう)
「そうだ水島、おまえその槍は何処から持ってきたんだ?」
「ああ、倒した中に槍持ってるゾンビが居たので、頂いちゃいました」
「鎧武者が持っていた刀と鎧は一緒に消えたぞ? どうして槍は残ってるんだ?」
「あれ? ホントだ、どうしてだろ?」
今更だが水島は自分が手にしている槍を不思議そうに見つめた。花蓮が訓練場らしい室内を見渡してから推測を口にした。
「他にも床に落ちている武器がチラホラ有るよ。身に着けていたモンはゾンビの一部と見なされて一緒に消滅するけど、手から放したモンは別の個体として認識されたんじゃねーの?」
「認識とは、迷宮に?」
「たぶん。あたしにだってよく判んないけどさ」
「何にしても武器が手に入ったのはラッキーだったよね。セラの太刀もそうだけど、リーチが長い武器は便利だからね~」
「あ、ならその槍、私が使ってみたいです!」
小鳥が名乗りを上げた。
「ナイフでの戦いに限界を感じていたんですよ。ぜひ!」
「いいと思いますよ。水島、手ほどきをしてやれ」
多岐川の提案に水島は口を尖らせた。
「はぁ? 僕がですか!?」
「私には槍の心得が無い。隊長はいろいろと忙しい。適任者はおまえしか居ないだろう」
「ええ~、僕がピヨピヨにぃ? ええ~」
「……私じゃ何か不満でも?」
「だっておまえ色気無いじゃん」
「ちょっ!? 武術の指南に色気は関係無いでしょう!?」
「モチベーションが上がらねぇんだよ」
渋い顔をした水島であったが次の瞬間、閃いたとばかりにまくし立てた。
「そうだ! セラがこの槍に持ち替えればいいんだよ。そんでピヨピヨは太刀を貰ってこれから剣士になれ。多岐川さんが優しく剣術指導してくれるからな!」
「……代わりに槍を持ったお姉様にはあなたが指導するんですか? 手取り足取り?」
「うん。くんずほぐれつ」
「絶対駄目!」
「うるせぇ。決めんのはおまえじゃねぇ」
睨み合う水島と小鳥。毎日これだ。世良は溜め息を吐いた。
「そうだね、決めるのは私」
発言した世良に二人は注目した。
「私はこのまま太刀を使いたいな。少しずつだけど手に馴染んできた気がする。多岐川さん、あまり出来の良い生徒ではありませんが、これからも指導をお願いできますか?」
「もちろん、大歓迎ですよ」
多岐川は世良から預かっていた太刀を、笑顔で彼女へ返した。
「ちょっとセラ……」
「コハルさん、コトリちゃんともう少し仲良くできませんか? 横から見ている限り二人は気が合いそうなんですけど」
「ハハッ、あたしもそう思う!」
花蓮が世良に同意して、水島と小鳥の背中を左手でバンバン!と続けて叩いた。
「いてっ」
「先輩!?」
「二人とも、大好きな高月を困らせたい訳じゃないだろ? なら喧嘩はよしなよ」
「う……」
「畜生、仕方がねぇな。寮に帰ったら構え方くらいは教えてやるよピヨピヨ」
場を収めた花蓮はバットを置いて、落ちている武器を見に行った。その彼女の背中を百合弥が観察した。
(江崎カレン……。素行が悪そうだから雫姫候補から外していたけれど、こうして見ると戦闘能力が高いしリーダーシップも有るようね。……ダークホースになるかもしれない)
「多岐川さーん、この刀は使えそうかなー?」
二本の刀を拾って花蓮が戻ってきた。
「これは……少し刃こぼれしていますね。こちらは錆びてしまっている。鞘 も有りませんし、持って帰るのはやめた方がいいでしょう」
「そっか、残念。でも槍が手に入っただけでも収穫だよね」
「ええ。それにしてもこの階にも雫姫は居ませんでしたね。何処に行けば彼女に会えるのでしょうか」
「もうちょいこの部屋を探してみようよ。広いから何か在るかもしれない」
二手に分かれてメンバーは訓練場を調べた。
「在った、下階段!」
部屋の北西を調べていたグループが、地下三階へ続く階段を発見した。全員がそこに集まった。
「まだ先が有るということか……」
「面白れぇ、雫姫を追ってとことんまで潜ってやりますよ」
「あたしもやる。徹底的に」
階段の先に何が在るのか。それを確かめるのは明日以降にして、メンバーは本日の探索を切り上げて寮に戻ることにした。
ダメージを大きくする為に、水島は武者の首から槍の切っ先を抜いた。圧が解放されて傷口から鮮血がほとばしった。
『ガ……ウゴァ、ガ…………』
喉元を左手で押さえて武者は数歩後ろへよろけた。
『ガフッ』
武者は口からも血を吐き出してから、引っ張られるように後ろへ倒れた。ガッシャアァンと鎧と床がぶつかり合って派手な音を立てた。
「倒した……のか?」
多岐川と水島は警戒しつつ床に寝転ぶ武者を窺った。もう動く気配は無い。身体のあちこちがボロッと崩れ出した。
「……第二形態は無いみたいですね」
霧散する武者を見て、多岐川と水島は構えを解いた。離れていた生徒達も二人の側に寄ってきた。
魔物の集団をまとめて倒して消滅させたせいか、地下二階に充満していた妖気が少し薄まった気がした。
「お疲れ様です」
警備隊員へ真っ先に声を掛けたのは百合弥だったが、
「セラぁ~、見ててくれた? 僕の雄姿!」
水島は槍を掲げて世良に向けてポーズを取った。
「はい、見てました。コハルさんは槍を扱えると聞いていましたが、実際に目にして驚きました。本当にお強いんですね!」
「え……。あ、うん、そうなんだよ……」
自分からアピールしたものの、あまりにも世良が素直に褒めてくれたので水島は照れてしまった。
(全く私は眼中に無いってワケね)
百合弥は白けた気分となった。
(まぁいい。高月セラは気づいてないようだけど、この男からはヤバそうな匂いがする。深入りはしないでおこう)
「そうだ水島、おまえその槍は何処から持ってきたんだ?」
「ああ、倒した中に槍持ってるゾンビが居たので、頂いちゃいました」
「鎧武者が持っていた刀と鎧は一緒に消えたぞ? どうして槍は残ってるんだ?」
「あれ? ホントだ、どうしてだろ?」
今更だが水島は自分が手にしている槍を不思議そうに見つめた。花蓮が訓練場らしい室内を見渡してから推測を口にした。
「他にも床に落ちている武器がチラホラ有るよ。身に着けていたモンはゾンビの一部と見なされて一緒に消滅するけど、手から放したモンは別の個体として認識されたんじゃねーの?」
「認識とは、迷宮に?」
「たぶん。あたしにだってよく判んないけどさ」
「何にしても武器が手に入ったのはラッキーだったよね。セラの太刀もそうだけど、リーチが長い武器は便利だからね~」
「あ、ならその槍、私が使ってみたいです!」
小鳥が名乗りを上げた。
「ナイフでの戦いに限界を感じていたんですよ。ぜひ!」
「いいと思いますよ。水島、手ほどきをしてやれ」
多岐川の提案に水島は口を尖らせた。
「はぁ? 僕がですか!?」
「私には槍の心得が無い。隊長はいろいろと忙しい。適任者はおまえしか居ないだろう」
「ええ~、僕がピヨピヨにぃ? ええ~」
「……私じゃ何か不満でも?」
「だっておまえ色気無いじゃん」
「ちょっ!? 武術の指南に色気は関係無いでしょう!?」
「モチベーションが上がらねぇんだよ」
渋い顔をした水島であったが次の瞬間、閃いたとばかりにまくし立てた。
「そうだ! セラがこの槍に持ち替えればいいんだよ。そんでピヨピヨは太刀を貰ってこれから剣士になれ。多岐川さんが優しく剣術指導してくれるからな!」
「……代わりに槍を持ったお姉様にはあなたが指導するんですか? 手取り足取り?」
「うん。くんずほぐれつ」
「絶対駄目!」
「うるせぇ。決めんのはおまえじゃねぇ」
睨み合う水島と小鳥。毎日これだ。世良は溜め息を吐いた。
「そうだね、決めるのは私」
発言した世良に二人は注目した。
「私はこのまま太刀を使いたいな。少しずつだけど手に馴染んできた気がする。多岐川さん、あまり出来の良い生徒ではありませんが、これからも指導をお願いできますか?」
「もちろん、大歓迎ですよ」
多岐川は世良から預かっていた太刀を、笑顔で彼女へ返した。
「ちょっとセラ……」
「コハルさん、コトリちゃんともう少し仲良くできませんか? 横から見ている限り二人は気が合いそうなんですけど」
「ハハッ、あたしもそう思う!」
花蓮が世良に同意して、水島と小鳥の背中を左手でバンバン!と続けて叩いた。
「いてっ」
「先輩!?」
「二人とも、大好きな高月を困らせたい訳じゃないだろ? なら喧嘩はよしなよ」
「う……」
「畜生、仕方がねぇな。寮に帰ったら構え方くらいは教えてやるよピヨピヨ」
場を収めた花蓮はバットを置いて、落ちている武器を見に行った。その彼女の背中を百合弥が観察した。
(江崎カレン……。素行が悪そうだから雫姫候補から外していたけれど、こうして見ると戦闘能力が高いしリーダーシップも有るようね。……ダークホースになるかもしれない)
「多岐川さーん、この刀は使えそうかなー?」
二本の刀を拾って花蓮が戻ってきた。
「これは……少し刃こぼれしていますね。こちらは錆びてしまっている。
「そっか、残念。でも槍が手に入っただけでも収穫だよね」
「ええ。それにしてもこの階にも雫姫は居ませんでしたね。何処に行けば彼女に会えるのでしょうか」
「もうちょいこの部屋を探してみようよ。広いから何か在るかもしれない」
二手に分かれてメンバーは訓練場を調べた。
「在った、下階段!」
部屋の北西を調べていたグループが、地下三階へ続く階段を発見した。全員がそこに集まった。
「まだ先が有るということか……」
「面白れぇ、雫姫を追ってとことんまで潜ってやりますよ」
「あたしもやる。徹底的に」
階段の先に何が在るのか。それを確かめるのは明日以降にして、メンバーは本日の探索を切り上げて寮に戻ることにした。