6月10日の迷宮(四)

文字数 2,106文字

 世良と多岐川が寄り添って、どれくらいの時間が経ったのだろう。多岐川が自分のこぶしの上に置かれていた世良の手をそっと戻した。

「……すみません。あなたを力づけたかったのに、逆に私が慰められてしまいました」

 真面目だなぁ。多岐川に対して世良はそう印象を抱く。同じことを他の男にした場合、藤宮だったら「ワリィな」と言って頭をクシャクシャ撫でてきそうだな。水島に至っては……下手に触れたら押し倒されそうだ。

「最近、水島があなたに迷惑をかけていませんか?」

 心を読まれたかのように、多岐川にピンポイントな質問をされた。

「意外と……大丈夫?」

 答えた世良の語尾が疑問形になってしまった。前回部屋で二人きりになった時は一応紳士的だった水島だが、今まで散々セクハラをされてきたのでまだ信用はできない。
 世良の表情を読んだ多岐川は大きく息を吐いた。

「すみません。私も隊長も、あなたにちょっかいを出さないように水島に言っているのですが……」
「あはは……。最初あの人、私のこと男子だと勘違いしていたし、今はたぶん、回りに居なかったタイプだから面白がっているだけですよ。きっとすぐに飽きて向こうから離れると思います」
「いや……水島は来る者は拒まずのスタンスで、特定の相手に執着することが無い男なんです。自ら女性を追い掛けている姿を初めて見ました」

 そうだったんだと、世良は少し驚いた。自分に対して積極的にグイグイ来る彼に対して、いつも簡単にナンパとかしているんだろうなと引き気味だった。違ったのか。

「若い男女の色恋に口出しは野暮だと思いますが、今回我々は警護の為に学院に来ている訳ですから。水島には警備隊員としての本分を果たしてもらいたいと思っています」

 やっぱり真面目だ。世良はそんな多岐川に好感を抱いた。異性だけれど、彼と一緒に居ると安心できる。

「あ!」

 前方を見ていた多岐川が腰を浮かせた。世良も彼の視線の先を追って、歓喜の声を上げた。

「みんな!」

 壁によって分断されてしまった探索メンバー達が、藤宮に率いられて姿を現した。

「ご無事で、隊長!」

 駆け寄った多岐川と世良に、藤宮は渋い表情で後方を顎で指した。

「いや、負傷者を出しちまった」

 モップの()を杖代わりに使っている京香。彼女の左ふくらはぎには包帯が巻かれていたが、出血を抑え切れていないようで広範囲に血が滲んでいた。

「キョウカ、どうしたの!?
「ああ、セラ……」

 互いに下の名前で呼び合うようになった少女達は、蒼い顔で再会した。

「トカゲの化け物に嚙み付かれたの。死角から急に出てきて防御が間に合わなかった」
「ここ、トカゲまで居るんだ……。私が背負うよ」
「大丈夫。あとは寮に帰るだけでしょ?歩くくらいなら問題無いわ。出血の割に傷は浅いの」

 そう言って階段を上ろうとした京香を藤宮が止めた。

「待て。怪我の手当てをした俺だから言うが、アンタの肉、けっこう深く喰い千切られていたぞ? 戻る為の強行軍で無理をさせちまったが、ここからは仲間に甘えろ」
「………………」
「私が清水さんを背負います!」

 申し出たのは詩音だった。

「先輩……大丈夫なんですか?」

 尋ねた世良に詩音は苦笑した。

「柔道やってるって言ったでしょ? こう見えてけっこう筋肉付いてるんだよ? 女子一人くらい背負えるよ」
「そうじゃなくて、キョウカみたいに怪我はしていませんか? コトリちゃんも。トカゲの化け物に襲われたんでしょう?」
「……え……」
「私は大丈夫です、心配して下さってありがとうございます!」

 元気良く答えた小鳥の横で、詩音は戸惑いの表情を見せた。

「……高月さん、私のことも心配してくれるの?」
「当たり前じゃないですか」
「だってあなた、私のこと嫌いになったでしょう……?」

 殺人事件について、詩音には周囲から疑惑の目が向けられている。
 世良はじっと詩音の目を見た。

「嫌いじゃないですよ。嫌いじゃないから先輩に苛ついたんです。身の潔白を証明しないで、部屋に引き籠もっちゃうんですもん」
「………………」

 詩音は潔白とは言えない立場だった。預かり知らぬこととはいえ、事件を起こしたのは自分の配下の五月雨姉妹だのだから。それを考えると頭が重くなる。
 ただ、現時点で世良に嫌われていなかったこと、その事実が詩音の胸を温かくした。

「さーさー、清水先輩をサポートして、さっさと寮へ戻りましょうねー」

 面白くなさそうに小鳥が仕切った。世良が詩音に優しいのでヤキモチを焼いたのだ。

「そ、そうだね。清水さん、遠慮せず私の背中に乗って」
「……すみません先輩」

 京香を背負った詩音は驚いた。

(軽い……)

 まだ足を地面に着けているのかと思いきや、京香は完全に身体を詩音に預けていた。

(え? 20キロくらいに感じるんだけど?)

「清水さん……」

 体重何キロ? と聞きかけて詩音はやめた。思春期の女のコには聞きにくい話題だ。

「何ですか?」
「あ、ううん。階段上る時に揺れるから、しっかり肩に掴まっていてね」
「はい」

(誰かをおんぶするなんて子供の頃以来だから、きっと感覚があやふやなのね)

 詩音はそう結論付けて、幸いにも幅の広い階段へ足を乗せた。
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