隠し事(二)

文字数 2,592文字

☆☆☆


 23時20分。藤宮は夜間の見回りで寮の二階へ上がっていた。
 引き籠もるばかりで身体を動かしていない生徒達。体力が余って眠れない者が出てくると予想していたのだが、反して二階は静寂に包まれていた。心理的疲弊のせいで少女達は衰弱してしまっているのだろうか。
 逃がしてやれないのならせめて、一度医者に見せてやりたい。心優しい藤宮はそう思ったが、その意見が上に通らないことも知っていた。

(今日怪我をした清水とかいう生徒が心配だな。深い傷口から細菌に感染しなければいいんだが。取り敢えず抗生物質は飲ませたが、満足な処置はしてやれてない)

「……ん?」

 眠れない者が居た。藤宮の前方五メートル先、薄暗い廊下を一人の生徒が歩いてくる。

「アンタは……」

 オレンジ色の明かりに照らされたのは、正に今考えていた清水京香だった。ほとんど音を立てない()り足歩行。薙刀の心得が有ると言っていたが、なるほど、武人の足さばきだ。

「こんばんは、隊長さん」
「こんな時間に何してる?」
「寝付けなくて。寮内ですが散歩です」
「そうかい」

 藤宮は、一礼して通り過ぎようとした京香の二の腕を掴んだ。

「! 何を……!?

 そのまま有無を言わさず、一つの部屋の扉を開けて中へ彼女を放り投げた。
 怪我人に対して非道な振る舞いと言えよう。しかし藤宮は、床に投げ出されて警戒している京香へ冷たく言い放った。

「ベッドに座って、左脚の包帯を取れ」

 藤宮は消されていた部屋の電気を点けて、後ろ手で扉を閉めた。二人が居るそこは、かつて五月雨姉妹に殺害された生徒が使っていた空き部屋だった。

「隊長さん……」
「早く言われた通りにしろ」

 藤宮は腰のホルダーから銃を抜いた。あろうことかそれを女子高生である京香に向けたのだった。それを見た京香は諦めてベッドへ座った。

「……私は、あなた方の敵ではありません」
「それを決めるのはアンタじゃない」

 京香の左ふくらはぎには包帯が巻かれていたが、昼と違って真っ白で綺麗だった。それだけなら新しい包帯を巻き直したと考えるが、藤宮が注目したのは彼女の足の動きだった。左右で差異が一切無い。
 トカゲの化け物によってふくらはぎの肉を大きく(えぐ)り取られた京香。補助無しで、ましてや引き()ることなく歩くなど不可能だ。

「アンタは打撲傷の時もやたら回復が早かったよな? 一緒に怪我した副寮長はまだダウンしていたのに」

 銃の安全装置を外した藤宮を見て、京香は諦めの表情を浮かべた。

「……お見せしましょう。ですが何度も申しますが、私はあなた方の敵ではありません」

 京香は細い指先で包帯を解いていった。

「………………!」

 晒された彼女の肌を見て藤宮は驚愕した。傷の治りが早いどころではない、京香のふくらはぎには何の形跡も見当たらなかったのだ。
 確かに怪我をしていたはず。応急手当てをしたのは藤宮なのだ。

「アンタ、何者なんだ……?」

 目の前に居るのは人間ではないかもしれない。さしもの藤宮も冷静ではいられなかった。
 何体も化け物を退治してきた。それらは全て解りやすい異形の者達だった。人の姿をして人の言葉を喋る何か(・・)が、寮内に紛れ込んでいるケースなど考えていなかったのだ。

「今はまだ申し上げられません」
「今は、まだ……?」
「はい。時期が来たら全てをお話しします」
「何も話せない、でも信用しろと?」

 藤宮は京香の額へ銃口を近付けた。

「……気が済むのならソレで私をお撃ちなさい。銃で撃たれた経験はまだ有りませんが、おそらく一晩経てば復活するでしょう」
「………………」
「死ねないのですよ、私は」
「何なんだ、アンタは……」

 話せないと言われたのに、藤宮は同じ質問を繰り返してしまった。

「約束します。あなたが護ろうとしている生徒達に手は出さないと」

 情けないことに、敵対意識が無いことを京香に示されて藤宮は心底ホッとしていた。得体の知れない相手にどう立ち回れば良いか、藤宮には判らなかった。
 そんな藤宮の心情を読んだのか、京香は銃を向けられている状態でベッドから立ち上がった。

「お願いです隊長さん、私のことはまだ他の人達に話さないで下さい。動きにくくなってしまいますから」
「……動くって、何をする気だ?」
「終わらせたいのですよ。八百年続くこの愚かなデスゲームを」

 それだけ言って京香は部屋を出ていった。後ろを振り返ることなく。
 独り残された藤宮は頭を抱えた。


「あ、隊長お帰りなさい~」

 一階のレクレーションルームへ戻った藤宮は、水島の能天気な声に出迎えられた。

「……ああ。何か変化は有ったか?」
「いいえ~。ここ数日は魔物の襲撃が無くて静かでいいですね~。迷宮の魔物をけっこう片づけたから、寮まで襲いに来る余裕が無くなったんですかね」
「だといいが……。油断はするなよ?」
「了解で~す」

 藤宮は空いているソファーにドカッと座った。深く身体を沈める彼を多岐川が気遣った。

「お疲れでしたら先に休んで下さい。警備は私と水島でやりますから」
「いや、大丈夫だ」

 信頼できる部下。自分の右腕である多岐川に京香のことを話すべきなのか。
 迷ったが、藤宮は黙っていることにした。京香の言い分を全面的に信じるのは危険だが、彼女は噓を吐いていない気がした。

「明日は僕も迷宮へ行きますね~」
「そうだ水島、何度も言うが生徒さん達、特に高月さんに付き纏うなよ?」
「え~~」

 不満そうな水島に多岐川はヤレヤレと首を振った。

「なんで今回に限ってしつこいんだ。おまえ、女性に対してはもっと淡泊な対応だっただろう?」
「んー、僕は欲しいものに対してはいつも積極的ですよ? 女に関しては簡単に手に入っちゃうので、わざわざハントしに行かないだけです」

 自惚れに聞こえる水島の台詞だが、事実として彼はよくモテた。頼まれても無いのに勝手に水島へ貢いで、身を持ち崩した女が何人も居る程だ。

「セラだけなんだよなぁ。僕に冷たいくせに、僕のことをよく解ってくれる女は」

 セラの名前を幸せそうに呟く水島を見て、多岐川は彼が本気で恋をしたのかと驚いて二度見した。
 能力的にはとても優秀な水島。頼りになる後輩。しかし彼の瞳の奥に時々灯る、狂気の炎に多岐川は気づいていた。

「水島…………」
「大丈夫ですよ、僕、セラには優しくしたいんで」

 多岐川の言葉に被せて宣言した水島。今の多岐川はその言葉を信じるしかなかった。
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